第50話 ポーラスター 青森


 ポーラスターは北上をつづけていた。

 途中のパーキング・エリアで退助と運転を変わった黒崎が再びステアリングを握り、東北自動車道を時速百五十キロで高速走行している。朝食は走りながらとり、途中二度のトイレ休憩をはさみ、陽が高くなるころには宮城県を抜けて青森県に入っていた。


「昼食は最後の食事だから、ゆっくり上手いもんでも食いたいところだが、青森も弘前も、中国によるジャバラ攻撃の報復によって壊滅させられてるからな。瓦礫の荒野らしい」

「蝕も近いんじゃないでしょうか」

 後席の倉木がつげる。

 黒崎は確認のため首を伸ばして空をのぞく。退助もそれにならった。


 中天にのぼろうという太陽。それに追いつこうとレモン色の巨大な惑星が迫っている。ふたつの天体が重なるまでに、そう時間があるようには見えなかった。

「ジャバラの反応も多いです」倉木がインカムで冷静に伝達する。「このまま走り続けましょう。食事はわたしが用意します」

「え、ここで作るんですか?」

 ちょっと驚いて退助が声を上げると、インカムから挑戦的な倉木の声。

「お湯を注ぐだけですが」

「あ、カップ焼きそばある?」

 すかさず黒崎。

「カップ焼きそばはありますが、お湯を捨てなければならないので」

「窓から捨てればいいじゃん」

 インカムから声は流れなかったが、むっとした気配がびんびん伝わってくる。

「あ、じゃあ、お湯を捨てる時だけちょっと止まってくれたら、その間に道端にぼくが捨ててきますよ」

 退助が気をつかったが、倉木は拒絶する。

「いえ、バケツがありますからそこに捨てます。どうぞ、お二人は車を走らせ続けてください」

「ま、細かいことは、じっさいに昼飯の時に考えようや。それより、そろそろ青森だ。東北自動車道のエンドだぜ」


 東北自動車道は青森インターチェンジで終了となる。

 道路はもうずっと前から緑の森にかこまれた山の中を縫うように進んでおり、ひさしくビルの姿はみていない。

 退助たちはインターチェンジを出た場所で一旦停止し、そこで昼食とした。黒崎はそこで念願のカップ焼きそばにありつけ、大喜び。倉木が作ってくれたカップ焼きそばを受け取った彼は、満面の笑みで割り箸を割った。


「で、結局お湯はどうしたんですか?」

 退助がたずねると、車椅子で移動してきた倉木が、黒崎にマグカップを渡す。

「この商品は、捨てるお湯で作れるわかめスープが同梱されていたので、わたしが作りました」

「いや、作ったってほど作ってねえだろ」倉木の女子力を揶揄しながらも、黒崎はうまそうにスープをすすり、舌鼓を打つ。「うんめえー」

 黒崎の揶揄を聞き流した倉木は、退助にたずねる。

「神波羅くんは、カレー味とチリトマト味とトムヤンクン味。どれがいい?」

「あ、じゃあチリトマトで。あと、ぼくのことは退助でいいですよ。黒崎さんみたいに呼び捨てにしてください」

「そう」無感情に倉木はうなずき、シートの間の狭い空間で器用に車椅子を反転させる。「じゃあ今から退助くんって呼ぶわ」

「いや、退助なんか、呼び捨てでいいんだよ」

 焼きそばを口いっぱい啜りながら、黒崎が勝手な許可を与えている。

 ま、もちろん呼び捨てで構わないのだが。そう思ったとき、警報が鳴り響いた。


「おいでなすったか?」

「ジャバラです」管制室についた倉木が淡々と伝える。「セイレイ、四機。上空より接近。見つかったようです。識別信号を照射されています」

「退助、チリトマトはおあずけだな。コックピットに入ってくれ、ライトニング・ゼロを飛ばせ」

「ごめんなさい」倉木が小声で謝る。「焼きそばとチリトマト、いっしょに作れば良かった」

「べつにここで死ぬわけじゃないですから」通路を後ろへ走りながら、退助は倉木の小さい肩を叩いた。コックピットへ滑り込み、パワーボタンを押す。


 ドーム型の画面に光が入り、ちょうど開いている途中の、荷物室のカバーが見えた。

 黒いカバーが動き、その向こうに蒼く輝く空が現れる。天に太陽。それにかぶさろうとする惑星ラクシュミー。

 画面の中、空の一角に青いカーソルがいくつも重なって表示されている。おそらくは敵の反応。ジャバラの飛翔体、二枚翅のセイレイ四機。いま奴らは、敵味方識別信号をこちらに照射して返答を待っている。が、こちらはその信号に返答することはできない。返事をしないポーラスターを敵とみなしたセイレイ四機は、列をなして垂直効果してきた。

 急がなければならない。

 退助はスロットル・レバーを引いて、スラスターを全開噴射する。

「出ます」

「お願いします」

「任せたぜ」


 ふわりと視界が動いた。荷台からライトニング・ゼロが飛び立ち、後ろの方から起動音が響いてくる。コックピット・システムにつく退助の身体は地上だが、彼の心は遠隔操作の無人機とともに空へ登ってゆく。


 スラスターで荒っぽく垂直急上昇。足元に、走るポーラスターのルーフが見えるが、上昇にともなって姿を消す。噴射の方向を変えて、水平飛行に。操縦桿を引いて、いっきに高空へ駆け上がる。周囲の森がさがり、機体は空へ駆け上がる。


 森の向こうに海が見える。そのさらに向こうに半島。その半島の山の上に、雲にかくれてぼんやり見えるのは、直径二キロのジッカイ。山の上に我が物顔でのっかっている。

 あれが目標の、恐山山頂のジッカイか。まるで山の方が、ジッカイの架台のようだ。それほどまでに、ジッカイは大きい。山につきささって空に横たわる鈍色の円盤。ここからだと風景の一部だ。

「上昇しすぎると、あっという間に補足されます。高度をさげて」

 倉木に言われ、退助はライトニング・ゼロをロールさせる。上空で機体の上下をひっくり返すと、大地が頭上に、空が足元にくる。そこから操縦桿を一気に引いて、退助は頭から地面につっこんでゆく。


「地球の戦闘機と、ジャバラの飛翔体では、運動性能に雲泥の差があります。距離をとって、牽制に徹してください。ポーラスターから敵の目を引き離すだけで構いませんから」


 高度を下げながらバックモニターをのぞき、退助はすぐに倉木のいうことが現実離れしていることに気づく。

 距離をとって牽制もなにも、セイレイの速度はこちらより遥かに速い。銀色の昆虫に似た敵機は、瞬間的に加速すると、表面から白い水蒸気を盛大に噴き上げてあっという間に退助の後方に食い下がってきた。このままじゃあ、やられる……。


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