第49話 孔冥と秀吉 反撃


「大変だったな、北海道のこと」

 異星生命体対策室を一週間ぶりにおとずれると、めずらしく孔冥の方から声を掛けてきた。孔冥に、人をねぎらう感覚があるとは、付き合いのながい秀吉も知らなかった。ちょっとした驚きである。

 北海道が沈没するという孔冥の推測から道民大規模避難作戦がスタートしたが、現場は混乱を極めた。少ない人材。足らない車両。にもかかわらず、あの広大な北の大地から、じつに五十万人以上の人間を空路と海路で本州に避難させねばならなかった。当初は危険視されて使用に踏み切れなかった青函トンネルも、背に腹はかえられず新幹線を避難民輸送に使用することになった。幸い事故は起きなかったが。

 避難作戦自体は成功だと言えた。

 だが、とりあえず本州に避難させた道民の受け入れ先は、まだ決まっていない。

 そもそも、今回の沈没は北海道であるが、それがいつ、本州、四国、九州で起こらないとも限らない。そして、その場合、いつまで、どこまで避難できるのか? 政府も国民もすでに、絶望という終着駅しか見えない特急列車に乗ってしまっていることを認識しはじめていた。

 北海道は現在、地図で言うと、左下の飛び出た部分、すなわち渡島おしま半島の下半分を残して完全に海没してしまっている。大雪山や白雲岳といった二千メートルを越える山の山頂はまだ海面から突き出ているらしいが、それ以外ほぼすべてが今や海の下だ。

 渡島半島が一部沈まなかったのは、函館に直径二十キロのクボウが着陸しているからであろう。また、その周囲にもジッカイが複数基浮遊もしくは着陸しており、そのために一部陸地が残されていると推測できた。


「いま、日本だけじゃない。世界中のあちこちで陸地が沈み始めている。絶望から自棄になる者、自殺する者、狂気に駆られて虐殺を始める者も増えている。そうでないまともな人たちにも、絶望というどうしようもない病がはびこっている」

 秀吉は疲れたように孔冥のデスクの縁に腰を下ろした。いつもなら窘められるところだが、今日はさすがに何も言われない。

「もう、駄目なのかもしれないな。人類は」

「希望が必要だな。それこそ、パンドラの箱の底に残ったような、希望がな」

 秀吉はだまって孔冥の言葉に耳を傾ける。

「何か一撃、敵わないまでもジャバラに一発喰らわせてやらんと、腹の虫がおさまらない。実は、かなり前から考えていたことがあって、ハード面では実現可能なんだ。だが、ソフト面すなわち人的面でいくつか問題がある。これを解決できれば、ジャバラに対して反撃の糸口がつかめるんだが……」

「反撃だって?」

 秀吉は片眉をつりあげる。

 孔冥がいかに天才といえど、地球のテクノロジーでジャバラの侵略機械に反撃するのは難しい。相手は核攻撃すら防ぐ超科学の所有者なのだから。

「方法はある。これしかないという手が。だが、問題点もある。人が二人、その命を投げ出すことが必要なんだ。そこでずっと迷っていた。だが、事態は深刻だ。反撃できるうちに反撃しないと、こちらの打つ手は永遠に失われてしまう」

 孔冥は自分のPC画面を秀吉の方に向けた。そこにはCGで描かれた機械の設計図が表示されている。

 一瞥した秀吉が問うように視線を送ると、孔冥は簡単な解説を行った。

「人が乗り込んで、そのままジャバラに突っ込む。機体自体、航空自衛隊の無人機ライトニング・ゼロからの流用で簡単に作れる。東工大の西野を知っているだろう。すでに基幹部分の設計開発に入ってもらっている。国からの資金とゴーサインが出れば、四日で造り上げて見せると豪語している」

「わかった。そっちは俺がなんとかする。見積を送ってくれ。だが、人が乗り込んで敵に突っ込むというのは、穏やかじゃないな」

「酷い話だが、いま世界中で億単位の人間の命が失われている。たった二人だ。反撃のための人身御供になってもらえれば、多少の人命を救い、多くの人に希望を与えることができる。許可してもらえないだろうか?」

「そこは俺には何とも言えんが、場合によっては独断専行もありうる。しかし、自ら命を投げ出す作戦というのは……」

「あと、もうひとつ」孔冥はマウスを操作し、あらたな画像を表示させた。「探して欲しい人物がいる。都内の中学生なんだが、名前は神波羅退助。この混乱の中、一人の中学生を探すというのは大変な仕事だと思うが、どうしてもこの少年が必要なんだ」

「……わかった。手配してみよう」秀吉は素早くメモを取る。「あとでデータを送ってくれ。ちょっと珍しい姓だから見つかるとは思うが。しかし、この少年がどうしたと言うんだ?」

「この神波羅くんには、こちらの反撃兵器に乗り込んで、そして死んでもらう。これは、彼に出来ない、彼に出来ることなんだ」


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