雪はさすらい


 雪みたいだな、と外に舞う桜を見て思う。

 集会の時と同じように長い校長の話に、いつもは眠っている生徒が起きていたり、どこか涙ぐんでいる生徒がいたり、合格発表と重なってそわそわする生徒がいたり。

 雪柳はぼんやりと紅白幕を見ていた。からりと晴れた天気。暖かい天候に、眠気が襲うのも無理はない。


「長かったあー」

「江長ちゃん、途中寝てたでしょ」

「あ、ばれた? そんなに頭揺れてないと思ってたんだけど」

「あたしの肩にがっつりもたれてたし、ヤマセンがガン見してたよ」

「それはちょっと気まずいな」

「校長見てたんじゃね?」

「もう卒業するから大丈夫でしょ」


 友人たちの会話に笑う雪柳。教室は式が終わった解放感で、ざわめいていた。

 所々で合否の声が聞こえる。山吹が教室に戻り、がやがやとした空気の中、証書のケースが配られた。


「筒じゃねーのな」

「中学の時、あれでチャンバラして蓋無くした」

「そういう奴がいるからだきっと」

「ほら、席つけー」


 目白はふと前を向いた。雪柳の良い姿勢が見える。これを見るのも今日で最後かと思うと、どこか寂しい気持ちもある。


「目白ママの、他クラスから聞いた噂なんだけど」

「今更何の噂だよ」

「ユッキーと付き合ってるって」


 隣の席の女子が声を潜め尋ねる。斜め前の男子も目白の方を見ていた。


「俺がテニス部の奴から聞いたんだけど、そんな噂流す奴いるかって」

「ああ、それ」

「デマがこんな時に流れるなんてな」

「本当」


 バッと前の席の女子と反対側の隣の男子も目白を振り向いた。その見事な反応に思わず感心する。


「はあ!? マジで!」

「え、いつから!?」

「なんで!」

「おい静かにしろ! 移動の時間知らなくて集合写真に写らなくても文句言うなよ!」

「それは嫌です!」

「斜め上に写ってみるのもありじゃない?」

「無しだろ」


 山吹の言葉に、そちらに注意が向いたが、その話が終われば質問攻めにされるのは目に見えた。

 昨日、あの告白を妨げた時にも思ったが、結構これは荷が重い。目白と雪柳の間に恋愛感情がないからこそ。

 しかし、目白が元彼女と付き合った時にはこんなに食いつかれ無かったというのに、この差は一体。

 山吹が教室から出ると、視線が一気に向いた。


「目白ちゃん、詳しく!」

「良いから静かに移動しろ」

「ね、どっちから?」


 質問を躱し、クラスメートたちを教室から出す。最後、雪柳と目が合い、なんとなく並んで教室を出る。


「言ってしまった」

「言っちゃったねえ」

「俺、刺されるかね」

「死ぬ時は一緒って誓ったじゃない、ゆたかママ」

「そうよね、あんただけを残してなんていけないわ。……まあ冗談置いといて、お前は大丈夫なのか?」


 その問いにきょとんとした顔。意図が汲み取れず、首も傾げた。


「何が?」

「外出たら、質問攻めに遭うと思うけど」


 指先が示したのは昇降口外のクラスメートたち。明るい外は、暗い校舎の中からでは眩しかった。


「海行きたいな」

「それは逃げたいっていう意味で合ってるか?」

「ううん、海が見たいなって急に思ったから言ってみた」


 雪柳はローファーに履き替え、足先で地面を叩いた。


「行くか、海」

「それは逃げたいっていう意味?」

「まあそんなとこ」


 その言葉に笑い、雪柳は顔を上げる。


「ね、どうしたら目白みたいになれる?」


 無垢な瞳で射られ、目白は固まる。外から桜の花びらが入ってきた。

 他の高校と比べて遅い卒業式だが、この時期だからこそ満開の桜が見られる。


「お前はお前のままで良いだろ」


 呆れたように笑い、目白が外へ出た。

 その背中を追うようにして雪柳も校舎を出る。


「ほら二人とも早く! 一緒に写真撮ろ!」

「こっちこっち!」


 雪柳と目白は引っ張られ、クラスメートたちが構えるスマホの写真に収まった。次々と引っ張られ、集合写真を撮る頃には疲れていた。


「何なんだよ一体……」

「俺が二人と写真撮ると良いことが起きるって吹聴しといた」

「樋野の仕業かよ」

「質問攻めより良いっしょ」

「……結果的に良い方に転がってる。ありがとな」


 クラスメートたちと楽しげに話す雪柳の姿を見て思う。樋野はピースをしながら指先を動かした。

 その話は他クラスまで広がり、二人は集合写真を撮り終えても長らく連れ回された。


「藤乃、食べほ行くよね?」

「うん、行く」


 江長は卒業関連のプリントの裏に名前を書き込んでいく。食べ放題に行くメンバーらしい。女子が多く、男子の名前もちらほら入っている。そこへ雪柳の名前が追加された。

 最後のHRもヤマセンの有り難いお話も終え、あとはこれから何処で遊ぶ、と教室内は盛り上がっていた。


「あとは、目白呼ぶ?」

「どっちでもいいよ」

「どっちでも良いんかい。彼氏なんでしょ」

「あーんーと、目白に準ずる」


 てきとうに返答しすぎじゃないか、と江長は微妙な顔をする。

 雪柳は立ち上がり、江長の腕を掴んで教室を出た。


「ん、なに?」

「ちょっと、こっちへ」


 ずるずると廊下を曲がり、非常階段の方へ。江長はされるがまま引きずられている。

 キイ、と扉が開く音と共に踊り場へ出た。


「江長ちゃん、目白と付き合ってるのは」

「あ、噂をすれば」

「聞いてよ、話を」

「ゆたかママだ」


 江長の視線の先を辿る。中庭に目白の姿があった。その正面には二年の色のリボンをした女子がいる。

 雪柳も江長もその女子に見覚えは無かったが、何を話しているかは何となく分かった。


「意外にモテるじゃん、藤乃の彼」

「三月末までって約束なの」

「……うん?」

「私が呼び出されるの嫌だって言ったら、そうしてくれた」


 実際、今日は一度も告白に呼び出されていない。雪柳はそれに安堵し、そして今反対にその光景を見ることになるとは思ってもいなかった。

 江長は「なるほど」と理解納得し、手すりに腕をかけて目白たちを見下ろした。

 桜の舞う中、二人は絵になる。


「んー、確かに目白はないだろとは思ってたけど」

「あ、やっぱり? 顔タイプじゃないって樋野が言ってたもんね」

「失礼な奴だね、どっちも。まあそれでも、藤乃を守ろうって気持ちはあったわけか」


 守る。その言葉に、雪柳は苦笑する。

 というよりも、あれは憐れみのような。


「真偽は分かんないけど、そういうことなの」

「ふーん、じゃあ目白はいっか。あの女子とヨロシクさせとけば」


 二人は告白の行方を見終えないまま、校舎へと戻った。


「ヨロシクするのかな」

「男子なんて女子が告白すれば大抵受けるでしょ」

「私かなりお邪魔虫じゃない?」

「そんなの目白に解決させときなよ。モテる藤乃の彼氏の座につけたんだから」


 そんな付加価値のあるものでもないのだが。江長が胸を張るので雪柳は肩を竦めた。


「でもね、四月からも友達でいてくれるって」

「トモダチ?」

「うん。付き合うの終わっても」


 少し嬉しそうにする雪柳を見て、江長は「へー」と頷き、腕を絡めた。


「あたしはずっと親友だから」

「それは知ってる」

「入学式一緒に行こうね」

「うん」


 同じ大学に進学する二人。学部は違うが、同じキャンパスなのは確認済みだ。

 江長のお陰で雪柳の高校生活は楽しいものになった。


「江長ちゃん、三年間ありがとう」

「こちらこそ」

「私、江長ちゃんに話しかけてもらえなかったらきっとずっと一人だったから」

「それは無いでしょ。告白引っ張りだこが何言ってんの」


 事実を投げつけるところが江長だ。雪柳は笑いながら腕を抱く。


「ずっと一人だったの、本当に」


 ずっと、ずっと。

 一人のままだと思っていたのだ。

 雪柳の言葉に、それを否定することはなかった。江長は肩を寄せる。


「じゃあこれからは一生親友ね」

「きゃー江長ちゃん格好良い! 大好き!」

「もっと褒め称えなさい」

「樋野よりもっと良い男子と出会えるよ!」

「うるさい」

「江長ちゃんなら大丈夫だよ!」

「うるさい」

「うっ、ほ、ほめん……」


 真顔で雪柳の両頬を掴み、静かに言う。

 江長は四月頃に、樋野に告白して玉砕している。振られたわりにケロッとしていたので雪柳が心配していたが、当人は「あいつより良い男と結婚してやる……!」と燃えていた。

 いつも振る側の人間なので雪柳もかける言葉は無かったが、それを見ることが出来て安堵した。いや、心の中は樋野への未練で一杯だったのかもしれないが。

 結局、本人にしか分からないのだろう。



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