6・城の傍で

 イヴリンの家を訪れた後に一行が向かったのは、グロリアーナ城塞だった。きっと、クレアはイヴリンの家で絵を見せた後、実物を見に行くというデートプランを完璧だと思っているのだろう。上手いやり方だと思うし、アヤカが観光ツアーを組むとしてもそうしただろう。


「絵の後に実物を見た感想はどう? キレイなお城でしょ?」


 グロリアーナ城塞の搭を見上げながら、クレアが感想を求めてくる。


「いつも離陸するときに見てるけど、近くで見るとでっかいな! カッコいい!」


 イヴリンの家にいる間と同じく、アヤカよりもジュリの方がはしゃいでいた。


「アヤカはどう? お城から眺める景色とか、素敵でしょ?」


 クレアがアヤカの方に話を振ってくる。アヤカは「まぁ、良い眺めだよね」と同意した。


「街の景色が一望できるし、西向きだから夕日もキレイなんだろうな……」

「そうでしょ? やっぱりオリーブタウンの街はキレイでしょ⁉」


 ずいずいとクレアがアヤカに顔を寄せてくる。アヤカはその押しの強さに僅かながら恐怖を感じた。


「でも、こんなにキレイな街なのに、キレイじゃないものがあるの……」


 さっきまで楽しそうに話していたクレアが、悲し気な声を漏らす。アヤカは彼女が何を言おうとしているのか解った。


「空軍基地とそこから離陸していく戦闘機が、この街の景観を損ねてるって言いたいんでしょ?」


 アヤカの言葉にクレアは頷く。


「ノスタルジックでメルヘンチックな街並みを汚されたくないから、電気自動車EV景観保護モバイルフォンも、現代文明が生み出したものは全て憎い。レトロガーリーなファッションがこの街に似合うからって、人の服装にまでケチ付ける。そうでしょ?」


 それを聴いて、クレアがキッと鋭い視線をアヤカに向けてくる。アヤカも彼女の青い瞳を睨み返し、二人の間に緊張が走る。ジュリは突然空気が変わったことに困惑し、怯えたように立ち尽くしていた。


「ずっと嫌いだったの……城の向こうに見える管制塔が。長くて真っ直ぐな滑走路が! イヴリンが絵に描いた景色は永遠に失われてしまった。私の憧れを破壊した戦闘機が憎くて何が悪いの⁉」


 ヒステリックな声が城壁に反射する。


「そりゃ、自分でもこの間はやりすぎたと思ったよ。景観保護条例に服装規定は無いし、空軍基地には民間の旅客機や輸送機も飛来する。この街にたくさんの人が来てくれるのは、基地があるからだって解ってる……けど、憧れの景色が生きてる間に見られないのは、すごくつらいの……こんなにも近くにあるのに!」


 クレアの目から涙が零れるのが見えた。アヤカは泣くほどのことなのか? とも思うが、自分とクレアの間には超えることのできないへだたりがあるようだ。空軍基地の近くで生まれ育ったという点は同じなのに、アヤカとクレアは随分と違う感性を持っているらしい。


「じゃあ私たちは一生解り合えない。それで良いじゃん? デートはお終い」

「嫌だ!」

「駄々をこねないでよ。私とキミじゃ、見えてる世界が違うんだから」

「どうせ損するのは私の方だ! アヤカはこれからも戦闘機に乗るし、フライトジャケットを着て街を歩く! 他の人だってそう! みんなこの街のおとぎ話のような景色の中に、自動車や携帯電話や、戦闘機が入り込むのを気にしない! 文明と伝統の調和? そんなの嘘っぱちだ!」


 いつまで聞けばいいのかな? そんなことを思ったアヤカはジュリの方に視線を投げ、彼女に助け船を求める。


 しかし、アヤカとクレアが険悪な雰囲気になっている一方で、ジュリは別のものを見ていた。彼女は危険を察知した狐のようにピンと背を伸ばし、街の南の方へ眼を向けている。


 ジュリが見つめる先には、もくもくと立ち上る黒い煙があった。


「山火事⁉」


 アヤカはクレアから遠くで燃える炎へと注意を向ける。まだ何か言いたげなクレアも、アヤカたちの様子の変化を感じ取って、同じ方向を見た。


「え……煙? 火事? 街が……街が燃えちゃう!」


 クレアが口に出すまでもなく、山火事がオリーブタウンの街に燃え移っているのは明らかだった。風は南から吹いており、このままでは城の方まで火の手は回ってしまう。


「クレア!」


 アヤカに呼ばれて、クレアは肩をびくりと震わせる。


「ここにいたら危険だ。すぐに逃げて!」

「でも、街が……」

「キミに何ができるって言うの? そんな動きにくい格好で、消火活動に参加できる訳?」


 アヤカがクレアを諭す横で、ジュリはおもむろにワンピースの裾をたくし上げ始めた。トイレに行くときに使う紐を引っ張り出し、皺が着かないよう結ぶ。ワンピースの下には、動きやすいようハーフパンツを穿いてきたのだ。


「私たちは基地に戻る。これからキミの大嫌いな戦闘機を飛ばす」

「戦闘機に何ができるって言うの?」

「上空から避難状況だとか、火災の進行具合を消防団に伝えるの。それに、いざって時は消火剤を撒布さっぷするかもしれない」


 アヤカはクレアの肩に手を置いて、ニッ笑って見せる。


「よく見ててね。私たちがこの街を救う様子を?」


 そう伝えると、アヤカとジュリは走って基地に向かった。

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