第4章 三日日中頃 第1話 助太刀

 小春が叫んだ直後。

 小春の腰の辺りから、鈴の音が鳴り響き、光が発せられた。

「えっ……?」

 驚いた小春は足を止め、自分のスカートを見る。

 スカートにつけられたポケットの中から、光が漏れていた。

 スマートフォンが反応したのかな? でも、音声入力機能なんて、ほとんど使ったことがないのに……。いや、これはスマートフォンから発せられた光ではない!?

 小春が首をかしげていると、その光を見た近藤が、何かに怯えたような表情になった。そのまま小春から手を離し、数歩後ずさった。

「なっ……ななっ……南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏!」

 明らかに、この光に怯えているみたいだ。

 何が光を放っているのか知りたくて、小春は手を伸ばそうとしたが、できなかった。両手が今もロープで結ばれ、自由を奪われている。

 誰か、ロープを切ってくれるといいのに……。


「分かった。助けよう」

「もう、大丈夫ッスよ」


 小春は誰かの声を耳にして、辺りを見回した。

 力強い、男性の声だった。

 近くにいる男性といえば、近藤。しかし、近藤の声ではない。近藤は先ほどからポケットからの光で怯えている。

 すると、縄がほどけた。見えない誰かがそこにいるように、縄が勝手にほどけていき、小春の両手は自由になる。小春が自由になると、夏代に秋奈、そして冬華と縄がほどけていった。

「あ……あれ……?」

「自由に……なった……?」

 秋奈と冬華が目を丸くし、夏代も手足が自由になったことに、戸惑っていた。いつの間にか縄がほどけていることに、夏代は驚いていた。

「南無阿弥陀仏……姿を現せ、化け物が!」

「よかろう」

「出てやるッスよ」

 再び、力強い声がした。

 そして小春と近藤の間に、どこからか現れた光の粒が次々に集まってきて、形を作っていく。その形は次第に、人の形へと変わっていった。しかも、人の形は一つではなく、二つ作られていく。

 完全に人の形になると、光が消えていった。光が消えた後に現れたのは、二人の男だった。小春は確認するように、その男たちを見ていった。

 まるで神職か平安時代の貴族のような、真っ白な衣服を身にまとい、頭の上には烏帽子えぼしを載せていた。腰には刀を下げている。刀はきっと、日本刀で間違いないだろう。まるで時代劇みたいだ。

 あっ、それぞれ首から何か下げています。一人は……鍵でしょうか? そしてもう一人のお方は……玉?

 よく見ると、鍵は不思議な形をしていた。よく使われているような形のカギではなく、何かの紋章のように、先が渦巻き状になっていた。玉は先端が細くなっている。さらに金属でできていて、光を反射して光った。小春はその鍵と玉を、どこかで見たことがあるような気がした。

 さらに小春は、男たちの特徴を掴んでいく。

 二人とも髪の毛は白くて、頭には……犬のような耳がある。それに、背中の腰のあたりには、真っ白な尻尾まであった。コスプレをしているのだろうか? いい年の男の人が揃いにそろって、同じようなコスプレをするなんて……。イケメンなのに、ちょっともったいない気がした。

 でも、どうしてコスプレをした男の人が二人、現れたのだろうか?

「君たちを助けに来たッス」

「安心しておくれ。我々は君たちの味方だ」

 男たちは、小春たちに向かって云った。

「どうして、私たちを助けに……?」

 小春が訪ねると、カギを首から下げた男が答えた。

「先ほど、ポケットが光っただろう?」

「あっ……!」

 そういえば、ポケットから光が……!

 小春はスカートのポケットに手を突っ込み、中のものを取り出す。

 ポケットから出てきたのは、お守りだった。お母さんから幼い頃に貰った、産土神社のお守り。そのお守りからは、光が放たれている。こんな光景を目にしたのは、初めてだった。お守りが光った事なんて、アニメの中だけのことだと思っていた。

「そのお守りのおかげで、オレたちはここに来られたッスよ!」

 玉を首から下げた男が云うと、二人の男は近藤が居る方角に、身体を向けた。

 そのまま自然と、近藤と対面する形となる。

「我が名は、ウコン!」

「我が名は、サコン!」

 玉を提げた男がウコンと名乗り、カギを提げた男が、サコンと名乗った。

「貴様らは、何者だ!?」

「「神の使いだ!!」」

 近藤が問うと、同時にウコンとサコンが答えた。

「か……神の使いだかガキの使いだか知らないが、何の用だ!?」

「ガキの使いとは失礼ッス! 絶対に笑えないようにしてやるッスよ!?」

 ウコンが叫び、近藤が苦虫を嚙み潰したような表情になる。怯えと苛立いらだちが、近藤の中で複雑に絡み合っていた。

「我々のやることは決まっているッス。この少女たちを保護し、無事に現世に連れて帰ることッス。そして、お前たちを黄泉よみの国へと送り出すことッスよ!」

「我らサコンとウコンは、必要以上の争いを望んではいない。近藤と蔓延はびこ魑魅魍魎ちみもうりよう、そして亡霊たちに警告する。すぐに黄泉の国に行け。そうすれば、我々も少女たちを連れ、引き揚げる」

 ウコンとサコンは、そう云って近藤の返事を待った。

 しかし、近藤は首を横に振った。

「ならん!!」

 近藤の返事に、ウコンとサコンは眉間にしわを寄せた。

「その少女たちこそ、生贄いけにえとしてふさわしい存在だ! 生贄がないと、この儀式は遂げられない! 失われたものを取り戻すためには、大いなる犠牲が無くてはならない! そうしないと、彼らは決して納得しないものなのだ!」

「ご住職様!」

「和尚様!」

 背後から声がして、小春たちは振り返る。

 先ほどまで外にいた村人たちの亡霊が、そこにはいた。

「叫び声が聞こえて、光も見えたので、何事かと思い……」

「こ、この男たちは誰なんですか!?」

 村人の亡霊が叫ぶと、ウコンとサコンは振り返った。

「我が名は、ウコン!」

「我が名は、サコン!」

 そして再び、同時に答えた。

「「神の使いだ!!」」

 その答えに、村人の亡霊たちは後ずさりした。

 どうやら、神の使いと聞いて恐れおののいているみたいだ。決してコスプレをした男二人に、引いているわけではないはず……。

 小春がそう思っていると、村人の亡霊が叫んだ。

「ふざけたこと、ぬかしてるんじゃねぇ!」

 村人の亡霊たちの中から、一人の男が現れた。

「神の使いだか何だか知らねぇが、和尚様に手出しするんじゃねぇ!」

「いいぞ、弥助やすけ!」

「やっちまいな!」

 どうやら、あの男の亡霊は弥助という名前みたいだ。

 小春がそう思った直後、弥助は腕まくりをして、ウコンとサコンに向かって駆け出す。

「べらぼうめぇ! これでもくらえっ!」

「ハッ!」

 弥助が殴り掛かろうとした直後。

 サコンが刀を抜いて、弥助を腰のあたりから真っ二つに斬り捨てた。一瞬の出来事で、小春たちは目の前で起きたことが、すぐには信じられなかった。

 日本刀が、亡霊を切った?

 そんなファンタジーなことが、目の前で起こるなんて、信じられません!

「ぐ……あ……」

 真っ二つにされた弥助は、サコンの足元で光の粒となって消えていった。それを目の当たりにした村人の亡霊たちは、恐怖を感じたらしく、顔を引きつらせた。

「これはただの刀ではない。高天原たかまがはらの金属、ヒヒイロカネで鍛えられた霊撃刀れいげきとうだ。宇迦うか様のお父上で荒神として恐れられた、須佐之男命すさのおのみこと様の神気が込められている。貴様ら亡霊ごとき、切り捨てることなどわけもない」

「他に黄泉の国に行きたい奴がいるなら、かかって来いッスよ! 宇迦様から霊撃刀を使う許可を貰っているッスからね!」

 ウコンも同じ日本刀を、手に掛けていた。こちらがその気になれば、いつでも抜くことができると、村人の亡霊たちに圧力をかけている。

「貴様ら、その少女たちに手を出すなら、ただじゃおかんぞ!」

 サコンがそう云って日本刀を突きつけると、村人の亡霊たちはさらに下がった。

「こ……こいつら……よくも……!」

 近藤が、目玉を飛ばすのではないかと思うほど目を見開き、顔を真っ赤にしていく。相当怒っているのが分かったが、ウコンとサコンは顔色一つ変えない。

「よろしい!」

 近藤はそう云うと、長い数珠を取り出した。

「ならば教えてやる! なぜ生贄として少女たちが必要なのか、そしてこの村で過去に起こった出来事、その全てをな!!」

 ジャラジャラと数珠をこすり合わせて、近藤は語り始めた。

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