第7話

「天気も快晴。頬に当たる風も最高。うん、最高の体育日和だな!」


 マリモを風になびかせながら、俺はそう呟く。


「おーい、マリモ! 感慨にひたってないで、さっさと整列しろー。」


 速水が呼ぶので、振り返るとすでに皆整列していた。慌てて列の後ろにくっつく。



「今日はさっき桐生先生が言っていたように、体育祭の競技担当を決めるぞ。」


 速水の言葉に周りがざわつく。やっぱり皆、行事関係は盛り上がるんだなー。いいな、青春っぽくて。準備体操をしながら、周りの会話に耳を傾ける。


「ねえ、やっぱり生徒会の皆様は何に出場なさるのかな?」


「短距離走とかじゃないかな。っていうか、そうであってほしい!!」


「せ、生徒会の皆様の流す汗……!」


「どうしよう、想像しただけでムラムラする……。」


「ああ、汗が染みついた体育着を思いっ切り嗅いでみたい……!」



 うん、健全な男子高校生の会話とは思えない内容だわ。


 色々と、やばい。


 お父さん、お母さん、俺はこの学校の価値観その他もろもろに不安しかありません。



「あ、マリモ君。一緒に走らない?」


 俺が周囲の会話に呆然としていると、近くにいた西野が声をかけてくれた。良かった、救いの手がここにあった……!


「マリモ君は出たい競技とか決まってるの?」

「いや、まだ決めてないんだ。でも競技とかってどうやって決めるんだ?」

「うーんと、リレー選や持久走は足の速い人がやるけど、それ以外は希望で決まるよ。ただ代表選手は生徒会や風紀の人ばかり出るから、毎年人気が凄いんだ。」


 なるほど。なら代表選手に選ばれなければ、俺が生徒会や風紀と接触する機会が減るな。


「貴重な情報ありがとう、西野。俺、空気のようにひっそりと頑張るから!」

「空気……? えーっと、うん、頑張れ!」

「ああ、走るのには結構自信があるぜ!」

「そっか。いいなー。僕、走るのは苦手なんだ。」


 そう言って西野はふっと視線を遠くにする。その哀愁漂う様子に、俺は思わず励ましの言葉をかける。


「ほ、ほら、西野。誰にだって得意、不得意はあるし、別に気にしなくていいんじゃないか?」

「いつも、気付くと別のコースを走ってるんだ……。」

「それ以前の問題だった!?」


 こんな所でも発揮されるドジっ子属性。もはやドジっ子の範疇なのか怪しい。


「それじゃあ、走る時はどうするんだ?」

「……他の人に隣で一緒に走ってもらうんだ。」


 西野はそう呟くと、そっと息を吐いた。


「僕だって、1人で走りたいのに……!」


 いや、それはやめといた方がいいんじゃないかな。万が一を考えて。ドジっ子は、いくら対策をしても、し過ぎということはないと思うんだ。





「2人共、そろそろタイムを計るから、こっちに来てくれ。」


 速水がタイマーを振りながら、俺達を呼ぶ。

 今だに何か呟いている西野を引っ張って速水と斉藤の方へ行と、既に何人かが2人組で走っていた。


「2人一組で100mのタイムを計るからな。適当に組んで走ってくれ。あと、悠はマコトと走ってもらう。」


 そう言って速水は西野と斎藤の方を見て指示を出す。


「りょーかい。俺は最後に透とタイムを計るから、悠の隣は俺が走るよ。」

「うう、よろしくね。マコト君。」


 西野が斉藤と走るなら、俺は必然的に1人になる。周囲を見回すと、クラスの皆はほとんど2人組を作っているようだ。Oh……。既にボッチ確定だな。詰んだ。



「ねえねえ、そこのキミ。良かったらさあー、俺と走んない?」


 なッ、俺と走ってくれる奴がいるだと!?

 振り返れば、そこにいたのは…………チャラ男か?


 髪を茶色に染めており、毛先が軽くはねている。背は178㎝程で、顔は整っており、パッチリとしたたれ目の目が特徴的だ。だが舌で唇を舐める様子は、本当にお前は高校生かと問いたくなるほど色気がある。ホストの片鱗が見える。うん。(決して見下ろされて悔しいとかは思ってない、思っていないぞ。)


 だが体育の授業だというのに、アクセサリーをじゃらじゃらつけ、首にはチョーカー、耳にピアスもしている。いくら顔が整ったイケメンだとしても、授業中だぞ。いいのか、ソレ。

 しかしここは空気を呼んで何も言わない。成長したな、俺。


「ねー、キミさあー。今俺のことチャラ男とか思ったでしょ? ついでに体育なのに色々着けていていいのかなー、とか。」


 バ、バレただとっ!?


「俺、昔から勘が鋭いんだよねえー。」

「そ、そうなのか。悪い、チャラ男とか思って。」

「いいよー。別に。あと、俺、火宮 駿って言うんだー。」

「俺、マリモ! 気軽にマリモって呼んでくれ! これからよろしくな!」


 握手をしようと思って右手を出すと、火宮は俺の脇をスッと通り抜けていった。た、たまたま気付かなかっただけか?


「ねえ、キミさー。走るの得意なんだよね? それじゃあさー、俺と勝負しない?」


 そう言って火宮はスタート地点に立ち、人懐っこい表情を浮かべながら、俺を振り返った。やっぱり、さっきは気付かなかっただけなんだな。


「ああ、望むところだ!」


 火宮に返事をしてスタート地点に向かおうとすると、人垣がザぁっと左右に割れた。気づけばクラスの皆が俺と火宮を取り囲む様にして立っている。


「はやみーん、タイム計ってくれないー?」

「分かった。マリモも準備いいか?」

「あ、ああ!」


 慌てて火宮の隣に立つ。


「それじゃあ、位置について」


 クラウチングスタートの構えをとると、隣にいた火宮がボソッと零した。


「会長さー、ああ見えて柔道黒帯だし、空手も有段者で凄い人なんだよねえ。」


「ヨーイ」


「だからさあー、お前みたいな奴に膝蹴りされて、かなりムカついたんだー。」

「えっ、それってどういう……」


「ドン!」


 速水の掛け声に、一気に火宮が走り出す。俺も一拍遅れて、スタートする。火宮の奴、凄く速い。俺も足の速さには自信があるが、なかなか追いつけない。だが少しずつ、火宮との距離を詰めていく。そしてゴールまであと10mの所で、ようやく火宮を追いぬこうとした時だった。突然強い風が吹いて、俺のマリモヘアーが吹っ飛ばされそうになった!!


「………ッッ!!」


 慌てて頭を押さえても、一瞬減速したため火宮との距離は一気に開く。そしてそのまま火宮にゴールされた。そして俺は少し遅れてゴールした。


「火宮、11秒61。マリモ、11秒92だ。」

「2人共11秒台だ!」

「これは凄いな。」


 速水たちの声が遠くに聞こえる。


 負けた……。この俺が……!


「キミがどうしてこの学園に来たのか知らないけど、これで分かったでしょ? キミはマリモより“毛玉”で十分じゃないかなー?」


 火宮の声に顔を上げる。その顔には笑みを浮かべているが、その目は冷たかった。


「調子乗らないでね、“毛玉”君?」


そう言って火宮はクラスの皆が集まっている方に歩いて行った。


「お疲れ様です! 火宮様!」

「とってもカッコ良かったです!」

「さすが火宮様です! あの“毛玉”に勝つなんて!」

「やっぱり生徒会の会計様なだけはあります!」

「ふふっ、皆応援ありがとねー。」


 アイツ、生徒会の会計だったのか。どうりで会長がどうのとか言っていたわけだ。

 それにしても“毛玉”かぁ……。“毛玉”呼びが定着しつつあるのが許せん。


「……マリモ。その、惜しかったな。」

「でも11秒台ってだけで凄いよ!」


 俺が1人そう思いを巡らせていると、西野と斉藤が話しかけてくれた。


「ありがとう、西野、斉藤。今回は負けたけど、次は絶対に勝つ。」

「うん、その意気だよ!」


 火宮、次はヅラ吹っ飛ばし対策として帽子を被って、お前に勝ってやるから覚悟しろよ。

 そう俺は誓いを立てた。


「ところで斉藤たちのタイムはどうだったんだ?」

「俺は、14秒65。まぁ平均的なタイムかな。」

「西野は?」

「うん、僕は去年より真っ直ぐコースを走れたよ!」

「そ、そっか、良かったな!」

「うん、ありがとう!」


 西野が嬉しいなら、それでいいんだと思う。




「よし、皆集まってくれ。とりあえず今計ったタイムから、選手が確定した奴を言っていく。」


 速水の言葉に、皆どこか期待をしたような表情をする。


「まず短距離走。これは火宮に任せる。」

「まっかせてー、はやみーん! 1位獲っちゃうからねー!」


 周りからワッと歓声が上がる。


「次に1000m走。これは東條に頼む。」


 すると先ほどの火宮と同じくらいの歓声が上がった。

 皆の視線の先を見れば、そこにはかなり高身長の生徒が、背筋を伸ばして佇んでいた。なんというか、武士っぽい? キリリとした男前な顔立ちで、黒髪黒目、涼やかな目元が印象的だ。

 だが東條は名前を呼ばれたにも関わらず、ずっと無表情で一言も発さなかった。


「そしてリレー戦は、僭越ながらクラスで一番速かった俺がやってもいいか?」


 速水の言葉に、次々と同意の声が上がる。その様子を見ていると、やっぱり速水は人気者なんだと実感する。


「それと最期に障害物競走なんだが、これはマリモにした。」


 何でもないように速水はサラッと告げる。


 ……おい、ちょっと待て。


「やったね、マリモ君!! 代表選手に選ばれるなんて!」

「凄いじゃないか! 頑張れ、マリモ!!」


 西野と斉藤がそれぞれ励ましの言葉を送ってくれるが、俺は頭が真っ白になったままだった。


「ハァー? この“毛玉”が代表選手?」


「そんなの負けるに決まってます!!」


「こんな“毛玉”認められません!!」


「そうだ、“毛玉”じゃなくて別の人にしてください!」


 次々とクラスから反論の声が上がる。

 だが俺の中では、沸々と溜まりに溜まっていた怒りが沸き上がっていた。


「………お前らさっきからずっと、“毛玉”“毛玉”うるせえなッ!! “マリモ”だって言ってんだろ!! 名前ぐらい覚えろ!!」


 すると俺に反論の声を挙げていた集団のうちから、1人が前に出てきた。

 可愛い顔立ちをが、威嚇するように目が細められていた。


「僕らはキミを認められない。」

「なら、絶対に認めさせる。」

「へえ。どうやって?」

「もちろん、障害物競走で1位を獲る。」

「それ、本気で言ってるの? 言っておくけど、代表選手に選ばれる人たちは皆11秒台なんてザラなんだから。」

「それでも、絶対に勝つ。」

「ふーん。出来るもんならやって見せてよ。」

「ああ。その代わり俺が勝ったら、俺のことは“マリモ”って呼べよ。」

「そう。わかった。でももしキミが負けたら、」


 ―――――― 目障りだから消えてくれないかな?


 俺にだけ聞こえるように、彼は耳元で囁いた。


「………望むところだ。」

「じゃあ、約束破らないでね。」

「お前らこそ、約束忘れるんじゃねーぞ!」


 その時ちょうど授業の終了を告げるチャイムが響いた。

 彼は、一緒にいた奴らの方に歩いて行った。


 父さん、母さん。転入早々、俺は早くも崖っぷちです。

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