第36話 集結

「孝太郎か……。何のようだ?」


「それはこっちのセリフだよ夏也……キミは今、自分が何をしているか分かっているのか?」


「…………」


 俺が刀を引いたのを見て、ユング大佐はヘナヘナとその場に崩れ落ちる。

 その無様な姿を横目に見ながら、俺は改めて孝太郎を見つめた。


 白面孝太郎。俺の幼なじみにしてかつての親友。

 だがこいつは……七年前、シズ姉ぇとは違い、俺を助けに来ようなどしなかった。

 こいつは正真正銘の裏切り者のはず。


「分かっているとも。あァ、十分に俺は理解しているよ孝太郎。すべてを承諾した上で、俺はこいつらを殺し、そして……お前の召喚器も壊させてもらったんだからな」


 旧校舎で孝太郎が用いていた実験装置……アレは既に、跡形もなく破壊してある。


「や、やはりキミが壊したのか……! どうして!? 僕の理念はしっかりとキミに伝えただろう!? キミだってすこしは理解を示してくれたんじゃ……!」


「さあな。そんなことは知らん」


 MASK社内における競合政策。

 その片割れに責任がないとは言わせない。

 俺は俺の意志で、すべてを破壊する……。


「やはりキミは復讐のために戻ってきたんだな」


「だったら何だ?」


「やりすぎだと言っているんだ! このビルで、キミはいったい何人殺したんだ!? 頭が狂ってるとしか思えないよ! たかが父親をクビにさせられたぐらいで!」


「……こいつ……」


 まだ、そんなことを言っているのか? この男は……。


「夏也……僕はね、キミの真意は知っているつもりだ。ああそうさ、これだけの凶行だ。復讐の理由が家族の左遷させん程度だとは思わない」


(なんだ、やはり真相は知っていたんじゃないか)


「でもね! それでも僕はあえて言わせてもらう」


 俺の家族が粛清された理由。その話題を孝太郎は肯定しようというのか?

 いいだろう、仮にもMASKの座を継ぐ男……

 決してその理念は相容れぬことはないが、それでも自分の正義を貫き通すというのなら、一度だけ耳を貸してやる。

 さあ、ほざいて見せろ。俺の復讐を否定するその言葉を……ッ!


「――夏也! 男の嫉妬はね、見苦しいよ?」


 しかし孝太郎の口からもたらされたのは……そんなのん気な言葉だった。


「…………なに?」


「自分の女を寝取られて悔しがる気持ちはわかるけどさ、いくらなんでもやりすぎじゃない?」


「……、お……お前……」


 もしかして……バカ、なのか?

 いきなりこんなトンチンカンなことを言い出すなんて。

 こいつは、もしかして本当に……。


「シズ姉ぇ、いや静流はね? もう僕の女になったんだ。だから今更キミなんかがしゃしゃり出てきても、居場所なんてどこにもないんだよ。わかる? この意味」


「……………………」


「まぁ何て言うかサ、これが男としての格の違いっていうの? やっぱり女の子は、“本物”を見抜く力が備わってるってことだよ。つまりキミは僕より下ってワケ」


 だめだこいつ。


(い、いや、もうとっくに手遅れなのか? 孝太郎のやつ、完全に自分の世界しか見えていない……)


 まさかこんな男がMASKの次期指導者であり、世界規模で繰り広げられる陰謀の片翼を担っていたなんて……。


「悔しいとは思うけど、静流はもう僕を選んだんだ。だからさぁ……」


 ビシッと、孝太郎は俺を指さし満面の笑みを浮かべる。


「君も男なら、聞き分けたらどうだい?」


 いきなり現れながら、この上から目線……更に論理の飛躍が凄まじい。


「ねえ孝太郎……私女だけど、そういう言い方ってどうかと思う」


「ははは、ごめんごめん。でもさ、間違ったところを指摘してあげるのが友人でしょ?」


「夏也ごめんね? 私、さっき孝太郎より夏也の方が頼りがいがあるって言っちゃったけど、やっぱり気の迷いだったみたい。だってコレ犯罪じゃない? 私、犯罪者のお嫁さんなんて絶対イヤ。どうせならセレブな人妻でいたいの」


「…………」


 あまりのズレた感覚に、もはやあきれて声も出ない。


「私、夏也のことも大切に思ってた。それは本当よ? でも、さすがにすべてを失うのは無理。それに比べて孝太郎となら、明るい未来が約束されてるの……だから、ごめんね?」


(おいおい……)


 何なんだこの空気は。

 今ここで放心状態のユング大佐にとどめを刺すのは簡単だが、こんなふざけたムードで俺の復讐は遂げられていいのか?


(馬鹿馬鹿しい)


「夏也! 僕も男だ。せっかくだし腹を割って話すよ! 僕は白面財閥の嫡男ちゃくなん……生まれながらにしてすべてを持っていた男だ、だけどやはり悩みが僕にもあったんだよ」


 聞いてもいないのに、いきなり自分語りを始める孝太郎。


「望めば何でも手に入った。みんなが僕にかしずいた。だけどね、そんな僕でも唯一手に入れられなかったモノ……それこそがシズ姉ぇだったんだ。従姉弟だから優しくしてくれても、シズ姉ぇの瞳に映るのはいつもキミだった。覚えてるかい? 小さい頃に僕たちが森でキャンプした時、大人たちからはぐれて三人で遭難しかけた時のことを」


「――…………ああ。あったな、そんなことも」


「野犬の遠吠えが聞こえる中、僕らはみんな怖くて縮こまっていた。でもそんな時、どこからか大人の声が微かに聞こえ、僕らは声を頼りに二手に分かれることになったんだ」


「…………」


「もちろん一人になるなんて絶対にいやだ! 怖い! だけどそんな中、シズ姉ぇはキミにだけ、一人になれって言ったんだ。自分は僕と一緒にいたいからと言って!」


 確かにそんなこともあった。

 結局その後俺たちは無事に保護されたが、俺は当時一時間くらい、一人で野犬のいる森をさまよっていたっけ……。


「僕はね、当時嬉しかったよ。シズ姉ぇは僕を一番大切にしてくれている、僕と一緒にいたがってくれたんだと思った。でも、それは違った! シズ姉ぇはあの時、キミなら一人でも大丈夫だろうって……そう“男”として信頼してたからこそ、一人になれって命令したんだ!」


「…………」


「救助されたあと、だれよりも真っ先にキミに泣きついたシズ姉ぇを見て、確信したんだ。僕はだれかが守っていないとダメなお坊ちゃん……対してキミは、シズ姉ぇから強いと認められ、信頼されていた少年……そのことに気が付いた時、僕は嫉妬に狂いそうになったよ。だから、キミがいなくなった時、チャンスだと思ったんだ! 今度こそシズ姉ぇを僕が独占できると思ったからね!」


 孝太郎の心によどむ、暗い激情。それがいま、初めて俺に向けられる。


「僕はもう、力を付けた。経済力という力をね! ……僕は、シズ姉ぇが喜んでくれるならいくらでも宝石や綺麗なドレスをプレゼントするよ。そのための金は、すべて戦争経済で手に入れる。見知らぬだれかの命なんてどうだっていい。シズ姉ぇが喜ぶなら、僕はいくらでも武器を売り、争いを引き起こしてみせる!」


「……それが、お前の本音というわけか」


 俺は刀を抜き、孝太郎へと構えてみせた。

 度し難いボンボンだ。

 結局はこいつも、命を軽んじ食い物にする一味だったということ。

 しかしそんな孝太郎をかばうかのように、目の前の少女……偽静流は立ちふさがる。


「待って! やめて、夏也……」


「どうして庇う? そいつの言ってることはまともじゃない」


「大切な人を守るのは当然じゃない!」


「大切、だと?」


「夏也……孝太郎の言ってることはちょっと乱暴だけど、私は彼の気持ちを嬉しく思ってる。だって、私のために何でも用意してくれるって、私を愛してくれてるって証拠でしょ?」


「…………」


「だれかを傷つけ、だれかに傷つけられ……それでも私達は、涙の数だけきっとだれかに優しくなれる。それはなぜ? たぶんそれこそが、愛だから……。夏也、あなたにいずれわかる日がくるわ……今は子供で分からなくても、きっといつか……」


 やれやれ、だな。なんというくだらんポエムだ……。

 自分だけを可愛がる、自己陶酔の塊に吐き気がしてきた。

 そろそろこの茶番劇も終わりにしたい。俺は改めて刀を構えようとする。


「あのね夏也、おとなになるってかなしいことな……」


「――いい加減にしてちょうだい。反吐へどが出るわ」


 その時、偽静流が言いかけた言葉を、凛とした声が強引にさえぎった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る