第13話 再会。そして…


「――待ちなさい! あなた達ッ!」


 俺の期待に応えるように、凛とした一声がその場を切り裂く。


 制止声に反応した全員がビクリと動きを止め、声の主をあわてて振り返った。

 そこには、〈生徒会長〉と腕章を付けた少女が、逆光を背に仁王立ちをしていた。


「つ、月影つきかげ生徒会長ぉ!?」


「どうして月影先輩がここに……!」


 エース改め、各部の不良達が途端にパニックになる。


「あなた達……こんな所でよってたかって、いったい何をしていたのかしら?」


「ちっ、違うんです! あのっ、別にこれは!」


 不良達はしどろもどろになりながら必死に取り繕おうとする。

 しかしその弁明をさえぎるように放たれる、更に別の声……


「一部始終は見させてもらったよ。僕にはどう見ても君たちに非があるように思えたけど?」


「なっ!? し、白面しづら君!?」


「月影先輩に続いて、どうして孝太郎さんまで!」


「学園の秩序を守るのは生徒会長だけじゃない。それは本来、風紀委員の仕事だ。なら、風紀委員長たる僕がここにいるのは当然だろう? ……残念だよ、我が校の栄えあるエース達が、こんなにも狭量だったなんてね」


「ま、待ってくれ! お、オレ達はただこいつにMASKでの流儀を教えてやろうと」


「黙りなさいッ! 悪しき風習を伝統とかたり、新しき芽を摘もうとするその所行! もはや許せるはずも無し! 兜都学園三年・月影静流ッ! ここに生徒会を執行します!」


 生徒会長はビシィ! と強く指さす。


 それが合図だったかのように、突如として周囲に現れた〈親衛隊〉と腕章を着けた男達が、俺を囲んでいた連中はあっという間にどこかへと連れていってしまった。


 ……あとに残されたのは、閑散とした空気と、俺たち三人だけとなる。


「さてっ、と……」


 生徒会長、もとい月影静流はわざとらしくゴホンと咳払いをすると、改めて俺を振り返った。


 ――綺麗になったな、と思う。


 彼女を形容する言葉が他に浮かばず、思わず語彙ごいの貧弱さを痛感させられる。

 それ程までに当時小学生だった彼女と、今の彼女は様変わりしていた。

 意志の強そうな切れ長の瞳に、品良く色づいた唇。

 からすの濡れ羽色を思わせる長い黒髪は、日の光を浴びてビロードのような光沢を放っている。

 子供が大人の階段を上る絶妙な時期といえばいいのか……少女のあどけなさと、女としての艶がい交ぜになった、まさに美少女と呼ぶに相応しい可憐な容姿をしている。

 もしかしたら一日ごとに、一分ごとに、一秒ごとに、この年頃の少女達は美しく成長していっているのかも知れない。


 思わずその容姿に息を呑んでいると、凜とした彼女の表情はだんだんと泣きそうなものへと変わり、不安そうな面持ちを見せていた。


「あ、あの。水月くん……。あなた、夏……也? 夏也……よね?」


「教えてくれないか、転校生。君は果たして僕達の知っている男の子なのか……?」


 孝太郎も神妙な面持ちとなって、こちらをジッと見つめてくる。


(フッ、どうやら役者は揃ったようだな……)


「――ああ、俺だよ。シズ姉ぇ、孝太郎!」


「「な、夏也ぁ~っ!」」


 パッと顔を輝かせて駆け込んできた二人に、ばふっと抱きしめられた。


「ハハ……どうしたんだ二人とも。苦しいじゃないか」


「夏也! 本当に本当に夏也なのね!? 夢じゃ……夢じゃないのね!?」


「夢なんかじゃないさ。目の前にいる俺が信じられないか?」


「き、キミって奴は! 本当にッ、本当によく帰ってきてくれたなぁ! コイツ~!」


「ばかばかばかっ! も~~~っ! 今までいったいどこで何してたのよぉ! 本当に心配したんだからねっ!?」


 幼なじみとの、七年ぶりの再会。

 感動に溢れる二人との巡り会いはしかし、俺の心は……ひどく冷め切っていた。


(何を言ってるんだ? こいつらは……)


 この俺に会いたかった? 心配していただと?


(ふざせるなッ! いったいどのツラ下げてそんなことをほざく! 俺があれほど助けを求めていたというのに……こいつらは今まで、いったいどこで何をしていた!?)


 およそ人間らしい生活とは無縁の場所に叩き込まれ、泥をすすりながら生きつないでいた日々。

 まさか二人はその間、ぬくぬくと……明るく楽しい学園生活を送っていたとでも!?


(……許せない……っ)


 溜めに溜まったどす黒い感情が爆発し、思わず喉元からこぼれそうになる。


「俺も、二人に会えて本当に嬉しいよっ!」


 しかし俺の口から漏らされたのは、共に再会の喜びを分かちあう社交辞令だった。


 何のことはない、こいつらはMASKの中でも特別な存在だ。

 内部の情報を聞き出し、世渡りを円滑えんかつにするための布石ふせき……。

 そのためなら俺は、あえて仮面の友情に甘んじよう。


「ほんっと懐かしい~! また三人で会えるなんて思っても見なかったわ!」


「二人とも変わったな。シズ姉ぇは美人になったし、孝太郎も貫禄かんろくが付いてきたぞ?」


「や、やだ! 何言ってんのよ。ンもうっ、夏也ったらいつからそんなに口がうまくなったの? そ~ゆ~あんたこそ、なぁんかワイルドでたくましくなったじゃな~い?」


 猫口の表情になり、俺の成長をからかってくるシズ姉ぇ。

 一方、孝太郎はどこかバツの悪そうな表情を浮かべていた。


「あぁ、同年代とは思えないほど精悍せいかんな顔になってる。その、さ、苦労……したのかい?」


 孝太郎が発したそのぶしつけな言葉に、ピクリと眉をひそめる。

 苦労、だと? 俺の半生はそんな生易しい言葉で片づけられるものじゃない。


「もう七年も前になるんだね。おじさんが会社から左遷させんさせられて、キミも転校してしまって……引っ越し先も分からなくて、ずっと心配してたんだよ」


(……左遷?)


「おじ様とおば様は元気? 私、おば様の作ってくれたチーズタルトが好きだったのよね~、また是非ご馳走になりたいわ」


「うんうん、アレは本当に絶品だったね! それに夏也のお父さんは僕が最も尊敬する人だ。家庭教師としてまた教鞭きょうべんを取っていただきたいよ。ご両親もこの街に帰ってきてるのかい?」


 明るく話題を振ってくる二人。

 どうやら、こいつらは何一つ聞かされていないらしい。


 白面孝太郎と月影静流。

 この学園……いや、MASKという巨大な帝国における、王子と姫。

 二人は俺の両親がMASKによって誘拐され、拷問された末に殺されたなど……夢にも思っていないようだ。


「死んだよ、二人とも」


「……え?」


 ぼそりと呟くと、二人は笑っていた表情を凍り付かせる。


「過労だった。特に父さんは、俺のために身を犠牲にしてくれてね」


「ご、ごめんなさい! わ……私、そんなつもりじゃ……ッ!」


「いいんだよ、分かってる。知らなかったんだから仕方がないさ」


 そうサ。……知ラナカッタンダカラ、仕方ガナイ。


「なんてことだ。きっと新しい勤め先で苦労されたんだな……クソッ、これじゃウチの会社が殺したも同然じゃないかッ! 夏也、本当にすまない」


 孝太郎は責任を感じたのか、突然頭を下げてきた。


(寝ぼけた奴だ。今更お前がそんなことをして何になる? 殺したも同然だと? ……違う、同然じゃあない。直接お前たちMASKがなぶり殺しにしたんじゃないかッ!)


 頭を下げれば許してもらえる。

 それが最大の誠意と思っている辺り、とんだ甘ちゃんだ。


「おいおい止めてくれ。日本の未来を担う大企業・MASKの次期社長が、こんなところで頭を下げるもんじゃない。だれかに見られでもしたらどうするんだ?」


「し、しかし! ……クッ、いや……そうだな。僕個人がいくらキミに謝ろうと、今更取り返しの付かないことなんだ……」


「ハハ、だからそんなに気にするなって!」


「じゃあ、夏也はいま誰と暮らしているの?」


「街の小さなアパートで一人暮らしだよ。引っ越ししたてで、何もないけどね」


「そうか……。実は夏也、僕はキミにもう一つ、謝っておかないといけないことがある」

 孝太郎は神妙な面持ちになり、隣にいたシズ姉ぇもそれに追従する。


「なんだ? 改まって」


 尋ねると、二人はそそ…と身を寄せ合い、どことなく面映おもはゆい表情を浮かべながら言った。


「僕とシズ姉ぇはさ……今度、結婚するんだ。それを、報告しておこうと思って」


「――……、……なに?」


 孝太郎とシズ姉ぇが、ケッコン? ……ナンダソレハ。


「元々彼女と許嫁だったのはキミだったから、話を通しておくべきなのが筋だと思って。驚かせてしまったかい?」


「い、いや、その……すまん。ちょっと……驚いただけだ」


 落ち着け。

 落ち着け。

 引きつりそうになる表情を押さえ、激しい動悸をどうにか静める。


「キミが引っ越してからさ、シズ姉ぇはひどく塞ぎ込んでたんだよ……。半年くらいだったかな? ずっと家に引きこもって、人と会わない日が続いてたんだ。正直、僕も同じ気持ちだったよ……キミがいなくなることで、僕らの輪は完全に崩れてしまっていた」


「だけどね、いつまでも籠もってちゃダメだって。孝太郎が私に優しくしてくれたの」


 そうして、これまで俺に向けていた顔つきとは全く別の表情を見せるシズ姉ぇ。

 それは明らかに再会の喜びとは異なる、男女の悦びを露わにしたかのような面差おもざしだった。


「……………………だから、つきあうことになった……と?」


 遠くにいる想い人より、身近にいる都合のいい男。

 シズ姉ぇは、そちらを選んだのか?


「キミが転校したせいで、許嫁の関係は途切れてしまっていたからね。僕を恨むかい? キミの花嫁を奪ってしまった僕を」


「……いや、何を言ってるんだ。恨むわけがないだろう? 全力で祝わせてもらうさ」


「本当かい?」


「当たり前じゃないか! むしろ納得、お似合いだよ! MASKのプリンスとプリンセスが結ばれるんだ、最高のシナリオじゃないか! 従姉弟なら何も問題ない」


「でもっ おじさんのことが無ければ……シズ姉ぇはきっとキミと……」


「おいおい止めてくれ。所詮、子供の頃の話だぜ? 今どき幼なじみと結婚する約束なんざ、漫画やゲームの中にしかないファンタジーだよ」


「夏也……あの、私……」


 僅かな罪悪感からか、どこか決まりが悪そうな表情を浮かべるシズ姉ぇ。

 そんな空気を払拭したくて、俺は大仰に演技をして見せる。


「そ・れ・に! さっきの口上こうじょうは何だぁ? ハハッ……漫画の見過ぎだろ。昔の可愛いシズ姉ぇならともかく、こんなじゃじゃ馬娘は、勘弁して欲しいな」


「ちょ、ちょっと……? なにかそれ酷くない!? わ、私だってこう見えても立派なレディなんですからねっ」


「だ、そうだぜ孝太郎? ちゃんと手綱たづなを握っとけよ? 結婚してから主導権握られるぞ」


「は、ははは……うん、努力するよ」


「孝太郎まで! も~~怒ったッ! あんた達ぃ、覚悟なさい……っ!」


 勢いよく両脇に頭を抱きかかえられ、グリグリと攻撃される。

 表向きは乱暴に振る舞いながらも、シズ姉ぇの瞳には微かに涙がにじんでいた。


 ギクシャクした関係なんてだれも望まない。

 せっかく三人が揃えたのだから、昔通りバカ騒ぎをしたい……おそらくはそれが彼女と、そして孝太郎の願いでもあったのだろう。


(ふざけるなよ……! 断じて許すものかッ!!)


 今はまだいい。従ってやろう。

 だが、このツケはあとで存分に払ってもらう……。

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