第11話

「それにしても、誰に任せるか……。」

「そうやなぁ……。」


 俺が痛みに悶える様子を横目に、2人は顔を見合わせて難しい顔をしていた。俺としては、もう少し後輩を労わっても良いと思う。俺の扱いが雑すぎないか。


「適任ってゆうたらやっぱり……。」

「ああ、アイツしかいないな。」


 適任? 俺がその言葉に顔を上げた時だった。


「ちわーす! 委員長、副委員長、見回り終わりました!」


 ガチャっという音共に、一人の男子生徒を筆頭にして、風紀委員たちがぞろぞろとドアから入ろうとしてくる。が、……


「あ、すいません。お邪魔しました。」


 中の様子を確認すると、委員たちは瞬時にさっきの逆再生の様に扉を閉めた。凄いな。あの一糸乱れぬ動き、かなり手慣れているように見えた。

 俺が痛む頭を抑えながら感心していると、吉良先輩が一瞬のうちにドアに行き、外にいた委員を引きずり込んだ。委員の中には、半泣きの奴もいる。正直、生贄として捧げられる哀れな仔羊に見えた。

 可哀想だが、吉良先輩が怖かったので俺は出来る限り存在を消し、部屋の隅に寄った。


「ほらほらキミたち。そんなとこに突っ立っておらんで、こっちに来て座るとええで。」


 なぜだろう。吉良先輩の笑顔が、悪魔の微笑みに見えるのは俺だけだろうか。


「……あっ、いえ、そのお気遣いなく……。」


 委員の1人が震えながら答えるが、段々と声がすぼまっていく。まるでカツアゲされている男子高校生のように見える。哀れだ。


「キミたちが良いならそれでええんやけど……。まぁ用事があるのはイチやからな。」

「ええっ!! 俺ですか!?」


 思わず声が上がった方に目を向けると、そこには先ほどドアから最初に入ろうとした男子生徒がいた。

 何というか、地味な印象の男だ。身長は175㎝くらいで結構高い。よく見れば綺麗な顔立ちかもしれないが、吉良先輩や八神先輩と比べれば、やっぱりパッとしない。黒髪黒目で、だが背筋を真っ直ぐと伸ばす彼は、真面目そうに見えた。


「そうそう。お前にちょっとそこの子の面倒を見てほしいんや。」


 吉良先輩の一言で、周囲の視線が一斉に俺に向けられる。


 注目されたことで身体が緊張するが、第一印象は重要だ。俺は笑顔を浮かべて、努めて明るい声を上げる。


「どうも! 俺、最近こっちに転入してきた“マリモ”って言います! 気軽にマリモって呼んでください! これからよろしくお願いします。」


 俺が大きな声でそう言った後、室内はシーンとした雰囲気に包まれた。……ツライ。誰でもいいから俺の自己紹介に反応してほしい。


「あー、えっとお前が噂の転入生か?」


 そんな静寂を最初に破ったのは、先ほど吉良先輩にイチと呼ばれた男だった。


「あの、その噂って何です?」

「……確か、転校早々に生徒会長にキスしようとして生徒会に喧嘩を売ったビッチ、『薔薇姫』と呼ばれる親衛隊隊長と『風紀の姫』と名高い西野 悠に迫った猿、委員長と殴り合いの死闘を…」

「あ、すいません、もういいです。」


 ……誰だよ、それ!? 


 俺の印象、転校早々にどん底じゃねえかよ。おい。


「ちなみにそれ、誰から聞いたとか分かります?」

「いや、俺は皆が喋っているのを耳にしただけだから……。」

「そうですか……。」


 委員長とのことは速水だとしても、他の噂は誰が……?

 明日、速水に確認する必要があるな。またやることが増えたなぁ……。


「にしても、お前。最初から前途多難やなぁ。」


 吉良先輩がしみじみと呟く。おい、アンタ絶対他人事だろ。


「まぁ、後のことはイチに任せたわ。」

「えっ、先輩たちは手伝ってくれないんすか!?」

「まぁイチなら出来る、出来る!!」


 そして案の定、吉良先輩は全てイチ少年に丸投げした。可哀そうに。こんな人が上司なんて。苦労しそうだ。

 俺に関することだが、少し同情した。

 吉良先輩に激励として容赦なく肩を叩かれた彼は、うめき声をあげながら肩を抑えて床に蹲っている。そしてそんな彼の肩を楽しそうに押す吉良先輩の姿。


 ………苦労しているようだ。


 数秒後、彼は復活した。普段鍛えられているせいか、打たれ強いらしい。


「改めて、俺は木原 伊智。所属は1-Aだ。同じ学年だし、まぁ仲良くしようぜ。」

「ああ、こちらこそよろしく頼む。俺はさっきも言ったけど、マリモって気安く呼んでほしい。」

「そうか、じゃあ俺もイチでいいぜ。」

「分かった。じゃあこれからよろしくな、イッチー!」

「お前ナチュラルに違う呼び名で呼んでるけど、俺イチって言ったからな!?」

「まあそんな細かいこと気にするな、イッチー。」

「スルーするなよ!?」


 イッチーの反応に、俺は思わず笑ってしまった。いちいち反応を返してくれて、いじりがいがある。吉良先輩の気持ちが分かる気がする。


「なるほど、イッチーか。ええな。お前のこと、今日からイッチーって呼ぶわ。」

「吉良さんまで!?」


 イッチーが絶望したように呟く。うん、吉良先輩が認めたってことは、『イッチー』で確定だな。


「いいねえ。イッチー。」

「よろしくな、イッチー!」

「イッチー、イッチー!」


 傍で傍観していた風紀委員も、ニヤニヤ笑いながら『イッチー』コールが始まった。意外と風紀もノリが良いんだなー。ちょっと感動した。


「そんな…… 俺のあだ名が『イッチー』なんて軽そうな名前だなんて……」


 イッチーが床に手をついて絶望している。

 その瞬間、がばっと立ち上がって、俺に向かって突進してきた。


「お前、どうしてくれるんだ!! 俺のあだ名が『イッチー』で固定しちまったじゃねえか!!!」

「いやー、皆も歓迎ムードだし、いいんじゃね?」

「良くねえよ!」

「じゃあ、今度から『エッチー❤(笑)』って呼んでやるよ。」

「それはもっとイヤだ!」


 イッチーは俺の言葉に反応する。

 気づけば、俺の周りにいた風紀委委員の皆が笑っていた。


「いやー、お前らホント面白いな。」

「面白くねえよ!!」

「息ピッタシだし、良いコンビ組めるんじゃないか?」

「ちょっ、」

「確かにー!」


 イッチーは3人の風紀委員の発言にげっそりした表情をした。


「戸塚も林道も小川も、そこまでにしろ。いつまでもイッチーに構っていたら話が進まないからな。」

「委員長もその呼び名で固定なんですね……。」

「それよりコイツについてなんだが、」

「あっさりスルーされた!?」

「お前がこれから気をつけることは分かっているな?」


 八神先輩は、イッチーの発言をガン無視し、じっと俺を見た。

 その眼光の鋭さに思わず怯みそうになるが、グッと力を込めて先輩の目を真っ直ぐと見る。


「もちろん、分かってます。………影のようにひっそりと生きろってことですよね!」

「卑屈すぎるだろ!?」

「ちなみに昨日、クラスメイトが売ってきた喧嘩を買いました!」

「行動が伴っていない!!!」


 イッチーのツッコミに俺はフッと笑う。これはあくまで努力目標であり、どう行動するかは俺が決めることだ。ちなみにイケメンが喧嘩を売ってきた場合、問答無用で全部買うつもりだ。


「委員長…もうダメっすよコイツ。猪突猛進の塊みたいな奴じゃないですか。」

「そうだな。イッチーの言う通り、一番気をつけるべきことはそれじゃない。やるべきことはただ一つ……。悠を守ることに決まっている!!」

「ダメだ!! こっちの価値観も頼りにならないッ!!」


 イッチーが1人頭を抱えて蹲った。せわしない奴だ。

 八神先輩の『西野を守る』という考えが変だとは思わない。好きな相手を守りたいと思うのは当然だと思う。ただそれを西野が嫌がっているということが問題なわけで。


「あの……。八神先輩は西野のことを正直どう思っていますか?」


 先輩の目を見ながら、俺は改めて気持ちを確認する。

 八神先輩は俺の目を見据えながら、ゆっくりと口を開いた。


「俺は、悠のことを愛している。最初は悠の外見に惹かれた。だが目で追いかけているうちに、悠の持つ芯の強さが好きになった。いつも周りを気遣いながら、いざとなったら一歩も引かない、そんな強さだ。一番好きな表情は、ふとした瞬間に気を緩めて笑う時だ。そんな悠がたまらなく愛おしい。だから俺は、悠のことを守りたいし、悠の傍で支えてやりたいと思う。この気持ちに、偽りはない。」


 先輩の黒曜石のような瞳には、意志の強さが煌めいていた。なんて熱烈な告白なんだ。俺に言われた訳ではないが、自分の顔が赤面するのが分かり、そっと顔を背けた。さりげなく周りを見れば、皆俺と同じように顔を赤くしている。あの吉良先輩まで手で口を抑えているが、耳が赤い。驚きだ。明日はきっと槍が降る……! と思った瞬間に目が合ってニッコリ笑われる。俺は本能的に身の危険を感じた。

 慌てて吉良先輩から目をそらして、八神先輩の方へ向き直った。


「なるほど!! 先輩の西野への想いはわかりました! きっといつか伝わりますよ!! 頑張ってください!」


 そう言って俺はドアに向かって全力疾走する。一刻も早くこの場から逃走しないと、俺の命がッ!!


「ちょっと待て。」

「グハッ!!」


 八神先輩に容赦なく襟首を掴まれ、俺の首が締まり意識が遠のく。そしてまたしても三途の川の先にいるばあちゃんと一瞬再会してしまった。『まだこっちさくるなー』と言われたから、あれは夢じゃないと思う。


「ゲホ、ゲホッ、ちょっと先輩俺を殺す気ですか!! 洒落じゃなく一瞬死んだばあちゃんと再会しましたよッ!!」

「安心しろ。その時は俺が弔辞をやってやる。」

「安心できる要素が全くないですっ!!!」

「逃げようとするお前が悪い。」

「俺のせいですか……。」

「悠と同室であるお前を守るのはかなり不本意だが、風紀はお前を守ることになった。等価交換として、これからは俺に協力してもらう。」

「ええー……。」


 かなり不本意だが仕方がない。なぜなら俺の中で『風紀委員長と副委員長から逃亡=死』という方程式が出来ていたからだ。出来ればばあちゃんの所にはまだ行きたくない。


「わかりました。俺は何をすればいいんですか?」

「ああ……。お前には……。」


 そう言って俺の肩をがっしりと掴む八神先輩。か、顔が近いっす。そして肩が壊れるっす。


「悠と俺の仲を取り持ってもらう。」


 八神先輩の目は真剣だった。その気迫に反射的に返事をしそうになるが、グッと抑える。これは西野と先輩の問題だ。俺が口出しするべきじゃない。


「……先輩には悪いんですが、俺には協力できません。だって、俺は西野の気持ちを尊重したいですし。」


 そう言って俺は肩に食い込んでいる八神先輩の手をべりっとはがす。その瞬間周りから驚嘆の声が漏れた。まぁ俺の握力は70を超えているからな。驚くのも無理はない。

 そのままスタスタと扉に向かう。すると後ろからイッチーが後ろから駆け寄って来る。


「委員長は一途で、真剣なんだ! 俺ら風紀、皆応援してるんだ。少しぐらい協力してもいいだろ……!」


 イッチーの言葉に足を止める。だけど俺は……


「転校初日に問題を起こした俺に、西野は優しくしてくれました。俺はそのことを凄く感謝しています。だから何と言われても、俺は西野の味方でいたいんです。」


 と言った瞬間に、ゴソゴソと鞄をあさった八神先輩から紙に包まれた四角いものをもらった。


「そうだ。これ『とりや』の羊羹だ。」

「喜んでご協力させていただきます、先輩。」

「あっさり買収されてんじゃねーかよ!!」


 イッチーが何か言っているが、軽くスルーする。

 これは袖の下に揺らいだとかではない。別に西野を売ったとかでは決してない。

 俺は八神先輩の目を真っ直ぐ見た。


「先輩と西野が仲良くなれるよう、これからは俺の方でフォローします。けど西野が嫌がったら、その瞬間俺は西野の味方をするんで、そこはよろしくお願いします。」

「分かった。」

「だから俺と西野の様子を見て、俺が西野を好きだとかいう頭のネジが吹っ飛んだようなことを考えるのはやめてくださいね。殴ろうとしないでくださいね。」

「………………善処する。」

「今のちょっとした空白が凄く気になりますけど、用事は済みましたよね。俺もう帰ります。お疲れさまでしたー!」


 早口でそう言って、俺は扉に向かって早足で歩く。ふぅ、風紀委員は個性的な面子が多かったな……。主に西野のことになると思考回路がおかしくなる委員長とか、話がひと段落したから俺を嬲ろうとニヤニヤ笑っている副委員長とかな! これは決して命の危険を感じて逃亡しようとしているわけではない。と思いつつも俺の足は早まる。


「ちょっと待て。」


 という八神先輩の声が後ろから聞こえた瞬間、俺の腕を掴もうとする気配がする。だが俺にはサル並みの身体能力がある。そう何度も捕まえられるとは思うな!


「…ッ!」

「甘いっすね、先輩。」


 後ろを振り返らずに、気配だけで先輩の手を避ける。フッ、俺決まったな……。


「ッて、えっ?」


 一瞬の浮遊感。その瞬間、俺の背中は床に叩きつけられていた。


「………グッ、ッ…ッ!」

「ああ、甘いな。話はまだ終わっていない。」


 ウソだろ…。俺、自分の身軽さは誰にも負けないと思っていたのに……!

 その俺を捕まえて床になぎ倒す委員長、マジでヤバい。


「残念やったな~。伊達に風紀委員長やってるわけやないでー。」


 ニコニコ笑った吉良先輩が、俺の襟首を掴んでずるずる引っ張る。地味に首が締まって、苦しいぜ……。

 部屋の中央まで戻ってくると、ポイっと床に投げ出された。後輩の扱いが雑すぎる。

 咳き込みながら周りを見渡せば、既に風紀委員全員が真剣な表情で円状に並んで立っていた。風紀の大切な行事でも始まるのか…? 自然とごくっと唾を呑み込む。





 前に立っていたイッチーがすうっと息を吸い込む。


「これから、『第652回 委員長と西野君の仲を深めるための作戦会議』を始めます!」


 ………あの、俺、もう帰ってもいいですかね。


「ハイっ、イッチー議長!」

「はい、どうぞ戸塚君。あと俺はイチですからねー。」

「お弁当の差し入れとかどうですかね、イッチー議長!」

「おい、お前ちょっと表出ろや。」

「素が出てるで~、イッチー。」

「その案はダメだ。以前試したが、渡す前に逃げられた。」


 だろうな……。ただでさえ苦手な八神先輩からの差し入れだ。いくらご飯が好きだからといっても、びびって逃げるのがオチだろ。


「ハイっ、じゃあ朝の挨拶とかから始めてみたらどうでしょうか? 委員長の笑顔でも見せれば、どんな奴でもいちころっすよ!」

「確かに林道の案もいいと思うが、前にやったら泣かれた。けどその泣き顔もグッときた。」

「良かったっすね、委員長!!」


 ダメだ、ここには変態しかいない。


「もうこうなったら強行突破しかありません!」

「……というと、何かあるのか小川。」


 風紀委員全員が息をのむ。


「モチーフは白雪姫です! 睡眠薬で眠らせて、陽の光が差し込み、小鳥さえずる森の中、花を一杯敷き詰めた棺おけに移動させた後、委員長のキスで西野君が目覚めます。そこで委員長が真っ赤な薔薇の花束を差し出してプロポーズをすれば、きっと西野君は嬉しそうに頷いてくれます!!」


 いや、恐怖で泣き出すの間違いだろ。


「お前、天才か…!」

「よし、次はそれでいくぞ!」

「俺、棺おけ注文しときます!!」

「じゃあ俺は花の方を…「ちょっと待てぇえええ!!!!」


 このままでは西野が危ない。そう思った俺は咄嗟に待ったをかけた。


「お前らアホか!! まず睡眠薬で眠らせる時点で犯罪に手を染めてるだろ! 風紀が一般生徒を誘拐してどうする! あとその後の棺おけ! プロポーズとしてアウトだ! もし委員長のプロポーズ断ったらお前の行き先は墓場だ! と遠回しに宣言してるもんだろ! そうなったら絶対に西野は泣いて、拒絶するのがオチだ!」

「「「「「「た、確かに……!」」」」」」


 はっと気づいた表情をする委員たち。どうやらここには脳筋しかいないようだ……。


 やはりこの学校の生徒の価値観はおかしい。俺は改めて実感した。仲良くなる工程をすっ飛ばして、誘拐からのプロポーズは普通、恐怖以外の何物でもないだろう。

 このままこの脳筋たちの話し合いが進めば、西野がいずれ誘拐されるのは目に見えている。それぐらいだったら俺が主導でやる方がよっぽどマシだ。


「ほおー。じゃあお前、代わりに何かいい案でもあるんか?」


 吉良先輩の問いに、俺は無い知恵を必死に振り絞る。確か『おともだちの作り方―サルでも出来る実践法 応用編―』には……。


「……じゃあまずは、」


 こうして俺と風紀の話し合いは、日が暮れるまで続いた。

 なんか無駄に疲れた気がする…………。




 その後自分の部屋に帰ったら、俺と八神先輩との果たし合いを止めようと、フライパンを持った西野を必死に止める速水と斉藤がいたのはまた別の話。

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マリモっ!!―親愛なる王道学園で生き抜いてみせる― Loki @lemon390

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