第5章 三日日後半 第3話 奇跡

 読経が続く中、小春たちはくしていた。近藤は数珠をジャラジャラさせながら、読経を続けているし、ウコンとサコンによる霊撃刀による攻撃も通用しない。このまま近藤に構わずに、逃げたほうがいい。

 そう思って小春は振り返ったが、いつの間にか魑魅魍魎ちみもうりようが線路を支配していた。線路を辿って逃げようとしても、魑魅魍魎が道をふさいでいる。線路を走って逃げるのも、難しくなってきた。いつの間にか、小春たちは亡霊と魑魅魍魎に囲まれていた。どこを見ても、逃げる場所が無い。

「ど、どうすれば……?」

 小春が困る中、夏代と秋奈と冬華が、小春に駆け寄った。

「小春ちゃん、どうしよう?」

「ど、どうしましょう……?」

 秋奈から問われても、小春は答えられない。

「ウコンさんとサコンさんも太刀打ちできないし、私たち化け物と幽霊に囲まれちゃっているよ!」

「もう、ここまでなのかな……?」

「マンガやアニメだと、こういう時に奇跡きせきとかが起きるんだけど……」

「そ、そうですよね……」

 夏代の言葉に、小春は頷きつつも困った。マンガやアニメのような都合のいい展開が、本当に起こるとは思えない。だけど、このまま近藤に捕まってしまうのだけは、絶対に嫌だった。化野村で包帯ダルマの世話係になるくらいなら、死んだほうがマシだと思った。

 だけど、死ぬのも嫌だ。神山村に帰りたい。


 ……帰りたい?

 そうです!


 小春は集まってきた夏代、秋奈、冬華に告げた。

「みなさん! 一緒になってもう一度、帰りたいと強く願ってみませんか!?」

「どっ、どうしたの小春ちゃん!?」

「願うだけ……? それで、何かが変わるのか?」

 驚く秋奈と、首をかしげる夏代。戸惑とまどう二人に対して、小春は自信を持って頷いた。

「はいっ!」

「願うと、どうなるんだ?」

「ウコンさんとサコンさんは、私たちの『帰りたい』という思いの強さで、力を発揮できるとおっしゃっていました。だから私たちがもっと強く『帰りたい』と思うことで、ウコンさんとサコンさんの力を、増強できるかもしれません!」

「やろうよ!」

 冬華が、小春の提案に賛成した。

「このまま何もしないよりは、ずっとマシだよ!」

「そっ、そうだな! 冬華の云う通りだ!」

「そうね! やろう!」

 夏代と秋奈が頷き、小春も頷いた。

「それではみなさん、一緒にお願いします!」

 小春たちはウコンとサコンに向かって、一心に願った。帰りたい。神山村に帰って、家族に会いたい。化野村になんか、居たくない。帰って美味しいものが食べたい。小春たちはそれぞれが共に「帰りたい」と願いながら、ウコンとサコンに向かって祈り続ける。

「掛巻も恐き……」

 小春は、健一がいつも神棚に向かって唱えていた、祝詞の言葉を思い出した。帰りたいという気持ちを込めながら、一言一句を間違えないように、小春は祝詞を詠み上げていく。幼い頃から、紅楽荘に行くと毎日のように、健一と光代の祝詞を聞いていた。意味は分からなくても、どのような言葉を唱えていたのかは、分かる。

 そしてそれが、神様に向かって唱える言葉であることも、知っていた。

「……ウコン!」

 すると、サコンが霊撃刀を構え直した。

「感じるか、この力!」

「もちろんッスよ! ビンビン感じるッス!」

 それに呼応こおうするように、ウコンも霊撃刀を構え直した。表情も自信に満ち溢れ、そっと口元を緩めた。

「あの生臭坊主の結界を、破ってやるッスよ!」

祝詞のりとまで唱えてくれたら、力も倍増する!」

 サコンがそう云うと、ウコンとサコンの霊撃刀が光りを帯び始めた。

「むむっ!?」

 近藤が、光を帯びた霊撃刀を見て、目を見開いた。どうやら驚いているらしく、何度も長い数珠をジャラジャラとこすり合わせる。あの動きにどんな意味があるのかは、分からなかった。しかし、対抗しようとしていることは、ウコンとサコン、そして小春たちにも分かった。

「南無南無南無……!」

 光を帯びた霊撃刀に対抗するためか、近藤の読経にも熱が入っていく。

 だがそのとき、ウコンとサコンが動いた。

「次こそ、結界を破る!」

「覚悟するッスよ、生臭坊主!」

 ウコンとサコンが叫び、近藤に向かって霊撃刀を振り下ろした。


 ガキインッ!!


 霊撃刀が振り下ろされた直後。鉄と鉄が、ぶつかり合うような音がした。そして何もない空間に、亀裂が現れる。やっぱり、目には見えない壁があったんだと、小春は驚いた。いつの間に現れたのかは分からない。しかし、近藤が作り出したものであろうことは、小春にも分かった。そしてそれが、ウコンとサコンの霊撃刀によって、少しずつ壊されようとしていることも……。

 ふと見ると、周りにいる魑魅魍魎たちは、なぜか襲い掛かってこなかった。

「おぉっ、結界にヒビが!」

「やっぱりッスね! それに、魑魅魍魎はこっちに一歩も近づけないッスよ。霊撃刀に宿った力が強すぎて、魑魅魍魎は近づくだけで消滅するッス!」

 ウコンの言葉に、近藤が眉間にシワを寄せた。

「この……役立たずが……!」

 ウコンとサコンによる霊撃刀の攻撃が怖いのか、近藤の気迫を恐れたのか、魑魅魍魎はスゴスゴと林の中へ消えていく。小春たちはそれを見て、そっとため息をついた。後ろから突然、魑魅魍魎に襲われる可能性は、ほぼ無くなった。

「ウコン! もう一度行くぞっ!」

「もちろんッス!」

 サコンとウコンが、再び近藤に向かって、霊撃刀を振り下ろした。

 再び鉄と鉄がぶつかり合う音がして、何もない空間に、さらなる亀裂が現れる。先ほど現れた亀裂よりも、ずっと大きな亀裂になった。その後、何度もウコンとサコンは、近藤に向かって霊撃刀を振り下ろした。その度に亀裂は大きくなり、近藤の表情にも焦りの色が濃くなっていく。

 小春たちはただひたすらに、ウコンとサコンに向かって「帰りたい」と願い続ける。その気持ちが、ウコンとサコンの力を後押ししていた。どうか、ウコンとサコンの力によって、無事に神山村に帰れますようにと、願い続ける。

 ウコンとサコンによって、亀裂がかなり大きくなる。近藤はもう、あせりを通り越して、無我夢中といった様子でお経を唱え続けている。額に冷や汗を流しながら、亡霊たちと共にお経を唱えていた。しかし、きっとあれはお経ではないのだろう。盛獄寺の本堂で聞いた、お経に似た、何か別の呪文だ。それももうすぐ、意味がなくなるはずだ。

「うおおおっ!」

 サコンが再び、霊撃刀を振り下ろした直後。

 ガアンッ、と金属音が響いて、何かが崩れる音がした。小春たちは、ウコンとサコン、近藤との間で、いくつもの瓦礫が地面に落ちていくのを見た。地面に落ちた瓦礫は、光の粒となって消えていく。

 近藤が作っていた結界が、破壊された瞬間だった。



「やったぁ!」

 ウコンとサコンが、近藤の作った結界を壊し、小春は叫んだ。

 後はウコンとサコンが、近藤と亡霊を倒してしまえば、もう邪魔は入らない。これで化野村から逃げられる。

 小春たちはそう信じて、疑わなかった。


「……フン、愚か者が……!」


 その時、近藤がニヤリと笑った。

 近藤は、手にしていた数珠を激しくこすり合わせ、ジャラジャラと音を立てる。

「なっ、なんだ……!?」

「何のつもりッスか……!?」

 近藤から放たれる異様な空気に、ウコンとサコンは戸惑う。

 それに気づいた小春たちも、表情から笑みが消えた。小春たちとウコンとサコンが戸惑う中、笑っているのは近藤だけだ。これから一体、何が始まるのだろう?

「今だ、やれっ!」

 近藤が叫ぶと、林の中から魑魅魍魎が飛び出してきた。しかも、先ほどまでとは様子が違う。魑魅魍魎は二倍以上の大きさになり、赤い目をして、今にも襲い掛かろうとする猛獣のように唸っている。

 魑魅魍魎は小春たちと、ウコンとサコンの間に入り、それぞれを孤立させるように取り囲んだ。

「なんだ、この魑魅魍魎は!?」

「ヤバいッスよ!」

 驚くサコンに、ウコンが叫んだ。

「こいつらから、圧倒的な力を感じるッス! もう魑魅魍魎なんてレベルじゃないッスよ。妖怪どころか、地獄の化け物に匹敵するッス! 霊撃刀でも、太刀打ちは難しいッス!」

 ウコンは魑魅魍魎に霊撃刀を向けていたが、声が震えていた。その異様な気配から、とても敵わない相手だと、すぐに分かったのだ。

「まさか……近藤!」

「今さら気づいても遅いわ!」

 近藤が、それ見たことかとでも云うように、叫ぶ。歪んだ笑みが、心の奥底から嘲笑していることを、これでもかと主張する。

「結界を張りながら時間を稼ぎ、魑魅魍魎どもを強化させることぐらい、訳も無い! 秘かに反抗していた亡霊を生贄にすれば、そんなことは朝飯前だ!」

「やっぱりか……!」

 サコンが、取り囲んだ魑魅魍魎を見て叫んだ。

「我々は、はめられたんだ!」

「愚か者め!」

 近藤は笑いながら、数珠をジャラジャラと鳴らした。

「ウコン! こうなったら、彼女たちだけでも助けるぞ!」

「もちろんッス!」

 ウコンとサコンは、霊撃刀で魑魅魍魎たちに立ち向かった。

「魑魅魍魎たちを、残らず黄泉の国に送ってやる!」

黄泉国返よみくにかえしッスよ! 覚悟するッスよ!」

 そう叫び、霊撃刀を振り回す。しかし、魑魅魍魎は全く怯えていなかった。ウコンとサコンとの間に一定の距離を保ちながら、威嚇を続けている。決して手出しができないというわけではないことは、ウコンとサコンにも分かった。

「こっ、こいつら……!」

「機会をうかがっているッス!」

 霊撃刀を振りながら驚くウコンとサコン。

 それを見た近藤は、よりニヤニヤと卑下た笑みを浮かべた。

「このままじゃ、近藤の思うつぼッス! 早くしないと、鬼門が……!」

「くそう!」

 ウコンとサコンは、前にも後にも進めない状況に、戸惑うことしかできなかった。



 同じころ、小春たちも魑魅魍魎に囲まれていた。

「ひいいっ! 来るなあっ!」

 秋奈が近づいてくる魑魅魍魎に叫ぶが、魑魅魍魎は少しずつ近づいていく。

「こっ、ここまでなのか……?」

「そんなぁ……せっかく逃げられると思ったのに……!」

 夏代に冬華も、近づいてくる魑魅魍魎に絶望していた。ウコンとサコンでさえ、どうすることもできない。武器も力も持たない自分たちが、魑魅魍魎をどうにかできるとは、思えない。もうどうしようもないと、秋奈と夏代は目を閉じた。

「ど、どうすれば……」

 八方塞がりとは、こういうことをいうのだろうと、小春は思った。魑魅魍魎に囲まれてしまい、頼りにしていたウコンとサコンも、動けなくなってしまった。この状況から逃げ出そうとしても、逃げられるわけがない。

 ここまで逃げてきたというのに、これまでの努力は無駄だったと、突きつけられている気分だった。

 もう、ダメなのだろうか……?

 小春がそう思いながら、ポケットに手を入れた時。指先が何かに触れた。

「……?」

 小春はそれを、ポケットから取り出す。何が入っていたのだろう?

 そう思いながら、ポケットに入れた手を外に出した。手の中を覗き込むと、そこには先ほどウコンとサコンが現れた時に光った、お守りがあった。

 それを見つめていると、小春はこれまでのことを思い出した。幼い頃に、お母さんから買ってもらったお守り。神山村にある、小さい頃からよく訪れていた、稲荷神社の社務所。そこで買ってもらった。

 小春はお守りを見つめているうちに、幼い頃にお母さんから云われたことを思い出す。

『産土様のお力が込められているから、どんなときも、災いから守ってくれるわ』

 そういえば、お母さんがそんなことを云っていました。

 産土様……。

 小春は、魑魅魍魎に囲まれて苦戦している、ウコンとサコンを見た。ウコンとサコンが現れた時も、このお守りに自分が助けを求めたからだった。もしかしたら、ウコンさんとサコンさんの正体は……。

 小春はそっと、お守りを両手で握り締めた。


「助 け て く だ さ い ! 産 土 様 !」


 小春は天に向かい、叫んだ。

 その直後だった。



「ぐわあっ!?」

「ギャギャギャーッ!?」

 突然、どこからか放たれた光が、辺りを照らした。それに驚いた近藤と亡霊、魑魅魍魎たちが、叫び声を上げる。魑魅魍魎は次から次へと、光の粒となって消えていき、それにウコンとサコンは驚く。

「なっ!?」

「何が起きたッスか!?」

 ウコンとサコンは、光を放っている方向に視線を向けた。

「あっ……あれは……!」

「まさか……こんなことが起こるなんて……信じられないッス……!」

 光源を確認したウコンとサコンは、目を見張った。

 小春が握りしめているお守りから、光が放たれていた。

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