第48話 ポーラスター 交替


 横から差す朝日に赤く染まりながら、ポーラスターは荷物室のハッチを開く。モーターが作動し、側面の壁と天井が折りたたまれ、中から二機の無人機が姿を現した。


 一機は黒い無人戦闘機。ライトニング・ゼロ。もう一機のナイロン・カバーがかかったやつが、おそらくはヴァイラス・ゼロ。

 黒崎は荷台によじ登ると、ロープをほどいて小型機体にかかったカバーを取り去る。地面に放り投げ、「もうこれはいらないから、ここに捨ててこう」という。


 地上で車椅子から見上げる倉木が、「そもそもいらなかったかもしれないですね」と身も蓋もないことをいう。「機密は機密ですけれど、ここには機密そのものの三人しかいませんから」

「まあ、それはさ」上から機体のワイヤー・ロックを解きながら、黒崎がこたえる。「人目のある場所でコンテナを開ける必要がある場合もあるだろうからさ。でも、これを見ただけで、こいつの用途が分かるやつは、いないだろう」

「ジャバラは気づくかもしれません」

 大まじめな声で倉木が返す。

「かも知れねえな」

「ま、気づかれても防ぎようはないでしょうが」

 ふっと、悪魔的な笑みの倉木。


 そのあいだ退助は、唖然としてヴァイラス・ゼロを見上げていた。

 それは飛行機というより、砲弾みたいだった。銀色の、巨大な弾丸だ。

 丸くて先が尖っている。尾部はまるごと噴射装置。砲弾は砲弾でも昔の大砲の砲弾みたいに、ずんぐりしていて不格好。主翼も尾翼も、申し訳程度。

「ここのハッチから乗り込む」黒崎が銀色のボディーの一部をこんこんと叩く。

「え? 無人機じゃないんですか?」

 退助は素っ頓狂な声をあげる。

「ちがう」黒崎が真面目な顔で荷台の上から見下ろしてくる。「言いにくい話なんだが、これに乗り込んで、恐山の山頂に浮遊しているジッカイに特攻をかける」

「人が乗り込んで、……特攻って、突っ込むってことですか?」

「ええ、そうよ」退助の横で倉木が車椅子から見上げている。「わたしと神波羅くんで行くわ」

「行くって、どこにですか?」

「だから、ジッカイの中に突撃するの」

「悪い冗談にしか聞こえません」さすがの退助も呆れた。「これ、誰が考えた作戦ですか? こんな『月世界旅行』みたいな乗り物で、ジャバラの要塞に突っ込んでどうしようっていうんですか。ぜったい近づく前に撃墜されますよ」

「ま、無茶な作戦だとは、俺も思うよ」

 諦めたように肩をすくめる黒崎。

「悪いわね。めちゃくちゃな作戦に参加してもらっちゃって。でも、安心して。わたしも一緒にこれに乗るから。あなた一人死なせないから。わたし一人で出来ればいいんだけど、それだとこの作戦の成功確率は限りなくゼロに近いんです。あなたの力がどうしても必要なんです。だから、お願いします。わたしと一緒に、死んでくれませんか、神波羅くん」

「え?」退助は倉木の真剣なまなざしに瞠目する。「あの、それ、……マジですか?」

「マジ、とは?」

「その、つまり、本気で言っているんですか? なにか比喩とかではなく、もちろん冗談とかでもなく」

「はい、もちろん」きっぱりと言い切る倉木の声に重なって、耳障りな警告音が鳴り響いた。

 倉木が腕に巻いたスマート・ウォッチみたいな端末が、アラーム音と赤い点滅を繰り返している。なんの警告か訊くまでもない。ジャバラの反応だ。

「いそげ!」荷台の上の黒崎がするどく叫ぶ。「倉木を中へ」

「わたしは平気です」車椅子のモーターを唸らせながら、倉木は搭乗アームの方へ高速移動していく。「それより荷台を閉じて。ヴァイラス・ゼロがやられたら、元も子もない」

「こっちはやる」黒崎がハッチの開閉スイッチにとびつく。「何が来てる? セイレイか?」

「ブシ!」

「……最悪だな」黒崎が首を否いなと振る。「退助、運転席に入って、エンジンをかけてくれ。一番左のペダルを踏んで、中央のスタート・ボタン。わかるか?」

「はい、なんとなく!」退助は走りながら答える。黒崎の運転をずっと見ていたから、だいたいの操作は分かる。

 退助は梯子をかけあがり、運転席にとびこむ。ドアを閉め、焦っているけど落ち着いて、言われたとおりに左のペダルを踏み込んで、スタート・ボタンを押した。

 ぶぉん、とエンジンが始動し、その振動がシートから伝わってくる。

 後部席に搭乗アームで上がってきた倉木が、ハッチが閉まるのを待ちきれずに叫ぶ。

「出して!」

「は?」

「スタートして。ブシの群れが後方からくるわ。追いつかれたら、助からないから」

「え、でも」

 退助はバック・モニターに映る、黒い集団を視認し、腹の底から恐怖が湧き上がるのを感じる。あれに追いつかれたら助からないのは身をもって知っている。

「でも、黒崎さんが」

「荷台のハッチが閉まるより、ブシが追いつく方が早い。このままだと黒崎さんが助からないから!」

「でも、ぼくはこれの運転なんて」

「パーキング・ロックを解除して、サイド・ブレーキ外す」

「はい」命じられ、素直にレバーを確認する退助。

 発進の時に黒崎がぐっと引いて下ろしていた二つのレバー。これか? 見よう見まねで外すサイド・ブレーキ。スイッチを入れて、がこんと解除するパーキング・ロック。それを待たずに倉木の声。

「ギアを二速」

 ギアはよく分からないが、黒崎がつぎに動かしていたのは、頭の丸いレバー。これがギア。レバーに書かれたとおりにギアを2の位置へ。

「1じゃなくていいんですね?」

 確認しつつもレバーは指示通り2へ。

「トラックは2速発進」応答しつつも、キーボードを叩く倉木。「電磁波で欺瞞してみる。そっちはクラッチ繋いで。左のペダルをゆっくり上げて。荒いとエンジン止まるから、ゆっくりよ。急いで!」

 どっちだ! 叫び返したいけど、指示に従う。ペダルをゆっくり上げてゆく。

 ポーラスターがぶるりと震え、唐突に動き出した。

「ペダル、その位置をキープ! アクセル開いて」

「アクセル?」

 これか。いちばん右のペダル。

「左足は、その位置キープよ」

 ポーラスターが滑るように走り出す。

「ちゃんとハンドル切ってよ」

 倉木がヒステリックに叫ぶ。

「わっ」

 目の前に迫る歩道。退助はあわててハンドルを切るが、間に合わず縁石に乗り上げるポーラスター。がっこん!と激しく揺れて、前輪が歩道に乗り上げ、にもかかわらず前進する。サイドミラーに、こちらへ向けてサッカー選手のように全力疾走してくるブシの集団が映る。

「左のペダル上まであげて、右のペダルは床まで踏む」

 キーボードをもの凄い高速タイピングしながら倉木が指示を飛ばす。そのせいか指示が雑。が、そんな雑な指示にたよるしかない退助。もちろん車を運転するのはこれが初めて。しかもこんな大型トレーラー。

 ポーラスターが吠え、気合の入った機関車のように加速開始する。

「3速にあげて。早く」

「あ、いや、えっと」

「クラッチ踏んで、ギアを3。そしたらクラッチもどす。もどすときはゆっくり」

「はい」

 バックモニターにジャバラのブシが迫る。あと少しで追いつかれる。

「くそっ」

 小さく毒づきつつ、クラッチ踏んで、3速へ。クラッチ戻して、アクセル床まで踏む。駐車場を斜めに突っ切り、高速道路本線への斜路を駆け下りる。

 下りの勢いを得たポーラスターが狂おしいほどの高加速で前に飛び出す。回転数計の針がぐんぐん上がってゆく。バックモニターの中のブシとの距離が縮まらなくなり、やがて離れ始めた。もう一度ギアをあげ、4速へ。

「その調子。うまいわね。さすがだわ」

 ちょっとおざなりな調子で倉木に褒められる。

 ポーラスターの速度がぐいぐい上がり、退助はもう一度ギアを変えて、5速へ。スピードが100キロを越えた。

 車体後部で、パン、パンという軽快な火薬の破裂音が響く。反射的にサイドミラーを確認した退助は、荷台にとりついていた一体のブシが道路に落下するのを目撃する。

 ミラーからブシが消えたことを確認して大きくため息をつく。

「はぁぁ、死ぬかと思った」助手席のドアが外から開かれ、黒崎が猿のように飛びこんでくる。「あいつらまるでニホンザルの群れだな。餌と見たら容赦がねえよ」

 黒崎の手には大型の拳銃が握られていた。それをジャケットの下のホルスターにもどし、助手席のシートベルトを締める。

「おー、さすが退助。うまいもんだ」助手席の黒崎は、後席を振り返る。「倉木、怪我はないか?」

「こちらは大丈夫です。それよりヴァイラス・ゼロは無事ですか?」

「あの月世界旅行なら無傷だ。ポーラスターの屋根は引っ掻かれて裂けたけど」

「あの、黒崎さん?」

 退助はたまらず訊ねる。

「ぼくが運転するんですか?」

「ん?」あれ、気づいたの?と言わんばかりの声を黒崎があげる。「ま、つぎのパーキング・エリアまで頼むわ」

「あの、ぼく、免許もってませんけど」

「別にいいだろう」黒崎は笑顔で肩をすくめる。「こんな状況だし」


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