第5章
第43話 孔冥と秀吉 金属生命体
「孔冥、ジャバラ人の正体が分かったというのは、本当の事なのか?」
ドアをあけつつ訊ねる秀吉だが、正直半信半疑だった。
なにしろ、孔冥はブシの死体も、シュンビンの残骸も直接検分していない。他の研究者や機関から提出された公の資料しか手に入れていないのだ。それだけで、ジャバラ人の正体にたどりつけるとは到底思えない。天才科学者とつき合いの長い秀吉ですら、それは不可能だろうと考えていた。
「分かったというのは正確ではないな。たぶんそうだろうという推測だ。本来科学者としては、そういう態度はよくない。きちんと検証し、それがゆるぎない事実であると確証してはじめて発表する。そうあるべきだ。だが、事態は緊急。人類の滅亡は目前に迫っている。時間をかけている余裕がない。そこで各界の専門家の考察と見識を調整し、ある程度の結論を導き出した。それが昨晩送った報告書の内容だ。だから、あんまり鵜呑みにしてもらっても困る」
孔冥の目の下には隈ができていた。さすがにきちんと寝ていないらしい。
「しかし、ジャバラが、いきなり機械生命体だと言われても、どうも意味が分からん。つまりあれは、ロボットみたいなものだということか」
「それを言うなら、われわれは有機物で出来たロボットだな」
「どうちがうのだ?」
「ちがわない。同じ生命体さ。ただ、われわれの身体はタンパク質で出来ていて、ジャバラの身体は金属でできている。奴らの体組織は自己増殖する金属だ。もちろん無から有が生まれるわけではないから、周囲の金属をとりこんで、それを体組織とする。われわれが食物を摂取して自らの身体を作り上げるのと、そこは変わらない。やつらは金属をとりこみ、それを利用して金属のボディーを造る。だから、ブシもシュンピンも、おそらくはクボウもジッカイも、分解はできない。最初からあの形で生み出されているからだ」
「よく分からんが、金属の卵が孵って、奴らが生まれてくる。みたいなイメージか?」
「ブシはちがう。あれはあの状態で、ぽんと生まれ落ちた。成長もしないし、死にもしない。ただし、バッテリーが切れたら、それで終了。廃棄される」
「効率が悪すぎないか?」
「われわれの感覚では、そうだ。だが、おそらくあのブシというのは、人間に当て嵌めると白血球とか食細胞とか、その程度のものでしかないのだろう」
「おいおい、奴らにしてみれば、われわれ人類は雑菌あつかいか」
「まさに、その通りだろう。ジャバラにしてみれば、われわれ人類は、風邪や食中毒を起こす細菌やウィルス程度の存在だ。だから、ブシを作って、消毒滅菌した」
秀吉は返す言葉がなかった。
孔冥は続ける。
「奴らの目的は地球侵略なんて小さなことではあるまい。ジャバラはおそらく、人類なんぞ地球の支配者だとは認めていない。われわれに知性があるなどとは考えてもいないんじゃないかな。なぜなら、奴ら自身に知性がないからだ」
「知性がないって……。じゃあ奴らの超科学兵器は?」
「進化の結果、だろう」
「まったく意味が分からん。ブシが白血球だというなら、奴らの『人間』はどれだ? 八脚戦車のシュンビンか? 六枚翅のロクボウか? もしかして、直径二キロのジッカイか?」
「おそらく、おまえの言う『人間』というカテゴリー分けでは、直径二十キロのクボウからだろう」
孔冥はパソコンの画面を秀吉に見せた。そこには複雑な数字の羅列が見える。
「なんだ、その暗号文は? なにかのプログラムか?」
「正解。ほぼ正解だ。おまえにしては上出来だよ」
「孔冥、おまえもしかして、俺のことをバカにしているか?」
「褒めているだろう」孔冥はくっくっと肩を揺らす。「これは一種のプログラム・データだ。われわれ有機生物にあてはめれば、遺伝子ゲノムということになる。このプログラム・データをブシもシュンビンも、機構内のあちこちに、持っている。それはおそらく、ロクボウもセイレイも同じはずだ。このプログラムは金属窒化により、ジャバラの金属組織のあちこちに書き込まれているものなんだ。最初に見つけたのは、アメリカの研究機関なんだが、意味を解析したのは、インドの数学者だ。いっけん意味不明な暗号で、ジャバラの言葉ともちがう。だが、いくつかの法則性があり、彼はこれが、地球の生物の遺伝子DNAに近い物じゃないかと予測した。ただし確証はない。が、もしこのデータ・プログラムがわれわれの地球生命体の遺伝子に対応するものだとすると、ジャバラそのものが金属生命体であることがわかる。ただし、ブシやシュンビンは自己再生はしないし成長もしない。つまり、人体でいえば、白血球や食細胞のように、かなり下位のユニットなのではないだろうか。いや、そもそも人体や地球の有機生命と単純に比較するのは難しいのだが」
「う、うむ」
秀吉は興奮してまくしたてる孔冥の勢いに多少気圧されつつも、大きくうなずく。
「おまえの話だと、ジャバラ人というのは、クボウからだというが、つまり地球を侵略している張本人はクボウ、あの直径二十キロの円盤ということでいいのか?」
「そこは難しい。だから、最初から僕は奴らの目的を知りたがっていたんだ」
「そうか、やっと俺もあのときのおまえのレベルに達することが出来たというわけか。ありがとう、恩に着るよ」
「まあ、推測に推測を重ねて至った結論から話すと」孔冥は秀吉の皮肉を無視して続ける。「直径二キロのジッカイから身長三メートルのブシまで、同一の遺伝子データを所持している。だが、そのデータを使用してジッカイやブシを生み出す、もしくは製作するのは直径二キロのジッカイ以上のジャバラだろう。ジャバラは最小のブシから、超大型のテンクウまで、同じ遺伝子データをもっている。そして、そのデータを活用して、ジッカイ以上のジャバラはそれより小さいジャバラを設計、製作することができる。製作は、おそらくはジッカイのなかの生成機関で行われる。ただしそれは、われわれが考える工場のようなものではない。遺伝子データを読み込んで、その生成機関の中で金属組織が自己増殖して生み出されるのだと思う」
「すごいシステム……なのか?」
「生命の進化だからな。凄い。そして奇跡的だ。おそらくジャバラの遺伝子データの中には、膨大な数の機械組織の設計図が組み込まれている。奴らは状況に応じて、それらのデータを繋ぎ合わせ、パーツ・レイアウトを組み替えて、その場の環境に適した侵略機械を作り出している。ただしこれらの話はすべて推測の域を出ない」
「その、ジャバラの遺伝子データには、たとえばいろんな侵略兵器の製作データが含まれているということなのか?」
「いろんなというより、全部だな。全部含まれている。いや正確には、全部含まれているはずだ。つまり、ブシの中にあるデータには、クボウの設計図も、テンクウの設計図も入ってるはずだ」
「じゃあ、それを解析すればジャバラの弱点がわかるんじゃないのか?」
「いや、機械の設計図そのものではないから無理だ。遺伝子ゲノムみたいなものだから、読んでも分からん。言語ではないからな。そもそも人間の遺伝子ゲノムだって、全部読み取るだけで何年もかかったんだぞ。そして、いまだに何が書かれているかなんて全く分かっていない」
「じゃあ、この遺伝子データの存在を知っても、意味はない、ということか」
「もちろんそうだが、科学とはそういうものだ」
「身も蓋もないな」
秀吉は孔冥の興奮に期待したのだが、どうやらぬか喜びであったことに多少の落胆を感じる。
「いま、このジャバラの遺伝子データに書き込まれているはずの、スイッチについて、僕は解析を進めているんだ。たとえば、人間も、一つ一つの細胞すべてに、人間すべての遺伝子データが入ってるだろ。だがそれぞれの細胞が細胞分裂しても、髪の毛の細胞は髪の毛にしかならず、心臓の細胞は心筋にしかならない。これはつまり、すべてが書かれたデータのうち、必要なデータのみを選び出して、それのみを活用するスイッチが人の細胞の中にはあるからだ。これと同じ仕組みがジャバラにもあるはずさ。僕はいま、それを探している」
「それをすることに、意味はあるのか?」
「分からんが、科学とはそういうものだ」
そういって、孔冥は不敵ににやりと笑った。
長年の経験から秀吉はこのとき、孔冥になにか考えがあることを直感した。
だが、この時点で彼は、まさかこの天才科学者があんな無茶なことを考えているとは思いもしなかった。
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