通常版

一章「終焉の落とし子」

 オーストラリア区・タイニープレーン グレートヴィクトリア砂漠都市部

 天空から雨のように降り注ぐ矢が手当たり次第に建物を焼き尽くしていき、如何なるものも、溶け出したプラスチックのようにひしゃげてなくなっていく。地上ではレジスタンスの兵士が果敢にChaos社の兵器に挑みかかるが、まるで歯が立たずに蹂躙され、そして矢に射抜かれて消えてなくなる。

「ストラトス!」

 物陰に隠れて様子を窺っている青年に、レジスタンスの兵士の一人が呼び掛ける。

「なんだ」

「ここにアルテミスが来るなんて想像ついたか?」

「んなのわかるわけねえだろ。普通幹部クラスは中国でドンパチやりあってるんじゃねえのか」

「だよな。とにかく、ここはもうダメだ。お前は逃げて、本部に知らせろ」

 ストラトスはその兵士に驚愕の表情を見せる。

「お前は?」

「時間稼ぎに回るさ。大勢で逃げて追い付かれりゃ死ぬ」

「……。わかった」

 ストラトスは迷わず兵士を置いて逃げる。

「物分かりが良くていいぜ」

 兵士はそう言い残すと、他の兵士と共に前線へ突っ込む。ストラトスは脱兎のごとくビル群の中を駆け抜けていく。もう少しで砂漠に出ようとしたところで、眼前に炎の軌跡を残しつつアルテミスが降下してくる。

「見つけたぞ、辰の刻」

「クソ、ここまで来てこうなるか!」

 ストラトスは槍を手に取り、臨戦態勢に入る。アルテミスは人間が持つには余りにも巨大な弓を引き絞り、炎を纏った五本の矢を同時に放つ。ストラトスは飛び上がり、急降下してアルテミスを狙う。アルテミスは弓をぶつけてその攻撃を往なし、素早く左腕でストラトスの首を掴んで地面に叩きつける。そのまま足で踏みつけ、弦を引き絞り――矢を放とうとした瞬間、アルテミスは気配を感じて飛び退く。アルテミスの眼前には、美しい青髪の少女が立っていた。

「ちっ、シエルか……」

 少女は自信満々に髪の毛を靡かせる。

「あら、こんな僻地にまで出張るような下っ端幹部でも私のことがわかるようね」

「当然だ、忌まわしい女め」

「忌まわしくて結構。誰かに妬まれたり恨まれたりするのが仕事なもんですからね」

 アルテミスが矢を放つ。シエルは流体金属を産み出して、それを盾に変えて矢を受け止め、すぐに剣に変えて切りかかる。アルテミスが弓で防御に入った瞬間に籠手に変え、懐へ入って撃掌を叩き込む。アルテミスの腹は湯気を上げ、大きく後退する。

「君、大丈夫かな」

 シエルは立ち上がるストラトスに声をかける。

「ああ、お陰さまで。あんたは一体……」

「話は後。とにかくここから逃げるわよ」

 逃すまいとアルテミスが体勢を立て直す。

「あら、まだ動けるのね」

 シエルはストラトスの方をちらりと見る。

「空の旅は好き?」

「は?」

 そしてストラトスを抱え上げ、一度のジャンプで横のビルの残骸の頂点まで飛び、そこから助走をつけて飛び上がるとそのまま空を滑空する。

「どわぁぁぁぁぁぁ!?」

 絶叫するストラトスを無視して、シエルは悠々と空を飛び去っていく。アルテミスは呼吸を落ち着け、戦闘区域へ戻っていった。


 グレートヴィクトリア砂漠・ディスポーザルタワー

 シエルはしばらく滑空した後、砂漠に着地する。ストラトスを下ろすと、すぐに口を開く。

「あんた、本当に何モンだ?」

「私?見てわからない?」

「いや……」

 シエルはストラトスを舐めるように隈無く上から下まで見る。

「あなた、レジスタンスよね?」

「ああ、そうだけど?」

「ならわかるんじゃない?」

「いや」

 シエルはため息をつき、仕方なさそうに口を開く。

「私の名前はシエル・エウレカ。バロン・エウレカとエリアル・エウレカの娘よ、わかる?」

「ああ、あの二人の娘ね……はぁ!?ぜってえ嘘だろ!?そんなやつがここまで来るわけねえべ!」

「何その喋り方。まあいいわ。私はわざわざここまであなたを救いに来たんだから、せいぜい感謝しなさいよね」

「どういうことだ?」

「さっきの辰の刻って言葉でわかんなかったの?」

「はぁ?」

 シエルは心底意味がわかっていない顔をする。それはストラトスも同様だったが。

「もしかして、Chaos社が何をしようとしてるかも知らないの?」

「そりゃ、この世界を支配するんだろ」

「嘘でしょ……?まさかそんな程度の規模の戦いをしてるつもりだったの?」

「はぁ?バカにしてんのか!?」

「バカはそっちでしょうが!あのね、Chaos社の戦い方わかってる?どう見ても支配するならあんなめちゃくちゃな攻め方してくるわけないでしょ?」

「じゃあなんだよ!?」

 ストラトスはムキになって声を荒げる。

「Chaos社は!」

 シエルが大声を出す。

「Chaos社は、この世界を支配するなんて生易しいレベルじゃない。この星……地球に散らばった時の十二要素を全て集めることで全ての世界を支配しようとしているの」

「時の十二要素?なんだそりゃ」

「はい、標準時は何時間刻み?」

「えっと、午前午後それぞれ十二時間だ」

「それがなぜ十二個の時間で区切られているのか……それは、時間そのものが十二個で安定するからよ。あなたはこの地球に散らばった時の十二要素の一つ、辰の刻」

「なんだよここまでブッ飛んだSFの話しておきながら急に十二支か?」

「十二支も、時を表す十二個のシステムでしょう?時の十二の要素を端的に表した、いい故事だと思うわ」

「で、俺はどうしたらいい?」

「あなたはどうしたい?」

「質問に質問を返すな。まあいい、とりあえずあんたについてくよ。ここで突っ立って長話しても暑ぃだけだ」

「まあそうね」

 二人はディスポーザルタワーへ入っていく。タワーは鋼鉄の薄暗い道を進んでいくと、巨大なゴミ廃棄区画へ出る。

「ここ、レジスタンスのアジトに繋がってるでしょ?」

「そうだぜ。あんたなら知ってると思うが、ここに捨てられてるのは普通のゴミじゃねえ」

「もちろんわかってるわよ。ここに廃棄されているのは〝高濃度無明放射物質〟でしょ?」

「ああ、中東のグランドゼロで焦土核爆槍の影響を受けて変質した人間……所謂〝焦げた妄人ドリーマー〟と、それに準ずる物体が投棄されてる」

「結果としてレジスタンス側の健康被害は免れないけど、Chaos社にバレずに移動できるってことね」

「そういうこった。こっちだぜ、シエル」

 ストラトスが慣れた足取りで進んでいく。シエルもそれに従い、地下道を進んでいく。

「砂漠の地下に道なんて作ったら流砂に当たってめんどくさそうなものだけどね」

「そこはChaos社様様ってもんだぜ。シフルを使った装甲板は経年劣化もないし長時間の加重にも強いからな」

「まあ、実際どうでもいいことなんだけど」

 シエルのその言葉にストラトスはため息をつく。

「極端に言えばそうなんだけどよ、ちょっとくらい興味持ってもいいだろ」

「じゃああなたは私について何か聞きたいことない?性的な話題以外は返事してあげるわよ」

「誰がするかよ。えー、じゃあ、好きな食べ物は?」

「ありきたりねえ。私の好物はね、ブリ大根よ」

「なんだそりゃ」

「ブリ大根はブリ大根よ。それ以上でも以下でもないわ。ほら、もっとマシな話題を寄越しなさいな」

「あー、えーっと……あの馬鹿力はどこから出てるんだ?」

「馬鹿力とは失礼ね」

「何聞いても文句言ってくるじゃねえか」

「まあいいわ。馬鹿力なのは本当だしね。私のお父さんがバロンなのはわかってるわよね?」

「まあ、信じてはないけど」

「お父さんはこの宇宙の核なの。その娘である私は、その力を受け継いでいるのよ。だから、空を飛ぶくらい楽勝なの」

「ふーん。なんか納得できるような……できねえような……ところで、なんであんたは俺が辰の刻とかいうのを知ってたんだ?」

「そりゃあなたがレイヴン・コルンツとミリル・レイナードの息子だからでしょ」

 それを聞いた瞬間にストラトスは立ち止まり、鬼の形相で振り返る。

「シエル、俺はあんたに協力するが、一つだけ言わせてもらうぜ。俺の前で、そのクソッタレ親父の名前を出すな」

 シエルは真顔になり、頷く。

「結局全部あいつのせいかよ、クソ」

 ストラトスは正面へ向き直り、先へ進む。

「家族の話は誰にとってもデリケートなものね」

 シエルは独り言を呟いて、ストラトスを追う。


 レジスタンスヤード

 ストラトスが地下道の終点にあった梯子を登り、蓋を開けて地上へ出る。街全体を鉄柵で囲んだレジスタンスの縄張りへ、二人は近付く。見張り台のレジスタンス兵が気付き、ストラトスへ手を振る。二人は鉄柵の扉を開けて中へ入り、集会所の跡地のような建物に入る。そして扉を開き、会議室へ入る。そこには、ツインテールの少女と、活発そうな青年、そして何人かのレジスタンス兵が居た。少女がストラトスに視線を向ける。

「伝令ご苦労」

 ストラトスが口を開く前に、少女がそう言う。

「グラナディアさん、俺まだ何も言ってないんスけど」

 グラナディアと呼ばれたツインテールの少女はシエルへ視線を向ける。

「もうわかっているよ。今回の戦闘は失敗だ。ま、想定内だったけど」

「どう言うことッスか、グラナディアさん」

「Chaos社も計画を最終段階へ進めようとしてるってことだよ。さっきアフリカに送った斥候から連絡があってね、アルバ・コルンツがンジャメナのラボラトリで保管されているみたいだ」

「アルバ・コルンツって言えば、Chaos社がずっと探してたって言う……」

 ストラトスの言葉に、シエルが続く。

「……酉の刻ね」

 グラナディアが眉を上げる。

「流石はバロンのご子息だ。ちゃんとそこもわかっているんだね」

「そりゃどうも。結局、今Chaos社が持ってるのは何個なの?」

「虎と酉、子、巳、申かな。急がねばならないことに変わりはないけど、まだちょっとだけ余裕がある。幸い、ここには丑と辰と亥が居るだろ?」

 ストラトスが首を傾げる。

「俺が辰ってのはわかるけど、あとの二人はどこに?」

 シエルがストラトスに満面の笑みを向ける。

「は?もしかしてあんたなのか?」

「そうよ。本当に鈍いのね、あなた。……もう一度だけ、あなたの父親を話に出すけど、Chaos社が狙っている時の十二要素……明人グラナディアヒカリロータストラトス白金レイヴンセレナ千早アルバリータの十二人よ」

「はぁ?親父が含まれてんのか?なら、一生完成しねえだろ。だってよ、あいつはお袋が俺を産んですぐに……」

 グラナディアが口を開く。

「君を捨ててどこかへ消えた。間もなく、母親も出産の消耗に耐えきれずに死んだ」

「……。そういうことだ。お袋は死んだ。普通に考えて、十歳にも満たない女の子を孕ませるなんてどう考えても頭おかしいだろ。クソッタレの異常性癖野郎なんだよ、親父は」

 シエルはやれやれと言った風に首を振る。

「女の子は思った以上に頑丈だけどね。なるほど、行方不明ならChaos社に奪われたと思って良さそうね」

 グラナディアも頷く。

「ああ、恐らく既に死んでいるだろうね。死人の方が扱いやすいだろうし、生きている人間を大人しくさせるより、死人を事実上生きている状態にしていた方が楽だ」

 ストラトスは苦虫を噛み潰したような表情をする。

「そんなことはまあどうでもいいだろ。とにかく、今何をすればいいんですか、グラナディアさん」

 グラナディアは椅子に座り、青年へ視線を向ける。

「アポロ、伝えた通り、あの作戦を彼らを連れて実行して」

 アポロと呼ばれた青年は頷き、ストラトスたちに近付く。

「あんたは?」

「僕はアポロ。アポロ・ネウマンだ。オーストラリアレジスタンスの一人。グラナディアさんからある作戦を一つ任されているから、君たちにも協力してほしい」

「わかった。よろしくお願いします、アポロさん」

 平身低頭で挨拶するストラトスへアポロは微笑みかける。

「僕も君らと同じくらいの権限しかない。呼び捨てで構わないよ」

 シエルが会話に加わる。

「で、どこに行くの?」

「ああ、ここから西に向かったところにある場所がわかるかい?」

「オーストラリア最大の激戦があったメガログレイブヤードのこと?」

「まずはそこに向かう」

 アポロは外へ出る。二人もそれに続く。三人が出払った後に、グラナディアは机の上の資料を見る。

「時間の全てを支配して、一体何がしたいんだろう……よくわからない。Chaos社の資料にあった、時間統合論……可能性を奪った世界に、一体どれだけの意味が……」

 資料を纏め上げて、また放り投げる。

「まあいい。時間を操ろうと思う人間なんて、余程の狂人だろうし」

 そうして、思考を停止した。


 タイニープレーン西部・メガログレイブヤード

 砕けたコンクリートの道路を歩きながら、三人は周囲を見回す。崩壊したビルは前衛的なデザインのものが多く、先進的な都市だったことが窺える。

「まさに混沌をもたらす、クソッタレ企業だな、Chaos社って」

 ストラトスは愚痴を溢す。

「戦争は人間の本質よ。人間が生き続ける限り、この世から戦争は無くならない。程度が甚だしいか、小競り合いかの違いよ」

 シエルが冷淡にそう告げる。

「時間を操作できるようになったら、違う時代から色々持ってきてなかったことにできるのか?」

 ストラトスの疑問に、シエルが答える。

「無理ね。無かったことにはならない。そこが分岐点になって、別の世界が生まれるだけ」

「ってことは、Chaos社は何がしたいんだ?時間を支配して、全ての世界に干渉できても、この世界は元には戻らない。ってことなら、この世界をここまでボロボロにしたらどうしようもねえだろ」

「さあ、わからないわ。敵対しているなら、理由はどうだろうと叩き潰すだけ、それが戦いだから」

 アポロが立ち止まる。

「二人とも、お喋りはそこまでだ」

 三人の眼前の交差点に、空から巨大な二足歩行兵器が落下してくる。

「蒼龍か!」

 蒼龍は上体を持ち上げ、金属の擦れ合う音で獣のような咆哮を散らす。そして頭部のプレートを開き、極大の熱線を放つ。三人は左右に避け、武器を構える。

「単純にレジスタンス狩りのために配備されているやつに見つかったようだな」

 アポロが光の弓を産み出し、そこから光の矢を放つ。着弾と同時に爆発するが、蒼龍は意に介さず尻尾で薙ぎ払う。ストラトスの槍が尻尾を弾き、怯んだ蒼龍の腹にシエルが拳を叩き込む。蒼龍はジャンプして距離を離し、右のヒレから怨愛の炎で出来たブレードを噴出させて振り下ろす。シエルは頭上で腕を交差させてそれを防ぎ、あろうことかそのまま押し返す。そして怨愛ブレードをものともせずに抱え込み、空中へ放り投げる。

「ストラトス!それ貸して!」

 ストラトスは咄嗟にシエルに槍を投げ渡し、飛び上がって蒼龍の頭部へそれを突き刺す。轟音を立てて蒼龍は地面に落下し、シエルは槍を引き抜いて二人のもとへ帰る。

「はい、これ」

 シエルはストラトスへ槍を投げ返す。

「あー、あんたってさ、格闘技世界チャンピオンだったりする?」

「なんで?」

「いや、普通に考えて大型無人機を力業で空中に放り投げるなんてあり得ないだろ」

「そもそもあんなどでかい兵器が勝手に歩いて飛び回るんだから、兵器をぶん投げる人間が居ても全然おかしくないでしょ」

「ま、まあ……そう、なのか?」

 アポロが会話に加わる。

「お二人さん、先へ進むぞ」

 二人はアポロに従い、先へ進む。倒壊したビル群の中央にある噴水に空いた大穴へ飛び降りる。


 タイニープレーン・ラボラトリ

 大穴から飛び降りた先は、研究所らしき建物の内部だった。

「ここは?」

 ストラトスの問いに、シエルが続く。

「Chaos社の研究施設のようね。尤もこんなところにあるとは思わなかったけど」

「んでアポロ。作戦って何をすんだ?」

 アポロが周囲を警戒しつつ口を開く。

「ここに白金零の細胞サンプル……通称〈零血細胞〉があるらしいんだ。それを奪い取る。見ての通り、この研究所は放棄されてる。いくつかの実験動物が逃げ出してるかもしれないが、まあ大丈夫だろう」

 動力が落ちたドアを力づくで抉じ開ける。

「暗いな」

 ストラトスがぼやく。

「大丈夫、僕の光の矢で照らせるから」

 アポロが手元に出した光の矢でぼんやりと通路が明かりで満たされる。

「どこに行けばいいんだ?」

「まあ適当に進めばあるんじゃない?」

「んなバカな」

 駄弁る二人へアポロは振り返る。

「見当はついているよ。零血細胞は新人類に関わるトップシークレットだ。だから最深部にあると勝手に思っている」

「とりあえず奥に行けってか。それなら話が早いな」

 三人は鋼鉄の道を進み、局長室へ入る。

「ここが局長室のようだね」

 アポロが部屋の物色を始める。ストラトスとシエルも、部屋の中の資料を見る。シエルが本棚からファイルを手に取り、おもむろに開く。

「〈新人類の身体的特徴について〉……『零血細胞に適合した人間である、新人類。その身体的特徴は以下に述べる通りである。

 一、体内で極微量ではあるが純粋なシフルの生成が可能である。

 二、上記に起因する、零血細胞に適合しない人類(便宜上『旧人類』とする)と比較した際の、極端に高い身体能力。

 三、食事・休眠・呼吸・性欲などの、生物的な欲求を発しない。』」

 シエルはファイルを閉じる。

「ま、いくら日本から直接南下したところにあるといってもそこまで重要な情報があるわけでもなさそうね」

 アポロが小型のレフリジェレーターから細胞片の入った試験管を取り出し、運搬用のケースに入れる。

「そうだね、ここに期待する方が無理があると言えるかもしれない。Chaos社と言えば上級幹部クラスでもカバーストーリーしか知らないような企業だ。いくら大きめの研究所の所長室でも、零血細胞の取り扱い方だけ知っていてこれがどういうものなのかわかっていないはず」

 入り口を見張っていたストラトスが欠伸をする。

「ふわあーあ、探し物はあったのかー?」

 アポロが笑顔で頷く。

「うっし、じゃ帰ろうぜ。蒼龍と派手にやりあったから増援とか来るかもしれないし」

 シエルとアポロは頷き、三人は元来た道を戻り、大穴から外へ出る。


 メガログレイブヤード

 穴から出ると、案の定周囲には無数のChaos社兵が居た。

「バレないように進むしかないようだね」

 アポロがそう言ったのも束の間、凄まじい地響きが聞こえ、三人がそちらを向くと、ビルの残骸をビスケットのように粉砕しながら、一機の中型二足歩行兵器が現れる。左腕に巨大な掘削機を携え、金属を擦り合わせて雄叫びを上げる。

「オプティムスか!?」

 ストラトスがすっとんきょうな声を上げ、シエルが咄嗟にストラトスの口を塞ぐ。

「まさかオプティムスが来るとはね……フルクトゥアトやトリスティスがいるのはわかるけど……Chaos社もそれだけ本気ってことね」

 シエルに続き、アポロも口を開く。

「どうやら、敵は何が狙いなのか明確にわかっているようだね」

「……」

 シエルが周囲を確認すると、Chaos社の兵士はシエルたちを中心として取り囲むように配備されていた。そして、彼らの視線は一行に向いている。

「ま、安心してくれ。ここまではグラナディアさんの言うとおりの展開だ」

「ほんとかよ……」

 ストラトスが疑心暗鬼になりつつも槍を持つ。

「出来る限り抗うんだ。君たちは十二要素の一つ。戦闘不能になっても殺されはしない。オーストラリア最大のラボラトリは、シドニーのオペラハウスにあるからね、たぶんそこに送られるはず」

「なるほど、程よく殴られてそこに行けってか」

「そういうこと」

「そう簡単にやられてやる気は無いけどな!」

 ストラトスが突進し、虚をつかれた小型二足歩行兵器・夕立がスクラップになる。アポロも同時に矢をつがえ、Chaos社の兵士を射抜いていく。シエルは中型二足歩行兵器・金剛を一撃で粉砕していくと、オプティムスと交戦を開始する。巨大なドリルが空を裂き、シエルは身軽な跳躍でそれを躱し、オプティムスの腹部目掛けて撃掌を叩き込む。後方へ飛んだシエルに複数の金剛がワイヤーアンカーを飛ばすが、シエルは流体金属で全て絡めとり、ハンマーのように金剛の塊を振り回してオプティムスに叩きつける。オプティムスは左腕で金剛を破壊してシエルへ突進し、防御してなおシエルを遥か彼方へ吹き飛ばす。オプティムスは吹き飛んでいくシエル目掛けて足元の夕立や金剛を蹴散らしながら突進する。ストラトスは兵士を蹴散らしながら、アポロへ叫ぶ。

「なあ!あいつは手加減しそうにないんだが、シエルは死なねえのか!?」

 アポロは敵を射殺しつつ、ストラトスへ返す。

「彼女で止められない敵を、僕たちで止められると思うか?」

「雑魚を蹴散らすのに専念しろってか!」

 オプティムスのドリルがシエルへぶつかるが、シエルはそのドリルを左手で押さえ、叩きつけられたビルの壁面で踏ん張ってオプティムスを放り投げる。続くシエルの蹴りをオプティムスは左腕で防ぎ、両者は着地する。そして両者の間に凍った双剣が突き刺さる。

「やはりここに来たか、辰の刻、そして亥の刻」

 三人が声のした方へ向くと、そこには鎧を纏った豹人間がいた。

「チッ」

 シエルが小さく舌打ちする。

「レジスタンスから零血細胞奪取の作戦が漏れていたから来てみれば……これはとんだ大収穫だ」

 豹人間の手元に双剣は戻り、シエルと視線を合わせる。

「サイファ・オセ……まさか支部長自らここまで来るとはね」

「念のため用心棒を雇っていてよかった。私では、宙核の娘の相手など務まらんからな」

 オセが退くと、そこには右腕が竜化した、巫女服の少女が立っていた。

「なんだ、あいつ……」

 ストラトスが呟く。少女は今すぐにでも刀を抜こうと、焦れったそうにしている。

「ミ・ル・ルクレツィア……」

 シエルがそう言うと、少女は腰の刀に手を掛ける。

「確かにあの戦いのあと、行方不明だったと父さんは言っていたけれど……まさかChaos社に寝返っているなんて」

 ルクレツィアはその言葉を一笑に付す。

「ウチは寝返ったんとちゃう。ただ単に、戦えるならどちらの陣営の味方もするっちゅうだけや。故に、この世からどちらかの陣営が居なくなれば、残った陣営がウチの敵。ただそれだけや」

「戦狂いめ……」

「だって、それが人間の本質やろ?人間だけが、理性によって殺しを行う。いくら道徳や倫理をほざいても人間は自らの味への渇望のために無意味に家畜を殺し続ける。人間は尊いと虚勢を張りつつ、そうやろ?」

 シエルは黙る。

「まあ、ええ。ウチは欲望を満たすついでに仕事をこなすだけや」

 ルクレツィアの口許を覆うようにフェイスガードが装着され、抜刀する。

「ええな、オセ。ウチの邪魔をするんならあんたのとこの兵士も機械も全部皆殺しや」

「わかっている。だがこちらの要望も守ってもらう。あくまでも目的は確保だ。殺すな」

「わかっとるわ、そんくらい。ほな、行くで!」

 ルクレツィアは一旦納刀し、ジェット噴射のごときスピードで突進し、シエル目掛けて超高速で抜刀攻撃を仕掛ける。シエルがガードするも、凄まじい勢いでそのまま通りすぎ、そして一瞬で勢いを殺して反対方向からまた急加速して抜刀攻撃を仕掛ける。その攻撃をシエルは受け止め、シエルの腕と刀が火花を散らす。

「流石は宙核の娘やな……ウチの剣を受け止めるなんて、尋常やあらへん」

「戦いの最中に口を開くなんて、ずいぶんと舐め腐った態度じゃない?」

「そらそうやろ……」

 ルクレツィアはシエルの腕を弾き返し、蹴り入れ、刀を突き入れる。シエルに往なされ、続く拳をガードすることで後退し、納刀する。そして次撃を放とうとするシエル目掛けて、右腕をスパークさせて神速の抜刀を放つ。その切っ先はシエルの胴体に深い切創をつけ、そのまま衝撃でシエルを吹き飛ばす。ルクレツィアは煙を上げる鞘に刀を納め、立ち上がろうとするシエルを見る。

「アンタは強い。やけど、まだ修羅場を知らん。ただ力任せにシフルを扱うだけなら、今の時代、兵器でも出来る。せやけど、ウチらには、ウチらだけの武器があるはずなんやけどな」

 ルクレツィアは飄々と告げて、まるで消耗していない。止めを刺そうと構えた瞬間、ストラトスが割って入る。

「あんたが何もんかは知らねえけど、出来るだけ抵抗させてもらうぜ」

「ほーん。ええで。ウチは敵の強さに拘ったりせん。殺せるなら、誰でもええ」

 ルクレツィアは再び抜刀する。ストラトスが突っ込み、槍の刺突をルクレツィアはサイドステップで躱し、軽く蹴って怯ませる。

「遅い」

「クッ……」

 ストラトスは続けて猛攻を仕掛けるが、ルクレツィアは全て防御と回避で往なす。そしてストラトスが攻撃を当てようと無理に槍を突き出したのを刀の腹で受け、強く弾いてストラトスの姿勢を崩し、そのまま腹へ刀を突き刺す。

「この程度か……」

 ルクレツィアは心底残念そうにそう言うと、勢いよく刀を引き抜く。

「そこの男は?」

 刀でアポロを指す。

「僕は抵抗するつもりはない。連行してくれ」

 虚を突かれたように、ルクレツィアは目を見開く。

「まあええわ。オセ、仕事は終わりや。ウチは帰る」

 踵を返し、ルクレツィアはその場から去っていく。

「運べ!」

 オセが周囲の兵士に号令をかけ、手早く三人を拘束する。


 セレスティアル・アーク

「いつ、誰がどんな選択をしようと時間は消費される。砂粒に満たないような粒子の運動でさえ、世界を分岐させる選択となる。今ある世界を守るためには、全ての刻を固定しなければ……」

 シフルは教会の前で犬のようにうずくまり、ぼそぼそと呟いていた。

「一つ質問。過去と未来を知ることはできる?」

 階段を登り、シフルの前にセレナが現れる。

「出来る。主観としてみればどこまで頑張っても現実にしか居られないが、客観的に見て未来や過去に行くことはできる」

「ならさ、時間が臨界を迎えて世界が滅びても、もう一度戻ればいいんじゃないの」

「何を言っている。そうだな、例えば、シフルを使わず充電池で動くポータブルテレビを考えてみたまえ」

「旧式のテレビジョンのこと?まあいいけど」

「電池が続く限り、何度でも同じ場面を再生したり、つまらない部分を飛ばして続きを見たりできるだろう。だがもし、電池が切れたら?一つ付け加えるなら、我々の技術ではこのテレビに電気を貯めることは出来ないとするなら?」

「テレビは動かない……」

「そう、それを世界に当て嵌めてみたまえ」

「つまり、時間ってのはポータブルテレビの電池に値するってこと?」

「そういうことだ。限界を越えて駆動し続けることはできない。だからこれは、電池の寿命を増やす手段なのだ」

 セレナは頷くが、続いて疑問を投げ掛ける。

「電池の寿命を伸ばすだけなら、いずれ電池は空になるわよ」

「わかっている……だがこれは仕方のないことなんだ。杉原明人は人がいずれ死ぬならいつ死んでも同じだと思っていたようだが……私はより多くの人間に生き続けてほしい」

「ふん、綺麗事ね。そのために多くの人間を殺して、願いが成就したら全員が決められたレールの上を歩くだけなのに」

「どう思おうと構わん。私はこれが正解だと思っている」

「まあいいわ。父さんを殺してくれたんだし、あなたの願いのために動いてあげる」

 シフルはセレナのその言葉に僅かに表情を綻ばせる。

「君は律儀な人だ。私の計画を聞いてもまだ仁義を通そうとする。私の親友にそっくりだよ」

「あっそ。で、報告なんだけど」

「どうぞ」

 シフルが前足で促すと、セレナは視覚情報をリンクさせてデータを広げる。

「オーストラリア地区でシエルとストラトスを捕らえたわ。どうする?まだ泳がせる?」

「ふむ……そうだな、出来るだけ一度に十二要素を装填させたい。警備を緩くしておくんだ」

「了解っと。あとはアルバをンジャメナのラボラトリに捕らえているけど」

「ストラトスたちをそこに向かわせるよう誘導するんだ」

 セレナは報告を終えると、手早くリンクを切って踵を返す。

「待ちたまえよ、セレナ」

 その声に振り向く。

「何か?」

「ストラトスとアルバは、君にとって血を分けた兄弟に近いわけだが、君はどう思っている」

「父親の負の遺産。ただそれだけよ。家族のケツは家族が拭う。なんでか知らないけど、この世はそうなってるのよ。この時代から何垓年も向こうから来たあなたにはわからないでしょうけど」

「君だけではどうにもならないことが起きたら、是非私に頼ってくれ。尽力しよう」

「ありがと」

 セレナは階段を駆け降りる。

「シフル……まあ、あなたに仕える分には、まだ悪い気はしないわね」

 小声でそう呟いて、セレナは赤い絨毯の道を急ぐ。


 シドニー地区・オペラハウス

「んっ……」

 シエルが目を覚ますと、そこは暗い部屋の中だった。不思議なことに手足は拘束されておらず、あろうことかドアが半開きであり、そこから通路の光が漏れていた。

「薬物の類いも打たれてないみたいだし……」

 自分の腹に触れる。

「闘気を流すタイミングがなかったのに傷も完治してる……どういうこと?」

 シエルは立ち上がる。

「まあいいわ。アポロはともかくとしても、ストラトスを探さなきゃ」

 ドアから顔を覗かせ、通路を確認する。人の気配は無いが、隔壁が下ろされて通路は一本道になっているようだった。

「なるほど、何のつもりか知らないけど、誘われているみたいね」

 シエルは通路に飛び出し、隔壁に従って駆け抜けていく。すると、巨大な劇場エリアに辿り着く。舞台の上には足を組んだ少女が椅子に座っていた。さらにその奥に、磔にされたストラトスがいた。

「ストラトス!」

 シエルが舞台へ駆け寄る。少女が立ち上がり、シエルを見る。

「ほう、お前がシエルか」

 シエルはその顔と声に、思わずたじろぐ。

「セレナ……!」

 セレナは腰から長剣を抜く。

「久しいわね、シエル。尤も、私はあなたが生まれてすぐにしか会ってないけど」

「まさか、あなたまでChaos社に!?」

「ええ――」

 身を翻しながら短剣をストラトスへ投げる。短剣はストラトスの頬を掠めて舞台の後方のカーテンに刺さる。

「私は世界の平和より、義理を果たす方が重要だからね」

 セレナが手を翳すと、短剣が手元に戻る。

「Chaos社に時間の全てが支配されてもいいっていうの!?」

「やれやれ……」

 セレナはストラトスを縛るロープを切り捨て、ストラトスを抱えあげる。

「どこに行く気?」

「ンジャメナよ」

「まさか……アルバを!?」

「さて、どうかしらね」

 シエルは拳を握り締めて腕を振るう。

「なんで……なんであなたが!」

「人はみんな、違う。シエル、あなたはレジスタンスに与し、私はシフルに忠義を尽くす。それだけのこと」

 セレナはストラトスをシエルへ投げ、剣を納める。

「私を止めたいならンジャメナまで来なさい。そうしたら相手をしてあげるわ」

 そのままセレナは舞台上のキャットウォークまで飛び上がる。

「人は時を思う。未だ来たらぬ空を、過ぎ去りし現を。シエル、あなたは……」

 セレナは指先で懐中時計を回転させる。

「終末時計の針を戻せるのか、見物だわ」

 そして、天井の闇の中に溶けていく。シエルは首を横に振る。

「時間、時間……私たちを縛るのは、本当に時間なの……?」

 その時、シエルの懐でストラトスが目を覚ます。

「シエル……?」

 ストラトスはゆっくりと起き上がり、苦悩を浮かべるシエルへ顔を向ける。

「なんでもないわ。ところで、あなたはアルバとかセレナのことどう思ってる?」

「なんだよ急に」

「とりあえず聞いておきたいの。これからどんなことがあってもいいように」

「なんか気にかかるな……ま、いいけどさ。ただの従姉妹だよ。……。まあ、親父がクソってところで共感できるってだけの間柄だけどな」

「そうなのね……なら、問題ないかもしれない」

 一人で納得するシエルに、ストラトスは首を傾げるが、その疑問を押し殺して別の質問をする。

「なあ、ここどこだ?」

 シエルはすぐに答える。

「シドニーのオペラハウスよ」

「ってことは目的は果たせてるんだよな?」

「たぶんそうね。アポロを探さないといけないけど」

 ストラトスが頷き、二人が劇場の階段を上がっていくと、外から機械音が聞こえる。廊下に出ると、隔壁が全て上がっており、道が開けていた。

「セレナ……あなたは本当にそれでいいの……」

 俯くシエルに、ストラトスが訊ねる。

「なあ、大丈夫か?さっきからおかしいぜ、お前」

 シエルはすぐに顔を上げ、答える

「気にしないでいいの。先へ急ぐわよ」

 そして通路を進もうとするシエルの腕をストラトスが掴む。

「待てよ。確かにシエルの道に従うとは言ったけどよ、あんたがずっと先頭を切る必要はないんだぜ?行き先さえ教えてくれりゃ、あんたを引っ張ってでも進んでやるよ」

 シエルはストラトスと視線を合わす。

「ありがとう。でも大丈夫よ、まだ」

「まだ?」

「その時が来たら頼らせてもらうわ」

 ストラトスは頷く。

「じゃあ、進みましょう」

 二人が通路を進み、外へ出ると、アポロが立っていた。

「二人とも無事だったんだね」

 アポロの言葉に、ストラトスが答える。

「ああ、一応な」

 シエルが続く。

「そっちはちゃんと収穫はあったの?」

 アポロは頷く。

「もちろんさ。零血細胞もちゃんと持ってきたしね。後は……」

 アポロはシドニーの街の中央に座す、巨大な建造物を見る。

「あれを潰すだけだよ」

 ストラトスが疑問を投げ掛ける。

「ありゃなんだ?見たことねえんだが」

「あれはオーストラリアの支部ビルだよ。つまりオーストラリアChaos社の本拠地」

「そんなもんに三人で突っ込んでいいのかよ」

 二人の会話に、シエルではない声の主が割って入る。

「当然、三人で突っ込むわけがないだろう?」

 ストラトスががそちらへ向くと、グラナディアが立っていた。

「グラナディアさん!?どうしてここに!」

 驚くストラトスへ、グラナディアは微笑みかける。

「どうしてって、作戦を考えた当人が現場に行かなくてどうするんだい」

「まあそりゃそうですけども……」

「私は一応、君たちオーストラリアレジスタンス全員をコントロールしなきゃいけないからね」

 そこにアポロが零血細胞の入ったカプセルをグラナディアへ手渡す。

「うん、ありがとアポロ。じゃあ、気を引き締めてオーストラリアを取り返そうかな」

 グラナディアが先頭を切って歩き出す。大きな十字路に来たタイミングで、地面から溶岩の巨人が現れる。

「うわぁ!?」

 ストラトスが驚くが、他の三人は動じない。

「アポロ」

 グラナディアが首を寄せる。

「はい、ドミネイト・プロミネンス・ショゴスですね。対人地雷の発展系、自律機動対人兵器に分類される兵器です」

「ま、軽く料理しようか」

 グラナディアが手を合わせ、そして離すと、そこに赤黒い刀身の剣が現れ、それを掴む。

「最近運動不足だし、ウォーミングアップに使わせてもらうよ」

 ショゴスが腕を振り下ろし、グラナディアは左手に魔力障壁を作って受け止める。そして障壁から怨愛の炎を吹き出させ、溶岩の腕を灰へ変える。ショゴスは腕を無くしたことで姿勢を崩し、不快な絶叫を散らしながら倒れる。飛び上がったグラナディアがショゴスの頭部に一太刀加えて両断し、ショゴスは完全に沈黙する。

「この程度かな」

 グラナディアは剣を消す。

「さあ、進もうか」

 そして三人へそう告げ、先へ進む。

「なあ、グラナディアさんがどんな人か知ってるか、シエル」

 ストラトスがシエルの方を向く。

「父さんが言うには、零獄とかいう異世界で戦死したらしいわ」

「つーことは、蘇ったのか?」

「まあそういうことよね。正直納得し難いけど……父さんが宇宙の核って時点で荒唐無稽だから、他の人のそういう事情も深く考えないようにしてるわ」

「ま、どいつもこいつもイカれてるのがこの世界の普通か」

「そういうこと」

 二人は思考を停止するように会話を打ち止める。しばらくアスファルトの道を歩き続けると、支部ビルの麓に辿り着く。

「じゃ、正面から討ち入りと洒落込もう」

 グラナディアが支部ビルのガラス戸を怨愛の炎で焼ききって吹き飛ばすと、一行はアラートが鳴り響き、赤いランプの光で満たされたビル内へ侵入する。


 オーストラリア区・支部ビル

 エントランスの中央に座す来客用のインフォメーションホログラムが、サイファ・オセの姿を象る。

『随分と派手なご登場だな、グラナディア』

 オセの言葉に、グラナディアは鼻で笑う。

「昔から目的のために効率を重視するタイプでね。君は知らないと思うけど」

 オセはその言葉に強い不快感を見せるが、それでも平生を保つ。

『まあいい。この話は上でするとしよう。アルテミス、彼らの相手をしろ』

 ホログラムのオセが消えると共に、一行の前方の景色が歪み、光学迷彩を解いてアルテミスが現れる。

「げぇっ!?」

 ストラトスが後ずさる。

「ハハッ、気にすることはないよ。こいつも所詮はイレギュラーチルドレン、出来損ないの亜人だ」

 グラナディアが剣を召喚しながら言い放つ。

「けど、女の子には……」

 そして切っ先をアルテミスへ向ける。

「手加減が、必要かな」

 アルテミスはグラナディアの挑発に不快感を露にする。

「今さら生まれや性別を気にする旧式の人間が生きていたとはな。所詮は老狐。我が一矢の下に浄化してくれるわ」

「体型や精神形態は明確に違うだろう?体質や生まれもただの個人差さ。どちらにせよ、正しいのは勝った方だよ」

 グラナディアが飛び出す。剣の一撃が弓に叩きつけられ、アルテミスは大きく後退する。グラナディアは剣を床に突き刺し、余裕の態度で振り返る。

「君たち、先へ進みたまえよ。私が彼女の相手をするから」

 グラナディアのその言葉に反応したアルテミスは、ストラトス目掛けて矢を放つ。が、突如として地面から湧き出た炎の牢獄に阻まれる。

「グラナディアさん、恩に着ります!」

 それを見たストラトスたちは炎の牢獄を回り込んで先へ進む。

「さて……」

 アルテミスの放つ弾幕を炎の壁で弾きながら高速で接近し、その眼前で床に炎を放ってアルテミスの視界を遮りつつ空中へ飛ぶ。急降下して串刺しにしようとするも、アルテミスはバックステップで躱し、すぐに矢を放つ。グラナディアは軽く体を揺らして躱し、素早く距離を詰めて右足で蹴りを加え、そのまま軸足を入れ換えて左足で回し蹴りを与えてアルテミスを吹き飛ばす。アルテミスは炎の格子に激突し、背中を焼かれて悶える。

「化け物が……!」

 アルテミスが溢した怨嗟の声に、グラナディア苦笑する。

「君も人の事は言えないだろう?月の光が発するスペクトルでのみ光合成し、一般的な水分や養分の補給では生きられない君も」

「だが、自分と敵対するものを卑下することに、何の躊躇いや呵責がある」

「んー、ないよ。だってこの世は嘲り合い罵り合い、足を引っ張り合って偽善で心を満たす、阿修羅の煉獄。君は言いたいように私を罵る。んで私がそれにいちゃもんをつける。それでいいじゃないか。何を、そんなに……フフッ、ムキになってるんだい?」

 アルテミスは怒涛の勢いで矢を発射する。グラナディアが炎の防壁でそれを防ぎ、捲れ上がった床を適当な形に成型してそれに座る。

「私は飽きるまで君の相手をするよ」


 支部ビル・内部

「アポロ、上に行くんでいいんだよな?」

 ストラトスの問いに、アポロは頷く。

「それでいい。でも一つだけ、しなきゃいけないことが」

 シエルが会話に加わる。

「千早ね」

「その通り。黒崎奈野花の妹……黒崎千早がここにコールドスリープさせられている。ストラトス、君も黒崎奈野花のことは知ってるよね?」

 ストラトスは深く頷く。

「万物の霊長だろ?そんなの、この世界の全員が知ってるだろ」

「うん、その万物の霊長の妹だ、計り知れないパワーを持っているに違いない。だから、オセに挑む前に回収する」

 シエルが周囲を見渡す。

「隔壁も降りてないし、セキュリティ端末は死んでるし、どうぞ落としてくださいみたいな感じで嫌だわ」

 ストラトスも同意する。

「確かにな。アルテミスだけじゃなくて、もっと出てくると思ってたんだけどよ。まあいいんじゃねえか?屋内で地雷とかはねえだろ」

「いや……」

 アポロが首を横に振る。

「Chaos社がもうすでにオーストラリアに見切りをつけていたとしたら、このビルごと爆破とか、オーストラリアそのものを地図から消し飛ばすなんてこともあるかもしれない。罠を警戒するに越したことはないよ。でも悩んでても物事が進まないのも事実だ、先へ進もう」

 三人はビルの内部を進んでいく。突き当たりのドアを開くと、薄暗い部屋に出る。

「ここは……」

 ストラトスが周囲を見渡すと、中央の端末へのキャットウォークを囲むように壁に円柱が格納されているのが見てとれた。

「割とすぐに見つかったね。ここは検体保管室のようだ」

 アポロは中央の端末を操作する。

「どうやら千早以外は全て取り除かれているみたいだね」

 一つの円柱が白煙と共にせりだし、扉が開いて寝台と共に少女が現れる。

「あの子が千早?」

 ストラトスが指差す。シエルが頷く。

「そう。万物の霊長の妹よ。奈野花本人はもう、この世にはいないけど」

 アポロが千早を担ぎ上げて、二人のもとまで戻ってくる。

「まだ寝てるみたいだけど、死んではないのか?」

 ストラトスの疑問に、シエルが答える。

「コールドスリープっていうのは、意図的な低温状態にすることで、生命活動を維持しつつも、消耗を起こさないシステムのことよ。だからその名の通り、眠っているのと変わらない。筋力とかは衰えているでしょうけど、生命には問題ないはずよ」

「そういうもんかねえ」

 二人の会話で目が覚めたのか、千早が体を起こす。アポロは静かに床に横たわらせ、一行は千早と面を向かわせる。

「えと……あなた様方は……?」

 千早がか細い声で呟く。シエルが口を開く。

「私たちはレジスタンス。あなたを助けに来たの」

 千早は全てを理解したかのような表情を浮かべ、立ち上がる。

「なるほど。お姉ちゃんが言っていた時が来たんですね」

 その言葉を三人は理解できなかったが、千早はすぐに起き上がる。そして目を見開くと、瞳孔から深い鈍色の光を放つ。

「サイファ・オセを飲み下しに行きましょうか、皆様」

 三人とも千早の発する独特の雰囲気に気圧されるが、シエルが口を開く。

「ちょっと待って。いくらコールドスリープで血糖値や酸素運搬が正常でも、すぐに動ける体じゃないでしょ?」

 千早は論点がわかっていないような表情をする。そしてすぐに合点がいったように微笑むと、三人の間を抜けて自分が眠っていた円柱の前まで歩く。

「私に力が無いとご心配なされているんですね。案ずることはございません。このなりでも、ちゃんとお姉ちゃんとお兄ちゃんに戦い方は学んでおります」

 子供らしいぷにぷにの手で円柱を掴む。明らかに金属以上の硬度を持つ円柱は、片手で軽く力を込めるだけで指の力に負けてひしゃげていく。そして千早は力任せに円柱の外殻を引き千切る。円柱の欠片を持って、千早は謙遜したように三人の方を見る。

「お姉ちゃんのパワーを期待していたのならすみません。頑張ればこの宇宙を終わらせるくらいのパワーは出せるんですが……」

 ストラトスがシエルと目を合わせ、互いに首を傾げる。

「宇宙を終わらせるって、どれくらいの力なんだ、シエル」

「さあ……?私に聞かれてもね。宇宙作る側の人間だし。でも今の感じだと、軽く握るだけであれだけの腕力が出るってことよね」

「シエルもあれくらいできるだろ」

「無理よ。パンチでなら壊せると思うけど、握って引き千切るのは無理」

 千早が三人の下へ戻ってくる。ストラトスは手を差し出し、千早はそれを握る。

「まあとにかく、よろしく頼むぜ」

「もちろん。お姉ちゃんがやれって言ったことはやりきらないと」

 握手を交わすと、一行は通路へ戻る。

「アポロ、次はどこに行くんだ?」

「うん。とにかく上を目指せばいいかな」

 それを聞いて、ストラトスは千早の方を見る。

「この子に天井ぶっ壊してもらえばいいんじゃないか」

 アポロとシエルも千早の方を見る。そして千早は淡々と告げる。

「皆様がそれでいいなら、私は構いません」

「じゃそれでいいんじゃない」

 シエルがそう言うと、千早が咳払いする。

「ではストラトスさん、肩車してください」

「え?なんで?」

「自分で飛び上がってもいいんですが、頭突きで粉砕してしまいそうで」

「そういうことか。わかった。ほら来い」

 千早はストラトスの肩車で天井に手を届かせ、力業で天井を引き裂く。それを繰り返して上層階を目指すと、無機質な空間へ出る。


 支部ビル・最上部

 一行が床に空けた穴からそのフロアに出て周囲を見渡すと、何本ものガラス張りの柱が立っており、その中に裸体の少女らしき物体が浮かんでいた。

「なんだこれ、趣味悪ぃな」

 ストラトスが嫌悪感を覚えつつ柱の間を進んでいく。

「インベードアーマー型のアイスヴァルバロイドの中身の人間か、ゼナやマレに近いタイプのアンドロイドのどちらかでしょうね」

 千早が顎に手を当てて呟く。

「VR訓練室、かしらね」

 シエルがストラトスの横を歩く。一行が通路をある程度進むと、上の通路から気配を感じて立ち止まる。

「その通りだ、宙核の娘」

 一行から見える位置まで歩いてきたオセが、見下ろしつつ言葉を紡ぐ。

「彼女らはフルクトゥアトなどの、タイムヴァルバロイドの核となるトランスヒューマノイドだ。意図的にヒステリックになるように育てられ、女性特有の感情の爆発力を利用してシフルを効率よく励起させるコアとなる」

 ストラトスがそれを聞いて声を荒げる。

「クソッタレが……!作られた命ならどれだけ弄んでも自由ってか?」

 オセはその言葉にまるで興味が無さそうに直立している。

「綺麗事だな、辰の刻。命の価値に差は無い。呼吸が酸素という存在の命を奪って二酸化炭素という酸素の死体を産み出す行為なら、呼吸する生物は生きているだけで毎秒虐殺を繰り返しているのと同意だ」

「はぁ?何を屁理屈を言ってんだ!そんなこと言っても、Chaos社のやったことは正当化されないだろうが!」

「ふん、論点をずらすな。命をどう取り扱おうが、それは呼吸と同じように形態が変化しているに過ぎない。今こうして人同士で殺し合っているのに、今さら何を躊躇う必要がある?」

 ストラトスは下唇を噛み締める。そこに、シエルが加わる。

「確かに今の時代なら、ストラトスの考え方は甘すぎるわ。まるで現実が見えてない。でも、新人類が切り捨てた曖昧さも、悪くはないと思うわよ」

 オセはその言葉を聞いて失笑する。

「懐古するのは悪くはないだろう。だが今の時代にその心構えは必要ない。過去の事を考える暇があるなら、未来のために何が必要かを考えろ」

 そしてオセは踵を返す。

「ついてこい」

 一行はその言葉に従い、上の通路へ上がってオセの後を追う。


 支部ビル・ヘリポート

 屋上へ出ると、崩壊したシドニーの街を見渡せた。オセはヘリポートの中央まで歩くと、振り返る。

「ここならお前のような旧式の人間でも手加減せずに戦えるだろう」

 オセは山刀のようなブレードを二本腰から引き抜く。

「ストラトス、僕はグラナディアさんと合流して準備をしてくる、ここは君たちに任せた」

 アポロはそう告げてヘリポートから飛び降りる。ストラトスは背から槍を抜き、オセを見据える。

「どっちが正しかろうが、俺はChaos社をぶん殴る、それだけだ!」

 ストラトスが飛び出し、槍での突きを放つ。オセは左のブレードの腹で攻撃を往なし、両腕を頭上に上げてブレードを振り下ろす。ストラトスはシエルに横から蹴られて吹き飛ばされ、シエルの足にぶつかったブレードは激しい火花を散らし、力を込めた足に押し返される。オセはすぐにバックステップで距離を空け、滑るようにシエルへ急接近する。ブレードの突きを刀身を掴んで止め、へし折ろうと力を込めるがオセはシエルへ蹴りを与えて距離を空けさせ、オセはブレードを床に叩きつけて氷の波をシエルへ飛ばす。ストラトスがその隙を狙って槍で斬りかかると、オセは素早くそれをガードする。

「新人類が旧人類より偉いって、てめえは本気でそう思ってんのか!」

「本気でそう思っていないのなら、レジスタンスと戦わんだろう。そんなこともわからんのか、ガキめ」

 槍を弾いたブレードの攻撃を石突きで弾き、更に槍をブレードへ絡め自分の体をオセの胸元へ巻き込ませ、その勢いでドロップキックを決めてオセを吹き飛ばす。受け身を取ったオセへシエルが急接近して撃掌を叩き込む。その衝撃を殺せず、オセはヘリポートの縁まで吹き飛ばされる。

「流石、動きは悪くないわね」

「そりゃどうも」

 シエルとストラトスが拳を軽く突き合わす。オセが立ち上がり、二人は視線をそちらへ向ける。オセは撃掌を受けた腹に手を当て、手のひらにべったりとついたホワイトブラッドを見て力無く笑う。それを見て、千早が口を開きつつ歩いてくる。

「あなた様は、適合者じゃない」

 その言葉に、二人が疑問を持つ。

「蛇帝零血は、適合しないものには極めて強烈な拒絶反応を起こし、投与された存在をただのシフルへと還元してしまう。それを抑えるために、適合しないものが強引に新人類の仲間になるために使うのが、あの前時代人工血液、ホワイトブラッド」

 ストラトスはその話を完全には理解できなかったが、オセへ視線を向ける。

「ってことは……お前は……」

 オセは膝から崩れたまま動かない。

「俺たちと変わらないのか……」

 千早はなおも喋り続ける。

「シフルを活用する今の人工血液では、蛇帝零血のシフル化を止めることは出来ません。透析が必要なホワイトブラッドだからこそ、通常の透析と同じ要領でシフル化した蛇帝零血を取り除くことができる」

 オセが口からもホワイトブラッドを吐き出しながら答える。

「その通りだ、万物の霊長……私のBIDblood identificationが透析装置に反応しない時点で気付いていたが……私はただの捨て駒だ……」

 ストラトスがはっとした表情をする。

「まさか、てめえ……透析できないようにされてるってことは……事実上死ねって言われたみたいなもんってことか!?」

 千早が引き取る。

「その通りです。彼は中毒症状を起こしつつもあなた様方と戦っていたようですね」

 オセは大量のホワイトブラッドを溢しながらも、ブレードを持って立ち上がる。

「お前たちが万物の霊長を取り戻した時点で……私の役目は終わっている……だが……後悔も無念もない……新人類は、無駄を省いた、新たな人類の進化の形……」

 オセはそのまま後ろ歩きで進んでいく。ストラトスが急いで駆け寄るが、それよりも早くオセはヘリポートから飛び降りる。

「クソ!シエル、どうにかして助けられないか!?」

 シエルは首を横に振る。

「彼も新人類の力があるなら、ここから落ちたぐらいじゃ死なないでしょ。でも、私たちじゃ蛇帝零血入りのホワイトブラッドをどうこうするのは不可能よ」

「でもよ……でもどうにかして助けねえと!」

「皮肉を言いたくはないけど、相手の事情を知ったから助けるなんて、虫が良すぎるわ。他人を助けるには、それに必要な覚悟が要るの」

 ストラトスは黙り込む。

「……。それに同情で救うなんて、相手に失礼だしね。せめて、死ぬときくらい尊厳を与えてあげなさいよ」

「お前に何がわかんだよ……」

 ボソッと呟いて、ストラトスは立ち上がり、屋内へ戻っていく。シエルが千早と共に歩く。

「彼は悪い意味でお人好し、一般人のようですね。つい下らない相手の事情に、必要以上に心奪われてしまう」

「そこがいいところだとは思うんだけどね。これ以上はストラトス本人がどう思うか次第だから」


 支部ビル・エントランス

 三人がエントランスまで戻ると、グラナディアが立っていた。エントランスは所々焦げて、備品は融解していた。

「終わったみたいだね。さて、ンジャメナへ行こうか」

 淡々と話を進めようとするグラナディアに、ストラトスが問う。

「行くっつっても、どうやるんです?アフリカは海を越えた先っすよ」

「私は色々出来るんでね。近くの空港に行こう」

 シエルがもう一つ疑問を投げ掛ける。

「アポロはどこに?」

「ああ、私がここを離れる間、彼に指揮を取ってもらうことにしてるよ」

 グラナディアは咳払いをする。

「話を戻すよ。サイファ・オセの死を以て、オーストラリアは解放された。次は世界独立機構があったアフリカ、ンジャメナのラボラトリに行くよ。そこにはアルバ・コルンツが捕らえられている。彼女を救出するのが、一応の目的だね」

 三人は頷く。

「よし、じゃあ行こうか」

 一行はビルを後にした。

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