第3話

 なんてことを、言ってしまったんだろう。

 私は着替えもせずベットに横たわり、天井を見つめていた。

 分かっている。ただの八つ当たりだ。

 私がこんな風になってしまったのは、ただの結果で。泣かない強い自分であろうと決めたのは私自身。


「ディラン、困ってたわよね」

 今度こそ、呆れられてしまっただろうか。

 それも良いかもしれない。元よりこの想いが通じることはないのだ。

 師匠と弟子だし、私の方が大分年上だし。それに恐らく——。

 

 私は自分の頭を少し強めに叩く。





『弟子にして下さい。魔女である貴女に、教えていただきたいことがあるんです』

 一年前と少し前。

 ディランが突然私の元を訪ねてきて、開口一番告げた言葉だ。




「わざわざ魔女に弟子入りして、教えてもらいたいことって?」

「咲かせたい花があるんです」

「花? 植物のことなら結構詳しいけど、どんな花なの?」

 すると彼は困ったように眉を顰め、目を泳がせた。

 何か訳ありなのだろうか。


「生育に難のある花なのかしら? でもわざわざ魔女に学ばなくても……」

 その時私は弟子を取るつもりはなかったし、そうやんわりと断ったつもりだった。


「でも俺は、貴女の元で学ばせていただきたいんです」

 しかしディランは、食い下がってきた。


「確かに、ただ植物に詳しい方なら他にもいます。でも、薬学や医学にも深く通じている方はあまりいないでしょう。俺は、そう言った知識も広く身につけていきたいんです」

 やけに必死だった。そして彼は私の家の中をぐるりと見回す。


「それと失礼ですが。貴女はどうも、家事などは不得意では?」

 放っておいて。

 当時、私の家はとても綺麗とは言い難かった。基本物が散乱している状態というか。


「俺、こう見えて家事は得意なんです。そこを任せられる人が側にいるだけでも、かなり助かるのではないですか?」

「それは、そうだけど……」

 私が揺らいだ隙を見逃さず、ディランが深々と頭を下げる。

「お願いします。邪魔だったら、すぐに追い出してもらって構いませんから。弟子にしてもらえませんか?」


 結局、私は首を縦に振ったのだ。

 彼の熱意に負けただけで、決して家事能力を買った訳ではない。


 でも、最初は押しかけだった彼との生活は、一人だった頃よりずっと楽しくて。

 彼の薦めで始めた“教室”も、いつしかかけがえのないものになっていた。




「やっぱり、一人に戻るのは嫌だなぁ」

 ディランは随分前に帰ったようだ。せっかく作ってくれた料理も、無駄になってしまった。


 明日、必ず彼に謝ろう。

 そしたらきっと元の関係に戻れる。

 ディランはああ見えて、とても優しいから。






 パチリと目が開いて、私は意識を浮上させた。

 どうやら、考え事をしている内に少し眠ってしまったようだ。

 目に入る天井は暗く、恐らくあまり時間は経っていない。

 でも、なんだろう胸がざわざわする。


 何故かもう一度目を閉じる気にならず、私は身を起こした。

 すると、窓の外がぼんやりと光っているのに気がつく。不思議に思い、カーテンを捲って外を覗いた。


 ――目を疑った。


 森の木々の間に、角の生えた一頭の、白銀の馬が見えたのだ。


「あれは……精霊の世界の……!?」

 魔女になるにあたって、知識だけは教えられていた。

 精霊の世界に住む馬。体毛は白金で淡く光り輝き、頭部に一本の角がある美しい生物。

 体は私より大きいけれどまだ若く、子馬のようにも見えた。


「こちらへ迷い込んできたの……? 扉には何の異常もなかったのに――まさか」

 私は慌てて呪文を唱え、手を空間に翳す。光の球が浮かび、部屋を明るく照らした。

 良かった、魔法は使える。魔女の力を失った訳ではないようだ。


 でも、もしかして、私が“弱さ”を見せてしまったから。


 輝く子馬は戸惑う様子で周囲を見回している。母親を探す迷子にも似ていた。

 しかし、やがて一点を見据えると、地を蹴り駆け出す。

 その先には、街がある。


「大変……!」


 原因の追求は後。この生物は比較的温厚と聞いていたけれど、パニックを起こせばどうなるか分からない。


 万が一、人と出会ってしまって、どちらか一方でも傷つけば――。

 それこそ、私は魔女失格だ。

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