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「田原様、田原様……」


 足首を軽く揺らして起きてもらおうとするも、なかなか目を覚ましてもらえない。仕方なく呼吸に合わせて、太陽神経叢の反射区の刺激を三回入れた。

 時間どおり施術を終え、テンピュールと折りたたみ椅子を片付ける。リクライニングチェアの横に立て膝をついて身を乗り出し、「田原様、以上終了いたしました」と声をかける。


「んぁ? あぁ……んん、ああぁああ」


 目を覚まされた田原様は、声とともに息を吐かれ、あくびを一つされた。


「寝ちゃってたんだ、気持ちよかった」


 顔をしかめながら両腕を突き上げられる姿を前に、「随分とお疲れだったようですね」施術を振り返る。


「この数カ月、いろんなことが目まぐるしく起きているから」

「そうですね。それも自律神経を乱す一因かもしれません。田原様がおっしゃっておりましたとおり、土踏まずのこの辺りにあります胃の反射区、また足裏の腸の反射区に押しつぶせるような感覚がございまして、お疲れが見受けられました」

「疲れていると、足裏に現れるものなんだ」

「そうですね。自律神経を乱す原因の一つに、過度のストレスによるホルモンのアンバランスがございます。ストレスが続きますと緊張状態となり、視床下部と下垂体から命令が出て副腎から糖質コルチコイドというストレスホルモンを出します。このバランスを整えるために、視床下部や下垂体のある頭部や副腎、胃腸の反射区などがございます親指や土踏まず、足裏などを念入りに刺激させていただきました」

「ほお、そうなんだ」

「ご自宅のお風呂上がりなど、こちらをもみほぐしてみてください。では、オットマンを外させていただきます。失礼します」


 足にかかるリードを外し、田原様の足首を片手で持って、もう片方の手でオットマンの向きを変えて横に移動させる。

 足を下ろすと田原様は上体を起こし、顔を洗うように目にをこすりながら、「これは、治療?」とお尋ねになられる。


「いいえ、当店では医療行為は行っておりません。足裏にございます反射区を刺激することで自然治癒料を高め、心と体のリラクゼーションをもたらします。また、心身ともにリラックスすることでストレスの解消、心のケアにも役立ちます」

「東洋医学でいう病気になる前の不調、未病を整えるみたいな。これが癒やしか」


 田原様はふくらはぎを触る。


「ポカポカしてる。それに、脚がスッキリした気がするなぁ」


 はしゃぐ田原様の姿が子供のように無邪気に見え、思わずほくそ笑んでしまう。

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