第5話

 今度は私が固まる方だった。

 ディランは今、なんて?

「え、素敵じゃないと言ってない? って、ことは……」

 都合良く解釈しそうになる頭を、私は激しく横に振った。



「だって、私、こんな顔よ?」

「知ってます」

「何考えてるか、分からないでしょ?」

「元々察しが良い方ではないので、その都度おっしゃっていただければ問題ないです」

 憎らしいことに、ディランは元の冷静さを取り戻している。


「でも、でも私」

 やっぱり、とても“素敵”だなんて思えない。

 ディランの顔を見られなくなって、下を向く。

「私、師匠が亡くなった時ですら、泣かなかったのよ」


「それは――俺が死んだときのことを心配されてますか?」

 はっきり言われて、全身がサッと冷たくなった。

 考えないようにしていたけれど、それが魔女と人間の持つ時間の差だ。




「泣いて下さらなくても結構。いつも通り笑っていて下さればそれで十分です」

 私は驚いて顔を上げた。

「いつも通りって、そ――」

 ディランは、私の口を手のひらで塞いだ。


「貴女の笑顔、俺は好きですよ」

「うそ、でしょう……?」

 ディランは少し怒ったように、眉を寄せる。


「ここで嘘を言ってどうするんですか。だって貴女の笑顔は」

 彼の瞳は、見たことがない程優しい色をしていた。



「魔女であると決めた、貴女の決意の証でしょう?」



 ズルい。

 私があれほど悩んでいたのに。

 どうして私自身が愛せないこの顔を、あっさり素敵だと言ってしまうの。



「それでも気になるようでしたら、そうですね。また墓前に花でも供えて頂けますか? もう一度咲かせることに成功したらになりますが」

「花——」

 確かに私は、師匠が亡くなった時、墓前に花を供えた。けれど、誰にもそんな話をした事はない。


「どうして、そのことを知ってるの?」

 彼は一瞬だけ迷うような素振りを見せて、口を開いた。





「この際だから話しますが、俺は幼い頃貴女を見かけたことがあるんです。この森の中で」

「え」

 嘘でしょう。いや、ディランはそんな嘘つかないか。


「遊んでいる内に迷い込んだんですが、その時貴女の姿を見たんです。あの時の貴女は、何かに向かって語りかけていました。恐らく先代のお墓でしょう。俺は、その時の話を聞いてしまったんです。貴女が毎年供えていた『魔女の涙』を意味する花の事を」


 そうか。あの時の事か。

 私が自分の涙の代わりに供えていた、『魔女の涙』の名を持つ花。

 でも、それはいつの間にか枯れてしまって、その時を境に供えられなくなってしまった。


「貴女はその花がもうない事を、淡々と語っていらっしゃいました。そして、と。でも俺には酷く、悲しそうに聞こえました」

 そんなことも、あったわね。

 遂に、私の涙は全て枯れたのだと。そう思って安堵する反面、悲しかったかもしれない。


「良く覚えてるわね、そんな昔のこと」

 思わず呆れたように呟いてしまう。

 反論するように、ディランが素早く反応した。


「忘れるわけがないでしょう。あれは俺の初恋——」


 え。

 珍しく、本当に珍しくしまったと言う顔をして、ディランが自分の口を覆った。そして、顔を空へと背けてしまう。


「ディラン」

 彼の横顔は耳まで赤かった。


 あれ。

 そう言えば、彼がどうしても咲かせたいと言っていた花。協力しようとする度、何故かはぐらかされてきたけれど。

 さっき、『咲かせることに成功したら』って。

「もしかして、ディランが咲かせたかった花って……」




「そうですよ。あの花です。貴女が悲しそうだったから、あの花をもう一度咲かせれば喜んで貰えると思ったんです。——まぁ、半分くらいは弟子入りする口実ですけど」

 開き直った様に、ディランは私にいつもの調子で言う。

 いいえ違う。まだ顔が赤いまま。


「とにかく。バレてしまったからには、師匠せんせいにも協力していただきますよ。俺一人じゃなかなか上手く行かないんです」


 どうしよう。胸が一杯だ。

 でも、

「うん。ちゃんと協力してあげるわよ。それはそれとして」

 私は少しだけ、彼に意地悪がしたくなってしまった。


「お互いはっきりさせましょう。まずディラン。初恋の相手が、誰だって?」

「な——言わせるんですか。もう、分かっていらっしゃるんでしょう?」

 それでもちゃんと聞きたいのだ。彼の口からもう一度。 


 そしたら私も、私の笑顔を好きになれそうだから。


 彼は少し不満げな顔で頬をかいて、その後私に向き直る。


 その口から紡がれた言葉は、魔法のように、一瞬で私の闇を吹き飛ばした。

 ついさっきまで、好きになれそうにないとか言ってたのにね。


 そして私はいつものように微笑んだ。

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ティアウィッチは零れない 寺音 @j-s-0730

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