第6章 四日日 第3話 産土神社へのお礼参り

 朝の九時半ごろ。

 小春たちは健一と光代に連れられ、田舎の道を進んでいた。向かう先は、紅楽荘がある土地の産土神社である、稲荷神社。小春にとっては、幼い頃から親しんできた、馴染みのある場所だ。神山村で暮らしていた頃には、毎日のように訪れていたこともある。

「小春、その神社はどこにあるんだ?」

「もう少し進んだところに、あります」

 夏代の問いに、小春はそう答えた。

 紅楽荘から稲荷神社までの道は、そんなに長くはない。人の足で、十分に歩いていける場所にある。小春も数日前に、バーベキューで使うお肉を買いに行く時に、往復している。

「暑くなってきたけど、所々に木陰があるから、助かるわね」

「そうだよねー。帽子も持って来て、良かった」

 秋奈の言葉に、冬華が答える。

 夏の日差しの中を進んでいくと、やがて山の中へと続く石段の前まで来た。この石段を登ったところに、神社がある。

「この先に、神社があるのか?」

 夏代が問うと、小春は頷いた。

「はいっ! それでは、登りましょう!」

 神社へと続く石段まで来ると、そこを登り始める。健一と光代は高齢だが、年齢を感じさせないかのように、次々に石段を登っていく。それを見て、小春以外の三人は驚きを隠せなかった。秋奈は唖然とした顔で、小春に訊いた。

「小春ちゃん、おじいさんとおばあさん、すごくない!?」

「そ、そうですか……?」

 いつものことだと思いながら、小春も健一と光代に続いて、石段を登り始めた。

 小春にとっては、神山村で過ごしている時の、いつもの光景でしかなかった。健一と光代は、いつもこうやって神社へと続く石段を昇り降りしている。自分も、この石段を昇り降りするのは、全く苦ではない。しかし、小春以外の三人は途中からペースが落ち始め、登り終えた頃には少し呼吸が乱れていた。学校でも、ここまで長い階段はない。無理もないことだろうと、小春は思っていた。

 そんな三人だったが、石段を登り終えた直後に、呼吸が元に戻った。

「わぁ……!」

「綺麗……!」

 石段を登り切った先にある、いくつもの連立した朱色の鳥居。この鳥居の行列を見るのは、きっと初めてだろうと小春は思った。自分も初めて見た時は、声が出そうになったなと思いながら、小春は鳥居の中を進んでいく。鎮守の森が神社のある場所を覆っているためか、下の道路のような暑さは感じなかった。

 鳥居を抜けた先にある手水舎で、手と口を清めると、男性の声がした。

「皆様、おはようございます」

 聞き覚えのある声に振り返ると、そこには昨日紅楽荘に来た、神官の千村がいた。昨日は私服姿だったが、今は狩衣に烏帽子だ。手にはしやくを持っていて、足は黒い靴を履いている。いかにも神主さんといった姿に、小春は驚いた。昨日とは、印象がガラッと変わっている。本当に同じ人なのかと、失礼にも思ってしまいそうだ。

「千村さん!?」

「はい、そうですよ。男前に見えますか?」

 小春の問いかけに、千村はころころと笑う。

「皆様お揃いのようなので、早速ですがお祓いの場所へ、ご案内しようかと思います」

 千村がそう云うと、小春は思わず返事をした。

「あっ、はいっ!」

「よろしくお願いいたします!」

 健一と光代がお辞儀をして、それに千村もお辞儀で返す。

「それでは、こちらへ……」

 千村が神社の拝殿へと向かって進み出し、健一と光代がそれに続く。そして小春たちも、その後に続いて歩き出した。

「……」

 静かな中を拝殿に向かって進んでいる途中で、突然小春が足を止めた。それに続いて、後ろを進んでいた夏代、秋奈、冬華も足を止める。

「小春ちゃん?」

「どうしたの?」

 秋奈と冬華が、目を丸くして前方の小春へと目を向けた。小春はそこで、向かってお辞儀を始めた。秋奈が小春のお辞儀している先を見ると、そこには狛狐の石像があった。小春は狛狐こまぎつねの石像に向かってお辞儀をし、さらに反対側の狛狐にも、同じようにお辞儀をしていく。

 千村も健一と光代も、狛狐にはお辞儀をしていなかった。不思議な光景に、夏代が小春に声をかけた。

「小春、何をしているんだ?」

「……はっ!」

 夏代の言葉で、小春は自分がしていることに気づいたようだった。

「すっ、すみません! いつものクセです!」

「クセ……?」

「えーとですね……」

 小春が説明しようとした時、拝殿から健一の声がした。

「おーい、早くこっちに来るのじゃ!」

「あっ、はーい!」

 慌てて小春が進み出し、三人もそれに続いた。夏代、秋奈、冬華は小春の行動に首をかしげながらも、拝殿へと進んでいった。



 靴を脱いで拝殿の中に入ると、神事で使われる胡床こしようという折り畳み式のイスが、人数分置かれていた。奥にある本殿の前には、高さの違う八足案はつそくあんがいくつも置かれていて、祭壇のように形作られていた。

 最も高い所の中央には、和紙でできた御幣ごへいが置かれ、八足の上には三方さんぽうが置かれていた。三方の上にはお皿が載っていて、お米や土器に入ったお酒と水、塩が載せられている。それ以外にも果物やお菓子、魚に野菜やお餅など、様々なお供え物が供えられていた。

 その前には、また別の八足案が置かれていた。さかきの枝に紙垂しでをつけた祓いもあり、神官が座るところには、玉串たまぐしも置かれている。

 日常ではまず見ることが無い光景に、小春たちは自然と静かになった。ここでは、私語はしないほうがいい。健一や光代に云われたわけではなかったが、小春たちはそうしたほうがいいと、自然に思っていた。

 胡床に腰掛けると、小春は少し緊張すると同時に、少しだけ懐かしくなった。ずっと昔にも、ここに座ったことがある。七五三のお祝いだけじゃない。小学校や中学校を卒業した時もそうだったし、年末年始を神山村で過ごした時も、ここで儀式を行った。何かの節目がやってくると、ここで神様に報告するというのが、常だったのだ。

 神様と私は、ずっと身近な存在だったのかもしれません。いえ、きっと身近だったのでしょう。これまでにも何度も、この神社に訪れてきたのですから……。

 小春がそう考えていると、千村が拝殿に現れた。

「それでは、これから大祓いの儀を始めます。その前に、初めての方も多いので、まずは玉串奉奠たまぐしほうてんのやり方についてご説明させていただきますね」

 千村はそう云って、玉串を手にして玉串奉奠の作法を説明していく。小春にとっては、小さい頃から行ってきたことだ。健一と光代はもちろん、小春もちゃんと熟知している。しかし、夏代、秋奈、冬華にとっては初めてのことだった。千村の動きを真剣に見ては、座ったままで手などの動きを真似している。

 玉串奉奠のやり方って、誰でも知っているものだと思っていましたが、そうでは無かったのですね。

 小春は三人が必死に覚えようとしているのを見て、そう思っていた。

「それでは、これより大祓いの儀に入らせていただきます。どうぞ皆様、楽にしていただいて結構でございます」

 千村はそう云うと、神前へとゆっくり進んでいった。

 千村が祝詞のりと奏上そうじようし始め、神事が始まった。いくつもの祝詞を読み上げ、何度も深いお辞儀を繰り返しながら、千村は神事を進めていく。小春はそれを見て、少しだけ懐かしさを覚えた。千村の動きは、過去に見たことがある厄払いの時と、とてもよく似ていた。祓いを使っての清めも、本当に久しぶりだった。それを受けると、いつもとても清々しい気分になってくる。

 その後、長い祝詞が奏上されていき、玉串奉奠へと移っていった。

 三十分ほどして、ようやく神事は終わりを迎えた。



 お祓いが終わった後、小春たちは特別に拝殿の奥にある本殿の前まで案内された。そこで小春たちは、助けてくれた神様と、ウコンとサコンにお礼参りをした。

 二礼二拍手一礼をして、小春たちは本殿に向かってお参りをする。

 ウコンさんとサコンさん、そして産土様。本当にありがとうございました。私も友達も、みんな無事に神山村に帰って来れました。こうしてまたお参りができたのも、助けていただいたおかげです。お守りいただき、本当にありがとうございました。

 小春は両手を合わせながら、心の中でそう語り掛ける。実際に神様の言葉を、耳にしたことは無い。しかし、祈る気持ちがあれば、きっと伝わる。化野村で産土様に助けを求めた時に起きた出来事が、その証拠だと小春は思っていた。一つは、ウコンとサコンが助けに来たこと。そしてもう一つは、お守りかが光が出て、窮地きゆうちを脱出できたこと。どちらも、産土様のお守りが絡んでいる。そしてその時、小春は産土様に助けを求めた。

 ふと小春は、幼い頃にこの神社で聞いた、母の言葉を思い出した。

『生まれた地域と、そこで生まれた人を守ってくれる神様のことよ』

 産土様。生まれた地域と、そこで生まれた人を守ってくれる神様。母の言葉は、間違っていなかった。産土様は確かに、神山村で生まれた自分を、守ってくれた。

 お祓いとお礼参りを終えると、紅楽荘に帰ることになった。お祓いをしてくれた神官の千村にお礼の言葉を伝え、再び健一と光代に続いて、小春たちは帰るために歩き始める。もう少し、ここでゆっくりしていたいという気持ちを抱えたまま、小春は健一と光代に続いて神社の境内を進んでいた。

 拝殿を出て、狛狐の石像の間を通って、石段へと向かって行く途中。

 小春の耳に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「また、いつでもここに戻ってくるといい」

「宇迦様と共に、いつでも見守っているッス!」

 ウコンとサコンの声に、小春は足を止めて振り返った。

「えっ!?」

 小春は声がした方を見たが、そこには狛狐の石像がこちらを見ているだけだった。そのさらに奥には、先程までいた拝殿があるだけ。人の姿は、どこにもない。

「ウコンさん……サコンさん……」

 小春は、自分を助けてくれた青年たちの名前を呟く。

 そうですね。ウコンさんとサコンさんは、いつでもここにいます。産土様と共に、いつもここから私を見守っていてくれる。きっと、宋に違いありません。

 必ず、またここに来ます。約束です。

 小春はもう一度、拝殿と狛狐の石像に向かって、一礼した。

 先に行ってしまった健一と光代、そして三人を追いかけながら、朱色の鳥居をくぐり抜けていった。

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