【KAC20229】探偵は猫の手も借りたい

滝杉こげお

三毛猫ホームズ? いいえ、ただの猫です。

 探偵の朝は早い。

 僕はいつものように朝五時に起きるとランニングウェアに着替え、澄んだ空気の下を走り出す。

 吐き出す息は白く、天へと昇っていく。


 朝夕は冷え込む三月の早朝。

 まだ誰もいない山道を一時間かけて自宅まで走り切るのだ――そう、いつもなら。


「死んでいる……」


 ランニングコースの途中、山道で倒れる男を見つける。

 たしか、この山の中ほどに屋敷を構える館の主人、金石さんだ。

 近づき脈を確認するが、すでに事切れている。

 年齢は60代ほどで、頭部から出血が見られる。

 状況から山道で足を滑らせたのかもしれない。

 血の乾き具合から死後20分は経っているだろう。


 あいにく運動の邪魔になるから携帯電話は置いてきてしまった。

 他人の携帯電話であっても緊急通報は掛けることができる。

 僕は金石氏の遺体を探るが携帯電話どころか鍵の類も持っていなかった。


 こうなってはどこかで電話を借りるしかない。

 近くにある建物は金石さんの屋敷だけだ。


 担いでいくわけにも行かないよな。

 忍びないが死体はこの場に置いていくしかないだろう。

 僕は事態を屋敷の人間に伝えるため走った。



「はあ、はあ」


 五分程走って館に到着する。

 さすがに死体を見た後だ。

 流石の僕も動揺していたのだろう。


 いつもならこの程度ならそれほど疲労を感じないはずだが、今は肩で息をしている。

 だが、何とか屋敷にたどり着いた。


 屋敷の前には車が二台、館のちょうど影になるところに止まっている。

 この屋敷からどこへ行くにも必ず車は必要になる。

 一台が館の主人の物だとしても、誰かはこの屋敷の中にいるはずだ。


 車のボンネットを見ると一台のボンネットに猫が気持ちよさそうに丸くなって寝ていた。

 本当に今は猫の手も借りたい気分だ……いや、弱音は僕らしくないな。

 早く要件を済ませてしまおう。

 僕は屋敷のインターフォンを押した。




「そんな、父が!?」


「あの人が、死んだ……嘘。場所はどこなのですか?」


 屋敷から出てきたのは金石氏の妻と息子だった。

 僕は発見した時の状況を伝え、警察に連絡をとるように伝える。


「分かりました」


 息子が部屋の奥へと駆けていく。

 奥さんは今にも倒れそうなほど顔が青い。

 僕は少しでも奥さんの意識を散らすため質問を投げかける。


「ご主人は朝何時ごろ家を出られたのですか?」


「分かりません。主人は私たちに黙って家を出ますから。私たちは今まで家にずっといて」

 

「お二人は家を出ていないのですね。ご主人はいつも一人で外出を」


「はい。時間は朝の5時から5時半ごろが多いです。いつも朝ごはんの時には帰ってきていました」


「なるほど」


 二人で話していると息子さんが部屋の奥からやってきた。


「警察に連絡が取れました。あと10分程でここに到着するとのことです」


 息子さんはよく見ると服はまだ寝間着を着たままだ。

 奥さんの言うように今まで寝ていたように見える。


 一方奥さんの方はすでにきちんとした服に着替えている様子だ。

 顔も化粧がされている。


「探偵さん、警察が来るまで屋敷の中で待っていてはどうですか?」


「いえ。僕にはお構いなく。それに僕には今日、先約がありまして。ここはあなた達にまかせます。では、これにて失礼!」


「あっ、ちょっと」


 僕はそのまま走って館を離れた。

 ――彼らは金石氏を殺しているかもしれない。


 幸い二人が追ってくる様子はない。

 僕はそのまま走って自宅に戻ると改めて警察に発見した事件の状況を伝えた。




 さて、僕がどうして二人が金石氏を殺したと疑ったか分かるだろうか。






【解決編】


 奥さんは二人とも屋敷を一歩も出ていないと証言している。

 

 館に止まっていた二台の車を思い出してみよう。

 車が止まっていた位置は館の影に当たる位置だ。

 二台のうちの一台のボンネットの上には猫が丸くなって眠っていた。


 今朝は吐き出す息が白くなるほど寒かったはず。

 そんな寒空の中、熱伝導性の高い金属の上で猫が眠るだろうか。

 普通なら温かい日向に居るはずだ。


 ではどうして猫はボンネットの上にいたのか。

 それは何者かにより車が動かされ、エンジンの熱により車が温められていたからではないか。


 金石氏は鍵の類を持っていなかった。

 車の鍵も家に置いてきている。

 金石氏が車を動かしたのならわざわざエンジンだけかけ車には乗らずに鍵を戻して外に出たことになる。


 そして金石氏は発見時、死後20分が経過していた。

 僕が館に着いた時には金石氏が家を出てから30分近く経っていることになる。

 金石氏が車を動かしてから30分近くは経過しているだろう。

 そのころにはボンネットの熱は完全に逃げてしまっているだろう。


 車を動かしたのは屋敷に居た人間だ。

 そうなると奥さんの二人は家を出ていないという証言と矛盾するのだ。




 僕の証言により警察は殺人事件として捜査を開始。

 屋敷の中から金石氏の血痕が見つかり、殺人が立証された。

 事故死に見せかけて殺し、保険金をせしめるつもりだったようだ。


 あの時違和感に気づいていなければ僕はどうなっていただろうか。

 好奇心は猫を殺すというが……


 こうして僕は猫の手を借りて事件を解決に導いたのだった。

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【KAC20229】探偵は猫の手も借りたい 滝杉こげお @takisugikogeo

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