第55話 反撃のレイプ



「何ですか、これ?」

「反重力だ。ジャバラの力場に捉えられた。着床成功といったところか」

「ここは、何なんですか?」

 周囲は真っ暗。しかも、うねうねとうねるようなおかしな揺れ方をしている。そしてたまに、がこん、がこんと金属がぶつかるよう耳障りな音が響いていた。

「コネクトしたな」キーボードを叩く孔冥の指の音。「ここはつまり、ジャバラの子宮の中さ。奴らの秘所にぶちこんで、これから熱い精液を中にぶちまけてやる。中出しレイプで孕ませて、悪魔の子を産ませてやるよ」

「孔冥さん、下品です」

「最初に蹂躙されたのは僕たちだ。だから、おかえしに奴らの身体を凌辱してやるんだ」

 操作パネルのひとつに、ぽっと灯がともり、ゲージが表示される。左から緑色の部分がにゅるにゅると伸びていくゲージの下には、のこり七分という表示があった。

「七分!」孔冥が驚愕の声をあげる。「たった七分でできるのか? 嘘だろ、それ」

「なにが、七分でできるんですか?」

「アクギャクホルムだ」

「え?」

「ジャバラは金属生命体だ。すべての機体が金属細胞でできている。おそらく惑星ラクシュミーが主生命体で、その体組織としてテンクウがある。人間に当て嵌めると、ラクシュミーが人体。テンクウが四肢。クボウが指。ジッカイならせいぜい爪といったところだろう。そのスケールなら、セイレイやシュンビンは体内組織。ブシは免疫機構だ。あれらはすべて、ひとつの生命体の一部でしかない。各侵略兵器は細胞の一個一個なのさ。だから、その遺伝子データをすべての機械がもっている。人間と同じさ。それをいま、このヴァイラス・ゼロは搭載し、ジャバラの子宮に入り込み、奴らの兵器を、そのデータを読み込ませて、奴らの子宮で作らせている」

「そんな作戦を……」

「奴らの遺伝子データになにが書いてあるのかは、さっぱり分からない。だが、そこにはジャバラのデータのすべてが書き込まれている。ヒトゲノムと同じさ。だからブシから採取したデータで活性化している部分と、セイレイから採取したデータで活性化している部分を突き合わせると、どのパートがなんの設計図であるかが分かってくる。あとは暗号解読の要領さ。東京国立博物館にいる僕の同級生に暗号解読の天才がいて、彼の協力でやつらの遺伝子データを解読したのち、その設計図データを組み合わせてカスタマイズし、オリジナルのジャバラをデザインした。その名もアクギャクホルム」

「オリジナルのジャバラ? ジャバラを造ろうっていうんですか!?」

「その通り。敵のジャバラに、こちらのジャバラをぶつけてやる」

「そんなこと、簡単にできるんですか?」

「この機体はウィルスヴァイラスだ。ウィルスは自分の遺伝子データしか持っていない。そのくせして、人体に入り込み、人間の生体メカニズムを使って勝手に自分たちのコピーを作り出す。そして、種類によっては人間を殺すこともある。感染力の強いものは、世界的に蔓延し、地球規模の被害を引き起こしもする。ジャバラにしてみれば、僕たち人類は塵みたいな存在だろう。だが、その塵みたいなウィルスが、人体に入り込んで人を殺すことすらあり得るのだ。僕たちは奴らにとっての殺人ウィルスさ。システムに入り込み、勝手に書き変え、最強の兵器を作り出してやるのさ。最強のボディーに最強の武装。まさに悪魔の申し子だ!」

「そんな危険な兵器、暴走して人間に襲い掛かったりしないんですか?」

「インプラントを使う。このヴァイラス・ゼロというコックピット・システムを最初に埋めこみ、そのうえにアクギャクホルムの金属細胞を生成させる。すなわち異物の上に組織を積み上げて融合させるのさ。つまり、どんなジャバラよりも強い超兵器を造り、それを人間が操縦してやろうというわけさ」

「あの、その操縦って……まさか、ぼくが?」

「アクギャクホルムなんて怪物を操れるのは君しかいない。だって、操縦桿が六つもあるんだぞ。人間の手は二本。六つの操縦桿をどうやって同時に操るんだ?」

「いや、それ。……できなくないですか?」

「君は超能力者だろう? だったら、念力であやつれ!」

「無茶だ! そんなの無茶だ!」

 ブーブーとビープ音が鳴り響く。孔冥の無茶ぶりに対する不正解の警告音かと思ったらちがった。

「出来たぞ」

 嬉々として叫ぶ孔冥。彼女は、頭がおかしい!

 がこん!という落下感覚があって、コックピットが滑りだした。

「排出される。スタンバイしろ」

「スタンバイって、なんの?」

 言い返すが、落下は止まらない。

「悪魔の子が産み落とされる! いくぞ、退助!」

 ぱっと周囲が明るくなった。全周パネルが空を映し出す。真上に大地。すごく近い。いま自分たちは頭から真っ逆さまに墜ちている。そう気づくのと、コックピットの左右に巨大な腕があることに気づくのが同時だった。

「なんだ、これ」

「いいから、制動かけろ。墜落するぞ!」

「でも、どうやって?」

「僕が知るか。反重力とか使えよ」

「他人事かよっ!」

 手あたり次第操縦桿を動かす。

 全周パネルの下の方で、巨大なアームが動き、鋭い爪が宙を掻く。さらに巨大な紫色の胴体が身をよじり、下半身にある巨大な両脚が見える。人型か? そう思ったら、股間から長い尻尾が飛び出す。

 トカゲ? 恐竜?

 そんなことを考えつつ、めちゃくちゃに踏んだペダルのひとつが反応した。

 ぐぐっと落下がおさまる。ついで、コックピットが大きく後ろに傾き、世界そのものを揺するような振動と唸りが退助の身体をつきあげる。

「なに? なに?」

「吠えているぞ!」後席の孔冥がげらげらと笑う。「アクギャクホルムの雄叫びだ」

 紫色の怪物が、両脚を下にして落下する。きらきら光る金属の身体。太い腕と太い脚。尻尾をふりあげ、まるで重さがないかのように着地した。

「撃て、退助。ジッカイを粉砕しろ」

 言われて退助が視線をあげると、真上から真正面にかけて。山の上に尊大な態度で浮遊するジャバラの侵略兵器が目に映る。直径二キロのジッカイ。強力な破壊兵器。

 ふぃーんという唸りとともに、アクギャクホルムの両肩装甲が開き、虫の蛹みたいな形の砲塔が姿を現す。ガトリング砲のような複数の銃口をもつ禍々しき破壊器官は、退助が摑む操縦桿のトリガーに反応して、エメラルド・グリーンのビームを放った。

 近距離破壊に適した『アナイアレイター』。核力消去の破壊兵器。放たれたビームは、ジッカイのアナルマント・シールドを突き抜けて、巨大な円盤に孔を穿った。強烈なビームが装甲を炙り、ジャバラの機械が熱を受けたチーズのように沸騰し、溶け崩れてゆく。

 とたんに、巨大な金属円盤が大きく傾いた。

 後席で孔冥が喝采をあげる。

「ヒャッホォー!」

 と、同時に周囲の森から無数の飛翔体が離陸する。

「くるぞ、ロクボウだ。やつらもアナイアレイターを装備している。注意しろ」

「って、言われても」

 ばっと周囲が閃光に包まれる。まるで光の滝つぼに落ちたよう。ロクボウのアナイアレイターを全方位から喰らったようだ。

 だが、機体はびくともしない。コックピットのシートは振動すら伝えてこない。

「ふん、アクギャクホルムは三重のアナルマント・シールドを装備しているからな」

 孔冥が嘯く。

「だったら、最初から言ってくださいよ。死ぬかと思った」

 退助はこぼしながら、周囲に目を走らせる。

 全周パネルの中に無数のカーソルが動き、何十という六角形が、飛翔するロクボウをつぎつぎと捉え、ロツクオンしてゆく。

 ──行ける。

 退助の中の何かが告げている。

 彼は迷わず、別の操縦桿のセイフティーを外す。

 一瞬のうちに、アクギャクホルムの全身から、無数のハッチが開いていっせいに発射装置が飛び出てくる。これはイレイザー・キャノン。一度見ているからよくわかる。退助はためらうことなく、トリガーを引いた。

 ぼっと音を立てて全周スクリーンがグリーンの光に満たされる。いっせいに走った何十もの光輝が、一瞬のうちに上空にいたロクボウを全滅させた。

「よし! 退助、反撃の来ないうちに、ジッカイにとどめを刺せ」

「はい! これでも喰らえ!」

 跳躍し、反重力の飛翔でジッカイの外部装甲に飛び掛かったアクギャクホルムが、太い腕を槍のように突き出す。

 紫色のきらきら光る金属に覆われた拳が、ジッカイの黒い結晶化装甲を殴りつけ、三重のクレーターをつくって大穴を穿った。

 孔冥の哄笑がコックピットを震わせる。

「その調子! ブチかませ!」

 ──どれだ? アクギャクホルム。

 退助は操縦パネルを一瞥する。はっと目を引くひとつのスイッチ。

 迷わずそれを入れる。

 正面パネルに六角形の照準レティクル。下に短いゲージ。そのゲージがにゅーっと伸びてフルになる。エネルギー充填チャージ完了。発射OK。

 退助はトリガーを引く。

 コックピットのすぐ下から、血のように赤いビームが放たれた。ゼロ距離射撃。ビームの奔流が、山を赤く染める。

「ニトロ・アジャテイターを、こいつは口の中に装備しているようだな」

 孔冥が興奮してまくしたてる。

「喰らえ、ジャバラ。お前らが富士山を粉砕した、おまえら自身の破壊兵器の威力を思い知れ!」

 深紅のビームを喰らった直径二キロのジッカイは、まるで野球ボールの直撃を喰らった花瓶のように砕け散った。四散し、燃え落ちる破片は火を放ち、吹き飛ばされた装甲は隕石のように煙を放ちながら放物線を描いて海の方へ飛んで行く。

 富士山を粉砕する兵器である。たかが直径二キロの円盤を粉々にするなんて造作もない。

 亜音速で飛び散る破片の返り血を受けて、アクギャクホルムのアナルマント・シールドが発光するが、悪魔の申し子は微動だにしない。

「よし。このまま一気に函館のクボウを攻めるぞ」

「え? クボウをやるんですか? でもあれ、直径二十キロですよね」

「もともと狙いは函館のクボウだ。あいつをぶち壊すのが僕の目的さ。やっちまおう。なにが直径二十キロだ。デカきゃいいってもんじゃない。大きい分だけ壊しがいがあるってもんだ」

 ピーピーと警告音が鳴っている。

「青森全域のジャバラが集まってきているな。こいつは歌を歌ってないから、敵だと認識されたらしい。まるでスズメバチの巣を突ついたような騒ぎだ。退助、もう後には引けないぞ。このコックピットに出口はない。奴らが全滅するか、僕らが野垂れ死ぬかするまで、この戦いは終わらない。逝くぞっ!」

 退助は周囲を見回した。

 大地という大地。海という海から、ジャバラの飛翔体が飛び立ってくる。山も森も、無数の多脚戦車が高速進撃しており、うねるように揺れている。ここは敵陣のただ中。もう殺るしかない。

「うおぉぉぉぉぉぉっっっっ!」

 退助は吠えた。

 それに感応して、アクギャクホルムも吠える。

 ──やってやろうじゃないか!


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