第51話 ポーラスター 交戦
このままじゃあ、やられる……。
退助は機体をさらに反転させ、操縦桿をめいっぱい引いてライトニング・ゼロを海に向ける。高度をぎりぎりまで下げ、海岸沿いの道路標識がはっきり読めるくらいまで地面に近づく。
海風と山からの吹きおろしが複雑に絡み合い、うねるような乱流が退助の機体を翻弄するが、それでも恐れず、さらに高度を下げる。彼をおって高度を下げたジャバラのセイレイも、おなじように北国のつよい海風に振り回されている。
ジャバラの飛翔体は反重力で稼動しているため、驚異の運動性を有すると聞いたが、だからといって風の影響を受けないわけではない。さらに、宇宙を渡ってきたジャバラに空力という考え方がどれほどあることか。
もちろん宇宙は広い。地球よりもはるかに強い風が吹く惑星もあったろう。だが、その惑星に降りて、低高度で複雑な地形から生まれる乱流の中で精密な空戦機動を要求されたことはないはずだ。
ジャバラの軽捷な飛翔体セイレイですら、荒れ狂う突風の中では、まるでセンサーの壊れた自動扉である。閉まっていいのか開いていいのかわからず、開閉を繰り返す馬鹿な機械。そんな様子で、退助の後方をふらふら追尾し、頭部の光線兵器の発射管を右にふらふら左にふらふらさせている。
──よし。
退助は心の中でつぶやいて、さらに高度を下げる。
突風に煽られるのは退助も同じ。いや、退助の方が酷いといえよう。だが、どうだろうか? 退助はドローンの操縦が得意である。小型の物は地上から目視で、大型の物は装備されたカメラで機体の状態を把握し、強い風の影響をローターで相殺しながらコントロールするのが基本だ。
風は見えないし、向きも強さも一定しない。だから、突風に煽られてドローンが大きく流される。そんなことも多々ある。特に最初のころは。
風は見えない。だが風は読めるのだ。
空を飛ぶ鳥の姿勢。ゆれる木々の木の葉。波打つ送電線。さざ波に震える海面。これらに注目すれば、見えないはずの風を読むことが出来る。しかも、いつ、どこで、どの方向に吹くかを予測することもできるのだ。
退助はさらに高度をさげ、スロットルをめいっぱい開いた。
腹で地面をこするような低空で飛行する。そこから海風にのって一気に旋回。山の斜面を駆け上がり、ロールして背面飛行で山の稜線を越え、バク転するように向こう側の斜面へ飛びこむ。すかさずロール。機体の上下をもどし、樹冠をかすめるように斜面を駆け下る。
セイレイは追ってこない。ついて来られないのだ。
乱流に阻まれ、それを乗り切ることが出来ない。その上、上昇して高高度から追尾するという頭もないらしい。ジャバラの知能は三歳児なみだ。自分で考えて、工夫するということはできないらしい。
「退助くん!」倉木の悲痛な声。「別の飛翔体がポーラスターに接近してきてる。ロクボウ一機、セイレイ七機。超音速!」
「すぐにもどります。ポーラスターの方位は分かりますか」
「ごめんなさい。GPSが使えないから分からない。いまそっちはどこにいるの?」
それを訊かれても分からない。いまはカーナビもデータリンクもつかえないのだ。考えて見ればナビもマップも随分と便利な道具であったなと思う。
が、退助は画面に表示されている距離計に注目する。多少不正確ではあるが、この数値はポーラスターとライトニング・ゼロの距離を現している。通信の到達時間でそれを計測しているのだ。
退助は機体を旋回させ、距離系の数値が変化しないコースを探す。
距離が変化しないということは、いま機体はポーラスターとほぼ直角に飛行しているはず。そこから、距離が縮む方へ九十度ターン。距離計の数値の、もっとも減りが速い方向。そっちにポーラスターはいるはず。
「といっても、ぼくもそこにいるんだけどね」
退助はポーラスターから遠隔操作でライトニング・ゼロを操っているのだから。
「来てる」
倉木が声を上げる。天井の上を、なにかが音速を超えたスピードで通り過ぎて行くのが、退助にも分かる。間に合うのか?
操縦桿を握る退助は、前方を睨む。
「見つけた」距離がある。が、こちらもすでに音速を超えている。スロットル・レバーのアフター・バーナー・スイッチを入れ、機に最大加速の鞭を入れる。
「機銃ってどう撃つんでしたっけ?」
「操縦桿の親指位置にあるセイフティーを外して、トリガーを引け」
運転席の黒崎がインカムで応える。
退助は言われたとおりに操作。画面に照準サークルが表示される。当たるかどうかわからないが、飛翔するロクボウを狙ってトリガーを引いた。赤い光を放つ曳光弾が空を走り、巨大な飛翔体ロクボウの銀色の機体に命中するが、その装甲によって豆つぶてのように弾かれる。
全然効いていない。が、敵はこちらの接近に気づいた様子。目的は果たした。
亜音速で飛翔する六枚翅のロクボウが、空中で横回転してこちらに向く。
退助は反射的に操縦桿を引いていた。自分でも分からないうちに、身体が勝手に反応。ばっと緑色の閃光が走り、ロクボウの放つ光線兵器が空を薙ぐ。退助の反応が百分の一秒でも遅れていたら、今のを喰らっていたところだ。
ざっと背中に鳥肌がたつが、手は落ち着いて操縦桿をあやつる。目立つように旋回して、上空のロクボウ一機とセイレイ七機を引きつける。
敵の編隊が、標的をポーラスターからライトニング・ゼロに切り替えたことを確認し、急降下する。だが、ちらりと見えた空は大変なことになっていた。
周囲から、黒い機影が上昇しはじめたのだ。その数、あまりに多く、まるで大地に降り注ぐ雨滴の数のようだ。わっとばかりに飛び立った敵の飛翔体は、立ちのぼった山火事の煙のように空を覆って辺りを暗くするほど。その敵の群れが、いっせいに退助のライトニング・ゼロめざして襲撃を開始した。
だが、退助はあきらめない。高度を限界まで下げ、市街地の幹線道路にそって飛行する。着陸脚を下ろし、エアブレーキで速度を殺しながら、放置された自動車を避けて着陸した。荒れた路面を走行し、すばやく周囲を見回す。どこかに隠れられる場所はないか?
だが、ジャバラの飛翔機械の運動性能は退助の常識をはるかに凌駕していた。
はっと気づいたとき、真正面に二枚翅のセイレイが降りてくる。落っこちてきたような速度で姿を現した銀色の巨大な機械は、胸から赤い光線を放ち、その一撃でライトニング・ゼロの機体を切り裂いた。
粉々にくだけた金属片が、砂煙のように舞い上がる。
「イレイザー・キャノンか」
呻くような倉木の声。
「コントロールが……」
退助はライトニング・ゼロをふたたび離陸させようとするが、機体がまったく言うことをきかない。
「カメラには映っていませんが、おそらくライトニング・ゼロの機体は後ろ半分が消失していると思います。あれはイレイザー・キャノンというジャバラの兵器で、個体の分子結合を阻害する量子砲です。喰らったらひとたまりもない」
退助はあきらめて操縦桿から手を離した。
「すみません」謝ってコックピットを出る。そとでモニターを見ていた倉木が「いいえ、上出来です」と慰めてくれた。
「ああ、さすがだよ」インカムで黒崎もフォローしてくれる。「空自の
「ジャバラの飛翔体、巡回飛行に移行」
倉木の声が冷静に響く。
「危機は去りました。それに、いまの接触でいいものも手に入りました」
「いいもの?」倉木の笑顔にちょっと驚き、退助はその理由を知りたくなる。「なんですか、それ?」
「ジャバラの歌です」
倉木は口角をあげて微笑む。その笑顔は、人間を騙してその魂を手に入れたときの悪魔のようであった。
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