第4話 例のあいつ

「事務処理おわりましたよ」


 初日の授業を終え、言いつけ通り職員室を訪れた俺は、担任の業務の手伝いをしていた。


「おお、そうか。じゃあ、次はこの採点結果をパソコンの様式に打ち込んでくれ」


「ええ~……」


「なんだ? パソコンも使えないのか?」


「いや、そうじゃなくて」


 確かに遅刻したことは俺に非がある。だが、かれこれ作業開始から2時間以上も経過している。もうそろそろ時給換算してもいい頃だと、俺は愚痴ぐちをこぼす。


「ああ? 転校初日の遅刻でお前の輝かしい学歴に汚点つけてもいいのか?」


 こんな学校に来てる時点で輝かしい学歴もくそもないだろうが。そう喉まで出かけるが、担任の機嫌を損ね、遅刻免除がさらに取消しになるのは避けたい。辛うじて口をつぐみ、開放してほしい旨を丁寧に要望する。


「でも、そろそろ今日の復習とかしたいし」


「ふん! 私の授業中、ずっと別の問題集やってたくせに。よくいうよ」


「……知ってたんすか?」


「教師の眼力なめんな。つべこべいわずに、さっさとやる」


「わかりましたよ」


 くそ、この教師……職務怠慢たいまんしてそうな風貌のくせに、意外と付け入る隙がない。観念し、なにやらの学力測定のデータをパソコンで指定されたソフトへ打ち込む。


「終わりました」


「そうか。じゃあそこのプリントの束をコピー、そして10部づつまとめてくれ」


「ちょっ、いい加減にしてくださいよ!」


 さすがに我慢の限界だと俺は反抗する。それとほぼ同時に、職員室内にいた担任とは他にもう一人いた教師。彼女も見かねたのか……口をはさんできた。


「そうですよ、三科みしな先生。さすがにやりすぎです」


 比較的若めの女教師で、かなり童顔である。俺たちと同じ学生と言われたら、おそらく疑わないで受け入れてしまいそうだ。


「ん? そう堅いこと言うなよ、菜乃なのせーんせ♪」


「っもう! 年下だからってからかわないでください!」


「あはは、悪い悪い」


 なんかいちゃつき出したぞ……俺は何を見せられてるんだろうか。


「あ~あ、安藤のせいで菜乃ちゃんに怒られちった。もう帰ってもいいぞ。ただし、明日は遅刻すんな」


「わかってますよ」

 

 俺は不貞腐ふてくされるように捨て台詞を吐き、そのまま職員室を出た。

 教室へかばんを取りに歩く廊下……日はすっかり傾き、オレンジ一色の校舎内には人影もない。これからの生活に不安しかないと思うと、なんだか重たいものが心にどっしりのしかかる。


「はぁ……」


 今日はもう帰るかと教室に入る。すると……。


「あ、安藤君♪ やほほ~」


 例のあいつがまだ一人残っていた。小枝だ。


「なんだ、まだいたのか」


「はい。学級委員なので、戸締りは私のつとめなんです」


「そう。それはご苦労だったな」


 俺は自分の席から鞄を担ぎ上げ、さっさと教室を出ようとする。


「あの、安藤君」


「なんだ?」


「また明日♪」


「ああ」


 そう軽く返事をし、俺は教室を出たのであった。

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