7・轟天
アヤカたちが離陸した時には、既に街の三分の一近くが炎に包まれていた。木造建築が多いオリーブタウンでは、火の手が回るのも速い。
機体を傾けて街の様子を見ていると、アヤカたちの元に消防団から通信が入る。
〈こちらは消防団団長、チャーリー・ベイカー! 上空の戦闘機、聴こえるか⁉〉
「こちらは東オウルランド空軍のプロミネンス隊。ベイカー団長、状況を知らせてください!」
〈なんだか余計燃えそうな名前の飛行隊だな……いや、気にしないでくれ。避難は完了したが、火が強すぎる! 消防車は全て出動しているが、とても俺たちだけでは鎮火できない!〉
アヤカが団長の話を聴いていると、コクピット正面のMFD(多機能ディスプレイ)に街の地図が映し出される。地図上にはいくつか炎の形をしたアイコンが表示されていた。
「団長、こちらに地図が送られてきましたが? これってもしかして……」
〈そのデータに従って、消火剤を撒布してくれ。風向きや地形から、その地点に消火剤を撒けば効率的に鎮火できるはずだ!〉
「了解!」
アヤカはベイカー団長との通信を終え、ジュリに指示を出す。
「プロミネンス1からプロミネンス2へ、これより消防団への支援を開始する。火器管制装置を対置爆撃モードに切り替え、消火剤を撒布せよ」
〈了解! 街を救いましょう、アヤカさん!〉
コクピットの外に目を向けると、ジュリの機体が息巻くように翼を振るのが見えた。
アヤカは消防団から送られてきたデータを参照し、突入コースをヘルメットのバイザーに表示する。
マスターアームスイッチ、オン。ディスプレイに使用可能な武装の一覧が現れる。ミサイルの代わりに消火剤を充填したキャニスターが六発。あとは自衛のための機関砲弾が百五十発だけだ。
「プロミネンス1、目標を補足。突入する!」
アヤカは海岸の商業エリアに向かって機体を降下させていく。バイザーに映し出されたウェイポイントを機体が通過する瞬間、兵装発射スイッチを押し込む。軽い振動と共に主翼の下から消火剤のキャニスターが切り離された。
〈キャニスターの投下を確認。グッドセパレーション!〉
観測位置に就いていたジュリが報告する。アヤカは旋回して投下地点を視認する。キャニスターから不活性ガスが白い霧のように飛散する。ガスは燃焼に必要な酸素を遮断し、急速に炎が消えていくのが見えた。
「効果を確認。どんどん行こう!」
次は投下役と観測役を交代して、ジュリが目標地点に突入する。彼女の投下したキャニスターも広範囲にガスを飛散させ、激しく燃え上がっていた炎を瞬時に鎮火した。
海岸地区の炎は完全に消えたが、まだ内陸部では延焼が続いている。アヤカはジュリに指示を出し、街の中心部へ向かった。
*
城の下には絶望的な光景が広がっていた。おとぎ話の世界がオレンジ色の炎に包まれていく。
あちこちで黒い煙が立ち上る街の上を、轟音を響かせて戦闘機が飛び回っている。何か爆弾のようなものを落としているが、あれが消火剤だろうか?
クレアは戦闘機が消火剤を撒く様子を城の上から見ていた。アヤカは逃げろと言ったが、どうしてもその場を動けずにいた。
ただ、戦闘機と消防団の奮闘により、火の手は弱まり始めている。恐らく、ここまで炎が及ぶことはないだろう。
クレアは悔しかった。大嫌いな戦闘機のおかげで、大好きな街が救われているなんて……どうしてもその事実を、目の前の光景を認めたくなかった。
街を救った事でアヤカたちが胸を張るのは容易に想像できた。街の人たちも、空軍に感謝の気持ちを抱くだろう。戦闘機の音が聴こえる度に、「アイツらのおかげで街は燃え尽きないで済んだんだ」と言う人がいるかもしれない。
そうなれば、戦闘機を嫌うクレアは肩身が狭くなってしまう。狩りが一つできたということで、アヤカのファッションに口出しもしづらくなるはずだ。
一方で、アヤカは自分が英雄であることを固持するように、あのフライトジャケットを着て街を歩くのだろう。それが許せない。私の憧れた景色を汚しておいて、英雄を気取るアヤカが許せない!
気が着くと、もう火災は治まり、戦闘機も消火剤を落としている様子はなかった。
クレアは空を見上げて、街を救った英雄を睨む。
「アヤカ……私はあなたが大嫌い! もう二度と会いたくない!」
そう叫んだ声をかき消すように、ジェット音が空に轟いた。
――終――
アンサング・ウィング 赤木フランカ(旧・赤木律夫) @writerakagi
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