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「制限によって往来も儘ならない時代に陥ったからこそ、君たちがしているような癒やしが、アフターコロナの世界には必要なのだろう」

「ありがとうございます」


 急に面と向かっていわれると、気恥ずかしい。


「なのに、プーチンは戦争をはじめてしまった。雨宮さんといったね、なぜだか説明できるかい?」


 突然問われて、まばたきをくり返す。


「ウクライナがNATO入りを言い出したから、ですか」

「間違ってはいない。けれども、肝心なところが抜けている」


 田原様は、リクライニングチェアの肘掛けの端を握り、語気を強めたしゃがれた声で語りだす。


「二〇一四年、選挙で親ロシア派の政府がウクライナにできたとき、アメリカが介入してクーデターを起こさせて追放し、アメリカの傀儡政権が誕生した。二〇一九年に政治経験のないゼレンスキーが大統領となった当時、七十五パーセントもあった支持率は二〇二一年にはわずか十七パーセントにまで下がった。政権への求心力を回復したいが為、NATO入りを望んだことが発端にある」

「そうですよね」


 合ってた、と、ほっと息を吐く。


「二月十九日、ミュンヘン安全保障会議でNATO入りを望むゼレンスキーが『ブダペスト覚書は無効』と宣言した。つまり彼は、核兵器保有を宣言したんだ。どういうわけか西側のメディアは報じないが、これが今回の戦争の発端だ。わかるかい?」


 話が長くなりそう。

 答えないと話を切り上げられそうにない。

 どう答えればと考えるより先に、田原様は口を開かれた。


「ウクライナ政権が核ミサイルを保有すれば、向けられる先はロシアだ。そんなことをしたら、クリミア併合まで黙って西側の勢力拡大を見てきたプーチンの堪忍袋の緒が切れるのはわかりきっている。アメリカの傀儡政権であるゼレンスキーはそれを承知でロシアを挑発し、ウクライナ国民を危険に晒したのだ」


 しかもだと、田原様は更に語気を強められる。


「第二次大戦後に覇権国家となったアメリカの戦後戦略は、他国に戦争をやらせることだ。経済大国であったアメリカは現在、力がなくなっている。ゆえにアフガニスタンでタリバンに実質的に敗北した。とはいえ、アメリカの戦争体質は変わらない。NATOとは、アメリカが他国に戦争をやらせるために作った勢力。だからアメリカや西欧諸国は加害者であり、ウクライナ国民は被害者なのだ」

「そうなんですね」


 どうしよう、田原様は語りだしてしまった。他のお客様のことも考え、大きな声を出されないよう、「田原様、お声を」と、さり気なく伝える。


「いいかい、今回のことは、政治家が望んだ戦争なんだ。三月二日に行われた国連総会でロシアを非難し、ウクライナからの即時撤退を求める決議案を百四十一カ国の賛成で採択された。反対と棄権と無投票の国々は、BRICSと呼ばれたブラジル・ロシア連邦・インド・中国・南アフリカ共和国の五カ国とアフリカなどだった」

「そうでしたね」

「世界は、民主主義と全体主義に二分したともいえるが、人口の多い一位と二位に中国とインドが加わっている。国の数では勝っても、人口比で考えたらあきらかにロシアを避難した側が少ないといえる」

「そう、なりますね」


 地球の総人口は、約七十八億人。

 二つの国をあわせた人口はおよそ三十億。

 アフリカの国々も増えていて、数年前にアフリカの総人口が十二億人を超えたことを加味すれば、賛成しなかった側は半数を超えていることになる。


「おまけに、以前から起きていたインフレと金融の締め付けにくわえ、脱炭素政策と現金給付をしたことで物価高騰を招き、今回の戦争で更に拍車がかかった。アメリカはドルを強め、輸入に頼る日本はあらゆる面で物価が上がっていく。大義のない戦争のために、社会全体で人災によるインフレを享受する羽目になった。こんな馬鹿げたことがあって言い訳がないんだ」


 生で『朝まで生テレビ』を見ている感覚。番組ならここで、「一旦CMです」と入るところ。というか、誰でもいいからCMを入れて、話を打ち切ってほしかった。

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