第6話 初心者救済システムを活用しよう

「さっきはありがとうございました!」


 先生が教室を出たあとリンが頭を下げてきた。


「おう、困った時はお互い様だろ?」


「あ、ありがとうございます! も、もしも何かあったらお、教えて下さい、私にできる事なら何でもしますから」


 男相手になんでもするとかは言わない方がいいと思う。


「君たちは知り合いなのかい? 教室に入ってきた時も一緒だったようだが」

 

 突然横から声をかけられた。さっきの真面目そうな生徒だ。


「うんにゃ、教室の前で出会ったばかりだ」


「そうだったのか、出会って間もない人のために立候補するなんて君は凄いな」


 褒めてくれるのは嬉しいが、もしもここにいたのが俺じゃなくてリックだったならもっと早くに助けに入っていただろう。


「そんな事ねぇよ」


「いや、そんなことあるさ。よければ自己紹介をさせてくれないか? 君とは友達になっておきたいからな」


 すげぇ、自然な流れで友達になりたいとか言い出したよ、ただの真面目マンかと思ったがコミュ力も高いようだ。


「奇遇だな。俺もクラスメイトの友達が欲しかったんだ」


「そうかならちょうど良かった。俺の名前はレオン・ファルコだ。よろしく頼む」


 レオンは右手を出してきた。


「俺はリック・ゲインバースだ。よろしくな、レオン」


 それに応えるように俺も手を出して握手をした。


「よし、それじゃあみんな集まってくれ! 先生が言っていたように自己紹介でもしないか?」


 周りからは、いいなとか聞こえてくる。皆レオンの意見に賛成のようだ。

 そうして俺達は自己紹介を始めるのだった。





 あれから自己紹介を終えて各自解散になった。


 現在の時刻は午前11時59分。

 俺は学園の象徴的存在の女神ヴィナス像の前に立っている。

 ヴィナス像が置かれている場所は広場のようになっていて、ここで昼食を食べる生徒も多いようだ。今も何人かの生徒がいる。


 ところで俺が、なんでこんなところにいるのかって?

 別にここで昼食を取ろうとしているわけではない。『幻想学園』の裏技がこの世界でも通用するか試したいからだ。


 今回試そうと思っているのは、初心者救済処置の女神の奇跡というイベントだ。


 どんなイベントかというと、正午12時に女神像の前でいくつかのエモートを行う。

 するとその日の夜、夢の中で出会った女神に1つの能力値を限界値まで上げてもらえると言うイベントだ。


 このイベントはとても良いイベントだ。ただ問題があるとすればここは広場の、ど真ん中という事だけだ。


 時計の針が12時を指した。


「おーい!」


 それと同時に俺は女神像に向かって手を振る。


 そして次に直角に腰を折り頭を下げる。


 ちらっと横目で周りを見ると周囲はなんだあいつという目で俺を見ていた。


 やめろ! 今は見ないでくれ!


 だけどここで止まれない!


「うほっ、うほっ」


 次にするのはドラミングだ。ドラミングって言うのはゴリラが胸を叩くあれね。


 それが終わると俺はスタイリッシュにその場で3回、回る。


「わぉーーーん」


 俗に言う3回回ってワン! って奴だ。


 そして最後に俺はまた腰を折りお辞儀をした。


「よし! 帰るか!」


 俺は無駄に爽やかな声を出しその場を後にしようとする。これは現実逃避だ。今俺の周りにいる人達の目を怖くて見れない。


 絶対に変な奴だと思われている。いや実際変な奴だが、イベントの為だ仕方ない。


「よし、帰るか。じゃないわよ!」


「デジャビュ!?」


 誰かに背中を蹴られた。俺は今朝と同じように地面とキスしてしまう。


 この声はエリカだろう。


「何すんだよエリカ!!」


「アンタの方こそこんな大衆の面前で何やってんよ!」


「見てわからないか!?」


「分かるわけないじゃない! ゴリラの真似をしたり、犬の真似をしたりなんなのよ!」


 むぅ……エリカの言う通りだ。しかしなんて言おう、本当の事は言えないし……そうだ! 神頼みってことにしとこう。


「俺明日の交流試合にでるから神頼みでもしとこうかなって」


「あれが神頼みって……ヴィナス様からの天罰が下るわよ」


 エリカは呆れ気味にため息をついた。


「俺の事はもういいだろ、それでそっちはなんでここにいるんだ?」


 エリカにその質問をした瞬間、エリカの後ろにいた男に首元に剣を突きつけられた。


「うぉっ!?」


「貴様先程から聞いていればなんだその態度は! エリカ様に失礼だろう!!」


 俺に剣を突きつけた男はどうやら貴族のようだ。胸には赤色のバッチをつけている。

 そしてそのさらに後ろには3人の男が俺を殺そうとする勢いで睨んでいる。


「お前らこそなんだよ、この俺を誰だと思ってんだ?」

 

 俺も少し怒気を含んだ声で返す。誰だっていきなり剣を突きつけられていい気分にはならないだろう。


「ただの平民が偉そうに……」


 もうプッツン寸前だ。顔なんて真っ赤だ。


「おいおい、馬鹿かお前。ただの平民がエリカ。いや、王族に対してここまでの口が聞けると思うか?」


 その言葉を聞いて貴族達はハッとした顔になる。


「……な、なら貴方は何者なんですか?」


 さっきまで首元にあった剣がいつのまにかなくなっていた。

 そして俺が自分より立場が上だとまずいと思ったのか言葉遣いが敬語になっていた。


 俺はフッと軽く笑って相手を馬鹿にしたような表情をする。


「ただの平民だよ、バーカ!」


 中指を立てて相手を挑発する。


 俺の言葉を聞いて面食らったような顔になった貴族達を見て、スッキリした。


 やっぱり、ムカつく相手を挑発するのは気分が晴れやかになるぜ。


「貴様〜〜〜〜!!!!!!」


 ……こんなに怒るとは想定外だ。少し言いすぎたかも。

 

「やめなさい! ヒーデリック君、彼は私の友人よ。お茶会なら後で行くわ。……少し彼と2人にさせて貰えないかしら?」

 

 ヒーデリックと呼ばれた青年が剣を振り上げた瞬間、エリカの声が響いた。


「し、しかし!」


 ヒーデリックは引き下がろうとしない。


「二度は言わないわよ」


「わかり、ました」


 しかしヒーデリックはエリカの圧におされ渋々と言う感じで了承した。



「アンタも昔から変わらないわね。人を怒らすのだけは1人前よね」


 ヒーデリックの後ろ姿を見送っているとエリカから声をかけられた。

 昔か。今の俺はリックではない、そのことに対してエリカには申し訳なくなる。


「……悪かったな、クラスの友達だったんだろ?」


 この謝罪には2つの意味を込めているがエリカがそのことに気づく事はないだろう。


「違うわよ、彼は隣のクラスの人よ。しつこくお茶会に来ないかって誘われたから仕方なく一緒にいたのよ」


 エリカはAクラスだった筈だ。隣という事はBクラスの人ということか。


「そうですか、エリカ様も大変でございますね」


 俺はわざとらしく上品なポーズをとる。


「その喋り方やめて、アンタとカインだけがこの学園で気軽に話せる人なんだから」


 そうだろうな。貴族がこの学園に来るのは将来のパイプ作りの為でもある。表向きは普通でも裏では腹の探り合いばかりだろう。


「へいへい、それよりお茶会の方はいいのか?」


「言われなくても行くわよ、それじゃあね」


「おう、また明日」


 エリカが立ち去っていくのを見ていると突然エリカが立ち止まった。


「あっ、そうだ。明日の交流試合の代表。Aクラスは私で、Bクラスはヒーデリック君だから」


 そう言ってエリカは寮の方へと向かっていた。


 しかしエリカが選ばれるのは当然として、Bクラスはヒーデリックか。


 ……負けたくない理由ができたな。


 俺は魔法の練習をしにいくために学内にある練習場へと向かうのだった。

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