第57話 殲滅のアクギャクホルム


「走れ、ジャバラの群れがくる!」

「くっそ」

 操縦桿を倒し、ペダルを踏む。だめだ。これじゃうまく走れない。超音速で迫るロクボウの群れが襲い掛かる。イレイザー・ガンを撃たないと……。でも、トリガーは端の操縦桿。いまは走るために、真ん中の操縦桿とその隣のレバーを摑んでいるから、手が足りない。でも、撃たないとやられる。

 退助は鋭い視線で、イレイザー・ガンのトリガーを睨んだ。手が足りなかったら、手以外のものをつかえばいい。

 ──動け。

 視線でトリガーを引く。

 そう。なんで忘れていたんだろう。ぼくは小さいころからいつも、これをやっていたじゃないか。手が届かない高い場所や、鍵のかかった戸棚の奥にあるものを動かす時に、目で見て動かしていた。そのうち、見なくても動かせるようになった。強い力はないけど、手のように使えた自分の小さな力。やがてぼくはそれをスプーンを曲げるなんて下らないことに使ってしまったけれど……。


 ぱぱっと閃光が走る。

 迎撃のビームがハリネズミのようにアクギャクホルムを彩り、周囲でいっせいにロクボウが爆裂する。

 つぎつぎと六つの操縦桿を操る。手を持ち変えるのがめんどくさいし、間に合わないので、もう念力で動かす。その方が速い。


「走れ。山を越えろ。そして、飛べ! 津軽海峡を越えるぞ」

 興奮した孔冥が声を上げる。まるで退助が馬で、孔冥が騎士のようだ。命じられるまま、木々をなぎ倒して尾根を駆け、山嶺を飛び越える。行く手に海岸がみえ、そのさきは海。対岸は沈没から逃れた函館周辺。そこには地平を覆う雲のようなクボウの影が見える。

 跳べと言われて飛べる距離とは思えない。だが。

 飛ぶしかない。

 腹をくくった退助はペダルを踏み込み、残りのペダルは念力で踏んでアクギャクホルムを飛翔させる。

 反重力の落下感が上下逆さまに来て、退助たちはに落ちる。さらに、アナルマント・フィールドを薄く横に展開して翼にする。

 パープルの力場がアクギャクホルムの背中から海鳥の翼のように広がり、一気に空へと持ち上げる。

「見て」

 いきなり後席から腕を伸ばした孔冥が、子供みたいな声を上げて天を指さす。

「蝕!」

「あ、ほんとだ」今はそれどころではない。だが、いま惑星ラクシュミーが太陽に重なり、その光を遮っている。そっちがその気なら、こちらはいつでも応じてやる。

 舐めんなよ、ジャバラ!

「よし、退助。この暗き闇を奴らへのはなむけにしてやれ」

「おおせのままに」

 ちかっと光った。行く手のクボウの一部。

 はっと息をのむ瞬間、退助の心が操縦桿を操る。

 アクギャクホルムが空で螺旋を描き、クボウが放ったアナイアレイターを躱す。

「やる気だな、クボウめ」

 退助は舌なめずりする。

 敵は直径二十キロの巨大さ。だが、武装では負けていないはず。

「距離をつめろ、退助。クボウのアナルマント・シールドの裏側へ入り込むんだ」

「了解」

 退助はアクギャクホルムを海面ぎりぎりまで降下させる。反重力とアナルマント・ウィングを全開にして、超音速で迫る。周囲で噴き上がる水蒸気。蝕の薄闇のなか、海面が超音波を受けて白い蒸気を噴き上げる。その白煙を纏いながら、淡く光る力場の翼を全開にして、一気に迫る。

「ニトロ・アジャテイター」

 冷静に照準しながら、トリガーを引く。富士山を吹き飛ばした赤い槍がクボウに突き刺さる。

「オキシジェン・ブラスター」

 酸素を核融合させる気体兵器が、クボウの巨大な機体表面をつぎつぎと叩き、ぼこぼこに凹ませる。

「これなら、どうだ。ライジング・サン」

 胸の装甲をひらき、フクロウの目のようなレンズから放たれる核融合砲弾。小型の太陽がふたつ生み出される。

 大気を爆裂させ、飛翔する白い閃光が、蝕に暮れた夜を昼間のように照らす。白熱する光弾が亜音速で走り、ジャバラの超大型侵略兵器に突き刺さった。

 一瞬の沈黙。

 そして、巨木が倒れるようにゆっくりと、函館があった大地に居座っていた巨大な金属の円盤は、二つに割れて崩れ始めた。




 退助は満足そうにつぶやく。

「どうだ、異星人め」


 孔冥は機嫌よく言い捨てる。

「ざまぁみろ」





                  <完>

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殲滅のアクギャクホルム 雲江斬太 @zannta

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