第54話 ヴァイラス・ゼロ


「そろそろ行けるか?」

 黒崎がインカムで訊ねてきた。

 ポーラスターはいま街道を走っていた。その荷台に搭載された反撃兵器ヴァイラス・ゼロのコックピットには退助と倉木が入っている。

 コックピットでは、全周モニターが、周囲の景色を肉眼で見たよりも遥かに、そして鮮明に映し出していた。

 足元にポーラスターの荷台があり、左右には走る森の景色。空の青はどこまでも澄んでいる。白い雲と天高く光る太陽。それに喰いついている惑星ラクシュミー。

「じゅうぶん距離は詰められました」倉木が冷静に告げる。その声がすこし緊張している様に聞こえるのは、退助の気のせいか。

「んじゃあ、ここでお別れだな。退助、倉木。幸運を祈ってる」

「ええ、黒崎さんも、ここまでありがとうございました。わたしたちが発進後は、車をとめてUターンしてください。慎重に進めば、神奈川まで安全に帰れるはずです」

「ああ、そうだな」

「Uターンしてくださいよ」

「わかってるよ」

 ちょっと笑って黒崎が応える。

「じゃあ、いきますよ」倉木が別れの言葉を告げ、退助に命じる。「退助くん、発進するから操縦をお願いします」

「あ、はい。あの、やっぱぼくが操縦するんですよね?」

「あなたの方がうまいと思うけど」

「ええ。それれはいいんですが、これ、操縦桿が六つもあるんですが」

「真ん中のやつ、右端から三つ目を使って」

「はい。でも、なんで六本も……? えーと、スロットル・レバーは?」

「ないわ。これってミサイルと一緒だから、スロットル調整なんてしないの。発進して全開で目標へ突っ込むだけ。いらないでしょ、スロットル・レバー。フル・スロットルしかないから」

「はあ、まあ……」

「じゃあ、出発します」

 倉木の言葉にかぶさって、警報が鳴り響いた。操縦パネルのひとつが赤い点滅を開始する。

「敵だ。ジャバラに見つかった」黒崎の声。「歌が変わったな。融通の利かない奴らだ。ちょっとくらい大目に見てくれてもいいものを。まったく白バイ警官みたいな奴らだよ」

「発進します」倉木が早口に叫ぶ。「黒崎さん、ここまでありがとう。幸運を」

「ああ。倉木、面白い作戦に参加させてくれてありがとな。退助、頼むぜ。奴らに目にもの見せてくれ。じゃな、二人とも、グッド・ラック!」


 どん!という衝撃がコックピットを貫いた。ついで強烈なGがかかり、退助はシートに押しつけられる。声も出せない加速度。息をつめ、ひたすら耐えたのち、ふっと楽になる。

 思わず閉じていた目をあけると、周囲は空だった。はるか下に地上の街、だがすぐにそれは細かく波打つ海面に変わる。

「マーカーを見てください、退助くん」倉木の声。「目標は左ですから」

「はい」すかさず操縦桿でコースを修正する。速い。ロケットのように速い。

「退助くん、この機体は──」

「あの」

「なに?」

「退助でいいです。あと、敬語もやめてください。この期に及んで」

 倉木がふいに笑い出した。

「そうだね、二人は一蓮托生。呉越同舟。いま僕たちは死神の寝床に同衾している仲だからね。ここからはタメ口でいかせてもらうよ、退助」

「倉木さんも、ぼくに下の名前を教えてくださいよ」

「僕? 僕の下の名前?」彼女はからからと笑いだした。「クラキが下の名前だけど」

「え? 苗字じゃないんですか?」

「僕の苗字は千石孔せんごくこう、名前はくらきだ」

「ええっ!? あなたがあの千石孔博士なんですか? 女子なの?」

「女子なの?じゃなくて、こんなに可愛い女子なの?とそっちに驚け。が、まあ無理もない。僕は顔出しNGの科学者だからな。可愛いといろいろ大変だろ。そんなことより、退助。ジャバラが来るぞ」


 操作パネルが赤く点滅し、接近するジャバラの群れを表示している。もの凄い数、そしてもの凄い加速力。このままだとあっという間に追いつかれる。だが。

 画面の中に別の反応。白い円が、ぱっと花開いたように弾ける。

「ん?」

「黒崎さんだろう。敵を引きつけるために、電磁爆弾を使ったんだ。自らを囮にして、僕たちを行かせるつもりだな」

「でも、そんなことをしたら、自分がジャバラに……」

「彼は彼の信念を貫いて戦っている。僕たちは僕たちのやるべきことに集中しよう」

 画面の中で、敵の反応が反転し、陸地で電磁波を派手に発しているポーラスターへと向かい始める。

「だからくらきさんは、黒崎さんにUターンしろって言ったんですね」

「しないと思ったがな。あと、親しい人は僕のことを孔冥と呼ぶ。退助、君もそう呼びたまえ」

「え? あ、千石孔の孔と、クラキの冥で、孔冥ですね。はい、では孔冥さん、いえ孔冥。ぼくら、もうすぐ陸奥湾を越えます」

 本州の最北端、マサカリのように突き出した半島が抱える海は陸奥湾。これを一気に飛び越えれば、そこは半島の先端。そこには目的地である恐山がある。

 あっという間に迫る陸地。その奥にある山脈。その上に横柄な態度で横たわる直径二キロの八角形円盤。ジャバラのジッカイ。

「このまま突っ込めばいいんですか?」

「いや、まて」

 全周パネルの中でカーソルが動く。

「相手は核ミサイルも通用しない侵略兵器だ。このままこの機が突っ込んだって、雨粒があたった程度のダメージしか与えられない。僕たちがやるのは、もっと嫌らしい攻撃さ。……見つけた。あれだ」

 カーソルが固定される。

 退助はその位置を見つめるが、距離があり過ぎてなにがあるのか分からない。いや、まて。あれは開口部か?

「ジッカイの中に入り込むんですか?」

「H・G・ウェルズの小説『宇宙戦争』では、火星人は地球の細菌によって絶滅する。それにならって僕らは、奴らの体内に入り込み、ウィルス攻撃を仕掛けるわけさ」

「コンピューター・ウィルスを仕込むってことですか?」

「ちょっと違う」孔冥がくくくくと喉を鳴らす。「もっと酷いことをしてやる」

 ヴァイラス・ゼロがジッカイに接近する。周囲の陸地から何機ものロクボウ、セイレイが迎撃に飛び立ってくる。

「見つかりました」

「だいじょうぶ。この距離なら、ジッカイに当たるから攻撃はこない。そして、ジャバラのセキュリティはざるだ。僕たちのことなんか、宙を舞うスギ花粉程度にしか思っていない。だったら、思いっきり吸い込まれて、奴に盛大なクシャミしてもらおうじゃないか」

 退助は操縦桿を操り、ヴァイラス・ゼロをジッカイの陰に回らせる。さっと日が翳り、辺りが暗くなる。

 でかい。

 直径二キロのジッカイは、近くで見るとさらに大きい。まるで空に浮く大都市だ。そして、その一角にぽっかり口を開く、ビルディングがすっぽり入るような大穴。あそこから中に入るのか。

 すでにロクボウもセイレイも追ってこない。そのくせ、なにか特別な警戒装置があるわけでもない。

 退助は思い切りよく操縦桿をひき、超音速で飛行する機体を、弧を描いてジッカイの下部に開いた開口部へと突っ込ませた。

 さっと周囲が闇に包まれ、機体は八角形の巨大な穴に飛びこむ。内部には等間隔に青いライトが光り、不規則に点滅している。後席でカチャカチャと機械を操作していた孔冥が、シートごしに腕を伸ばして指さしてくる。

「あそこだ。あの腕みたいなやつがある根元の穴へ」

「怖いっすよ」

 異星人の巨大な飛翔体、直径二キロもあるジッカイの内部へ入り込み、さらにその中にある穴に飛びこめと言われて怖くない人間はおるまい。

 が、いまさら怖いからといって許してくれる孔冥でもない。

「穴があったら入りたいと思うのが男というものだろう!」

「この場面で下ネタ出してくるあなたのセンスが信じられない!」

 言い返しつつも、もう燃料がない。このまま無意味に落っこちるのも嫌なので、指示通り穴に突っ込む。

 その瞬間、おかしな感覚が退助の身体を包み込んだ。


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