第53話 孔冥と秀吉 別れ


「孔冥、神波羅少年を見つけた。まだ実際そこにいるか確認は取れていないが、相模原の避難所にいるらしい。すぐに迎えに行かせるよ」

「ヴァイラス・ゼロの方は準備できているのか?」

「完璧だ。そちらはすでにポーラスター号に搭載済み。無人戦闘機の準備も出来ている。そっちは?」

「ジャバラの遺伝子データをだいたい解析できた。といっても、何が書いてあるかは皆目見当もつかないが、どこにどんな内容が書かれているかはあらかた予想できている。100パーセント上手くいくかと問われたら、実際には大失敗だったということもありえるが、僕は成功すると信じているし、無理でも何でも成功させるつもりでいる」

「孔冥、おまえ、やはり自分で行くつもりか?」

「そうだ」天才科学者は神妙な顔でうなずく。「僕でなければ扱えないし、きちんと扱えなければ意味がない」

「死ぬかもしれないんだぞ」

「いや、絶対に死ぬな」

 自分で言って自分でからからと笑う。

「お前に死なれたら、このあとの異星人対策はどうなる? だれがやるっていうんだ?」

「もう対策立てている段階ではないだろう。あとは滅亡するのみ。ならばその前に、一発敵にお見舞いしてやる。それで最期だ。それで最期でいいんじゃないか」

「しかし」

 逡巡する秀吉に、孔冥はすっと右手を差し出した。

「いままでありがとう。こんな気難しい僕と友達つき合いしてくれて。今回の事でも、君には本当に世話になった」

 秀吉はあきらめたように孔冥の手を握り返す。

「こっちこそだ」

 ひさしぶりに握る親友の手は、記憶よりもずっと小さかった。もみじのように小さい手。赤子のように柔らかく、細い指。

「じゃあ、行ってくる」

 孔冥はレバーを動かすと、座っていた車椅子を後退させた。モーター音を響かせて机の向こうでUターンし、ドアへと向かう。

「秀吉、ありがとう。僕に孔冥というあだ名をつけてくれて。実際には、孔明じゃなくて、孫臏そんぴんなのにな」


 孫臏そんぴんとは、中国戦国時代の伝説的な兵法家である。

 孫臏は若いころ足切りの刑に処され、孔冥と同じく、両脚が不自由だったという。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る