総集編:三千世界・第二部

あごだしからあげ

三千世界・時諦(6)

プロローグ

 ※この物語はフィクションです。作中の人物、団体は実在の人物、団体と一切関係なく、また法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。



 正史の戦いは一度終わり、これからは我々にも予測できない未知の戦いが始まる。だが、小休止として別の話をするとしよう。これは異史の可能性の一つ。アルバ・コルンツという生まれるはずのない人間が生まれた世界の話だ。


 異史・零下太陽 最始劫ハデアン

 人工太陽の光を受けて冷たい明るさを帯びた廊下に、男と女が向かい合っていた。

「ネブラ、私は君の提唱するメビウス固定因果論とは別の方法でこの世界を救おうと思う」

 ネブラと呼ばれた女は、全てを理解した笑みを浮かべる。

「わかっているとも、シフル。打てる手は全て打つべきだ。尤も、私は時間統合論に明るくはないがね」

「そうだな、では改めて簡潔に解説しようか」

「頼む」

 シフルは咳払いをする。

「この世界は一つの大きな時間軸……我々は便宜上〝正史〟と呼ぶが、それを中心に動いている。その正史における無数の選択の差異が、異史というものを形作っている。戦争において誰が勝つか、そう言った大掛かりなものから、朝食は米かトーストか、といった些細なものまで、あらゆる選択が世界を次々に分割していく。以前から言われていたパラレルワールド理論だな。時間統合論とは、このパラレルワールドを発展させ、世界には時間の総量があると定義し、全てのパラレルワールドを一つの世界に統合することで、その一つになった世界の寿命を極限まで引き伸ばすという理論だ」

「時の十二の要素を利用することで、無数に散らばった世界を一つに纏め直すということか」

「その通りだ。理解が早くて助かる。つまり、今世界がこうして滅びかけているのは時間の残りが少ないということだ。平行している世界の時間消費を無くせば、全ての世界は実質的に存続しているのと同じになる」

「一つの手ではあるか」

「ああ、そうだ。君がメビウス化で全ての生命を宇宙の消滅から逃がせるようになればそれでいいが、あくまでもサブプランとして見ておいてくれ」

「わかっている……だが無理はするな。生き残っている生物も少ない。一人一人が重要だからな」

 シフルはネブラへ資料を渡すと、踵を返す。


 異史・福岡上空 セレスティアル・アーク

「死ねえ!」

 無謬の拳が寂滅目掛けて放たれるが、氷の壁に弾かれる。続く寂滅の反撃で無謬の鼻面が欠け、大きく仰け反る。二人が一定の距離で睨み合っているところに、歯車の翼と黄金の鎧を身に付けた竜化体のシフルが現れる。

「誰だてめえ!」

 無謬が怒声を発すると、シフルはそちらへ首をもたげる。

「我が名はシフル。零下太陽Chaos社の技術部員だ」

「零下太陽……」

 寂滅がその言葉に反応する。

「世界の延命のために、君たちには死んでもらう」

「外野は黙ってなぁ!」

 無謬が腕を振るい、波動を飛ばす。シフルの胸部の緑色のコアが光を放ち、その波動を停止させる。

「うぐっ……ぐぅ……ハァッ!」

 シフルは悶えつつも、コアの力を高めて波動を消滅させる。

「ちっ、どういうことだ?」

 無謬は疑問に思いつつも、瞬時に距離を詰めて追撃を加える。シフルは翼で防御し、そこから翼膜代わりの歯車が展開され、無謬の主体時間を遅らせる。シフルは後脚で立ち上がって前足で無謬を切りつける。時間の速度を取り戻した無謬はその衝撃で後退する。

「まさか、時間を操っているのか!?どうやってそんなことを……!」

 シフルは再び四足で立つ。

「対象の主体時間から時間の十二の要素を一時的にいくつか取り除くことで、その対象の時間を乱す」

「さっぱりわからん……」

 無謬の声に、寂滅が続く。

「要は対象自身の時間の流れを操作するということよ。空間の時間の流れに対して、対象とした存在の時間の流れる速度を可変させることで、攻撃や防御に利用する。そういうことでしょう」

 シフルは頷く。

「やはり賢しい人物は理解が早い。早急にケリをつけるとしよう」

 緑色のコアが輝きを放ち、シフルは渾身の力で咆哮する。時間の波が周囲を包み、無謬の動きが鈍化する。しかし、寂滅の動きは一切遅くなっていない。シフルは寂滅の攻撃を往なしつつ、集中的に無謬目掛けて猛攻を仕掛ける。寂滅がシフルを無謬から引き剥がし、前脚と拳がぶつかり合う。

「やはり効かないか」

「時間は誰のものでもない、自分自身のものよ。体に宿るシフルが純粋であれば純粋であるほど、他者の干渉は弾かれる。自分の時間の強力さを証明できないのでは、他者の時間を縛ることはできない」

「この一瞬でそこまで理解するとは……やはり蛇帝零血の持ち主は格が違うようだ」

「私はあなたたちが思うより遥かに高次の次元で生まれたから、この世界を縛る法則は一通りわかってる。あなたが世界を一つに束ねるためにここへ来たことも」

「ならば、私の計画を邪魔せず、早急に死んでほしい」

 寂滅は一瞬黙る。

「まあ、それも世界を測るには一つの選択肢なのかもしれない」

 そして拳を引っ込め、氷の槍で自らの胸を貫く。シフルはその光景に息を飲む。

「世界は個人の思いで繋がれている訳じゃない。集団の独断で動いている。でも私は違う。世界の円環から外れた、零の水。ならば、たまには救世主の助けとなっても面白い」

 寂滅は消滅し、血を梱包した小さな氷の欠片を残す。シフルは腕にマウントされている小さなマニュピレーターでそれをつまみ上げて格納する。そして、変化した時空の中で鈍重な動きで迫ってくる無謬へ前脚を捻り込み、叩き伏せる。

「救世主、か。一介の人間が大義を果たすためには、そこまで徹底した客観視が必要なのかもしれんな」

 無謬の竜化が解け、シフルの攻撃で明人は吹き飛ばされ、気絶する。

「あれをこちらへ持ってきた上で起動させるには……時の十二要素の触媒となる存在と、大量の因果が必要か」

 シフルは竜化を解き、明人を抱え上げて去っていく。

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