ぼくの恋は決して実らない

七海 司

ぼくの恋は決して実らない


 サリゼイヤの店内は程よく混んで少し騒がしかった。そんな場所で先輩は、キラキラ煌めくチョコサンデーを幸せそうにちょっとずつスプーンですくって食べている。


 はっきり言ってめっちゃ顔が好み。美味しさのあまり破顔している先輩なんてレア中のレア。見てるだけでこっちまで幸せになれる。もう、それだけで推せる。好きになる理由としては十分すぎるくらい。


「葵は、食べないのか?」

「先輩はいじわるです。最近できたニキビを気にしているのを知っているのに誘惑してくるだなんて」

「おっと、今日は我慢の日か。すまんな。無理に付き合わせて」

 顔の前で両手を合わせている先輩を見ていると、怒ってますアピールが続けられない。なにせ、顔がいい。見ているだけでぼくの頬がにやけてしまう。

「ならせめて、紅茶代は出すさ」

「そんな悪いです」

 断っても先輩はいっつも奢ってくれる。相談にのってもらう側の最低限の礼儀だと言って。


「いや、ダメだ。今日だって新しいチークとリップを使っているし、そのスカートだって下ろしたてだろう?」

「そうなんです。似合ってます?」

「ばっちり。最高に可愛い」

「あ、ありがとうございます」


 先輩はいつもこうだ。どんなにメイクを失敗していても褒めてくる。可愛くなろうとして努力している姿が最高にキラキラしていると言う。全てが神がかった日なんかは可愛い、素敵、似合ってる、いいね。の賛辞や賞賛が雨あられと浴びせられる。きっとあの時は嬉しすぎて、ファンデでも隠し切れないくらい紅潮していただろう。


 先輩と2人っきりで会うのにオシャレの手は抜けない。季節の新色が出たら試すし、それに合わせて洋服もコーディネートする。恋する乙女の嗜みというやつである。


「ところで先輩、なんでスカートが下ろしたてって分かったんです?」

「ん? 簡単な事だよ。葵くんーー」

 ソフトクリームを掬う手を止めて勿体ぶる。それは映画の中の名探偵のようだった。さしずめ、ぼくはジョン・ワトソンーー先輩の相棒役だろうか。悪くないが、物足りない。


「ーータグが見えてる」

「んなっ」


 慌てて確認すると確かに、2980円と書かれたタグが脇腹のあたりにぶら下がっていた。恥ずかしい。かわいいって言ってもらえるように頑張ったのに。これはない。ほんとっない。きっと僕の顔は赤くなったり青ざめたりくるくる変わっていたはずだ。


 そんなぼくを先輩はせわしなく動くハムスターを見る目で見つめて、いや観察して面白がっている。



「さて、そろそろ本題に入ろう」

「はい」


 このまま、他愛のないお話で終わってくれればどれだけ良かったか。きっと先輩と後輩の関係が進展しないことをきっと告げられる。


 こんな日がくることは先輩を好きになった時からずっと知っていた。なにせ、ぼくは先輩の好みの「女性」ではないから。


 男である僕の恋は決して実らない。


「葵の学年にいる子で、葵と同じ背格好の子なんだけどーー」

 先輩にしては歯切れが悪い。

「ぼくと同じ背格好というと、蒼井さんと三戸さんですか?」

「そう・・・・・・アオイさんに告白しようと思うんだ。どんな反応が返ってきてもいいから卒業までに思いを伝えておきたい」


 先輩は相当考え悩んだのだと思う。いつも真剣な先輩だけど、本気度が違うと目が訴えかけてくる。推しに見つめられたらもう、選択肢は協力するか、手伝うかの二択しかなくなってしまう。


「分かりました先輩。まずは、LINEでデートに誘いましょう。告白は一緒に遊んでそれなりに親しくなってからです。いきなり、見ず知らずの男の人から告白されるのは正直、キショいです」


 本来なら、いきなりデートに誘うのもギリギリアウトだと思う。まあ、蒼井さんは舞い上がるタイプだからたぶん大丈夫だろう。


「・・・・・・見ず知らずって訳ではないが」

 先輩が何かを呟いたが、お店の喧騒にかき消されて僕の耳には届かなかった。


「ちなみに先輩はどんなデートプランを考えているんです?」

「定番の映画を考えている。見終わった後、共通の話題にもなるし」

「悪くはないです。ところで、蒼井さんが好きな映画のジャンルは?」

「ホラー映画とか?」


 ホラー映画なら僕は大好きだ。ミストの膝から崩れ落ちるようなバッドエンドは後世に残すべき素晴らしき絶望だと思う。そのことについて何時間でも先輩と語っていられる。あくまでぼくなら。


「却下です。無難にもっと人の目があって賑やかなところにしましょう。例えば、水族館とか」


 少し、考えてから先輩が出した答えは。

「水族館か。葵は初デートに水族館に誘われたら嬉しいか?」

 質問だった。


「ぼくは、あまり水族館は好きじゃないですね。魚に興味がないですし、ペンギンは可愛いですけど、あのエリアは生臭いので」

「ふむ」

 また先輩は腕を組んで考え込んでしまった。


 真剣に考えている先輩の表情がいい。すごくいい。語彙力が死ぬ。尊い。って普段はなるんだけど、今はそんな気分になれない。きっと先輩が別な人のことを思っていると分かってしまうから。


 憎き恋がたき蒼井さんのことをふと思い出す。

「そう言えばーー」

 ーー蒼井さんは自己中心的で底意地が悪くクラスで浮き気味だった。それをクラスメイトがうまくフォローしていたっけ。


 そんな人と先輩を付き合わせていいのだろうか。正直に先輩に蒼井さんは問題ありですと言った方がいいのではないか。そうすれば、先輩は告白を断念するかもしれない。


 嫉妬まじりの言葉を飲み込み、別な疑問をはき出す。


「ーー先輩はなんで、蒼井さんのことを好きになったんです?」

「んー恥ずかしいけど、影で泣くことになっても自分のことよりも相手のことを優先しちゃうところとか、綺麗であろうと努力してキラキラしているところかな」


 自分で聞いておいて、聞きたくない。そんなことはないと学級での様子を暴露してしまいたい。けれど我慢する。その結果、こんなにもぼくは嫌なやつだったなんてと自己嫌悪におちいる。


「ひとまず、デートのお誘いの文章を考えてみましょう。彼女のLINEは今度聞いておきますから」

「あ、いや知っているから完成したらすぐ送ってみるよ」


 もう、そこまで仲が良くなっていたなんて知らなかった。ちょっぴり悲しい。こういう時に素直に泣けば先輩は僕の恋心に気づいてくれるのだろうか。やめよう。どうでもいい重荷になったら、先輩と後輩の関係ですらいられなくなっちゃう。


「既読つかないな」

「まだ、送って5分もたってないですよ」


 先輩はLINEを送ってからずっとソワソワしている。何度も何度もLINEを開いては既読の有無を確認している。きっと不安なのだ。読んでもらえるか、返事をもらえるか。変なことを書いて傷つけてはいないか。普段ならなんとも思わずにできる作業だけど、今回は特別なのだろう。


「先輩、なんか小説を投稿した時に似てますね」

「そう言えば、似ているな。作品に気づいてもらえるか、読んでもらえるか、あわよくば感想がつけば大金星。面白かったと一言言われたらそれだけでその一週間はずっと幸せでいられる」

「だけど、感想や反応がつくまではつい、数分おきに確認しちゃうんですよね。寝る前に確認して、朝起きてすぐにチェックしてって感じで」

「そうそう。気になって一日千秋の思いだ。それでも流石に時間ぎれかな。」


 ちらりと時計を見た先輩の目線を追うと店内の時計が19時を指し示していた。


「すまないな。こんな時間まで付き合わせてしまって」

「いいですよ。先輩の頼みなんですから。僕はよろこんで一緒にいたんですよ」




 先輩と別れた後、気づけば、ぼくは児童公園のブランコに座っていた。

 見えもしない星空を眺めるために天を仰ぐ。

 

 言い訳だ。


 涙を零さないように上を向く。それでもやっぱり泣いてしまう。


 先輩との関係は今までと同じで変わらない。どんなに努力しても進展はあり得ない。ぼくが、先輩の好みの女性ではないから。こればっかりはどんなに努力しても変えられない。生まれついてのものだ。


 大きな声を出して泣き喚きたいけど声がでない。代わりに嗚咽と涙だけが止まることなく出続ける。


 どのくらい時間が経ったから分からない。数分だったかも知れないし、数時間だったかもしれない。


 スマホがぼうっと光り、LINE通話の着信画面を映し出す。


「先輩からだ」

 袖で涙をゴシゴシと拭う。

 ブラウスに化粧やマスカラがついちゃったけどいいや。無理矢理にでも元気を装おう。


 勢いに任せて通話ボタンをタップした。

「葵、そろそろLINEの返事を貰えないだろうか? もちろん、ダメならダメでいいんだ。返事が欲しいというのがどれほど我がままな事か分かっている。それでも答えを聞きたい」


 不安そうな怯えているような先輩の声。大切な何かを失うかもしれないそんな悲壮感にあふれた声音だった。


「え? LINEの・・・・・・返、事?」


 慌ててトークルームを開くと先輩から映画デートのお誘いが来ていた。間違いなく、デートに行こうという旨が書いてあった。


 ああ、先輩が言っていたアオイさんは蒼井さんではなく、葵さんだったんだ。


「ぼくといっしょでいいんでずか。だっで、ぼくはおどこですよ」


 また、号泣してしまった。もう、まともに喋れない。


「葵が、葵だから好きになったんだ」


 失意のどん底から有頂天まで感情の落差が大きくて大きくて。


 ぼくはLINE通話後もしばらく拭いても拭いても止まらない涙と格闘する羽目になった。


 嬉し涙が枯れた後、スマホで確認するとマスカラはデロデロに流れて酷いありさまだった。


「今度からウォータープルーフのマスカラにしよ」




 先輩との関係は、三年たった今でも続いているけれど、その間[大人たち]はずっと未熟なままだった。


 仕方なく、僕の恋は未だに実ったことがないことにしている。


 いつか、僕の恋は実り、祝福されるのだろうか。

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