第44話 孔冥と秀吉 沈没


「孔冥、北海道が沈むとはどういうことだ!?」

「すまんな、秀吉。昨日の今日で呼び出して。メッセージの通りさ。北海道が沈む。おそらくこのペースだと、二日か三日の間に、東北部の海岸線が急上昇し、道内の九割を超える規模で、陸地が海没するという予想だ」

「いや、急にそんなことを言われても困る! ほんとうに北海道が沈没するのか? それは海に沈むという言葉通りの意味で間違いないか?」

「正確にはもう沈み始めている。海面上昇が起きていると、だから報告していたじゃないか。にもかかわらず、動かなかったのは政府の方だろう。人員がいないといって、観測隊をださなかった」

「いや、しかし」秀吉はさすがに言葉を失う。「北海道では地震も起きなかった。そんなことで本当にあの広大な陸地が沈没するのか?」

「する。沈没は他に、オーストラリアでも起きている。あちらはちゃんと観測隊を出して数値を計測しているから間違いない。オーストラリアが一番顕著で、おそらく大陸まるごと沈没するだろう」

「いや、そんな報告は来ていない」

「オーストラリア政府は最高機密扱いで事実を隠蔽しているが、大陸が沈むんだ。そんなもの、隠蔽しようがない。対応が遅れれば大惨事だ。だから今のうちに言っておく。オーストラリアの二の舞は踏むな、と」

「これも、あの超地震の影響なのか?」

「世界中をおそった超地震は、惑星ラクシュミーが地球と連星になった際の潮汐力で起きた。だが、今度の沈没は、地球全体の大陸プレートの異常な活動が原因だ。おそらく世界中の海底で地殻変動が起きていて、それが結果として北海道とオーストラリア大陸を沈めることになるのだと思う」

「しかし、ジャバラの対応でこちらはどうにもならない。いきなり北海道が九割沈むと言われても対応できる部署がない」

「それはそっちに任せる。僕は事実を追うのみだ。おそらく今回の地殻変動は、ジャバラの操作だというのが僕の推測だ。覚えているか? 何基ものジッカイが海中に潜っていったのを。奴らはあのまま海底に達し、なんらかの地殻工事を行っていた。その効果がやっと現れて、北海道とオーストラリア大陸が沈み始めている。だが、ジャバラが潜水したのは、北海道沖とオーストラリア近辺だけではない。ざっと記録を漁ったが、ジッカイの総数から察するに、早晩インドとイギリス、南アフリカ沿岸も沈没を開始する可能性がある。計測をしていないので推測だが、海面上昇──正確には海面が上昇しているのではなくて、地面が下降しているのだが──はすでに始まっていると、僕は思うね」

「ジャバラが海底で穴掘ったくらいで、地球の大陸が沈むのか?」

「われわれは、まだまだ地球内部のことを知らない。二〇二〇年にも地底からまったく未知の金属が発見されたくらいだ。われわれが今までに掘ったもっとも深い穴は、一千メートルそこそこだぞ。下に一千メートルが限界なんだ。一方、上はというと、旅客機の飛行高度は一万メートル。われわれは、上へ行くのは好きだが、下へ沈むのは好みではないらしい。人類は自分たちの地球について、その上っ面しかしらないのさ。内部はもちろん、ちょっと深いところでまったく未知の領域。われわれはもっと、地球について調べておくべきだったな」

「ジャバラは、地球の内部について、われわれ人類より、遥かに詳しい。そういうことか」

「おそらく、そのジャンルにおいても、大きく水をあけられている」

「だが、孔冥。ちょっとまってくれ。ジャバラに知性がないとしたら、どういう意図で、やつらは地球の大陸沈没を行っているのだ。やはり地球人の殲滅が理由なのか?」

「それは考え難いんだ」さすがの孔冥も首を傾げる。「ジャバラは地球人に対して興味がない。存在を気にしていない。雑菌程度にしか考えていないと思うんだ。とすると、地球人殲滅のために陸地を沈没させているとは考え難い」

「うん」

「もしかしたら、逆なのかもしれないな」

「逆? とは?」

「うん。つまり、地球侵略とか、地球人殲滅とかが本来の目的ではなく、大陸沈没が、もともとの目的で、それを邪魔しようとして核攻撃した地球人を、目的達成のために殲滅する。つまり、医師が手術のまえに患部を消毒するように、地球人を滅菌よろしく殲滅した、と」

「……とすると、そもそもなんのために陸地を沈没させるんだ?」

 秀吉は呆れた声でたずねる。

「なんのためでもないんじゃないのか?」孔冥は肩をすくめた。「われわれ人間は利害があって動く。地球の生命の根源は遺伝子だというが、その遺伝子は利己的である。すなわち、遺伝子自身が生き残るためにあれこれと行動している。すなわち、個体を戦わせ、種を維持し、進化させることによって生き残ろうと画策している。それが地球の生命だ。だが、ジャバラはちがう。奴らは増殖し、ラクシュミー全体を覆っている。それ以上も以下もない。あの状態で完成だ。生き残りを考えていない。考えようによっては、惑星ラクシュミー自体が、ジャバラという生命体だと考えられるのかもしれない」

「惑星自体が、生命体? 生物だというのか?」

「地球に関してもガイア生命体仮説というものがある。これは、地球自体が『ガイア』という一個の生命体であるという考え方だ。いま僕が勝手に作ったわけでもない」

「すると、もしかしたら惑星ラクシュミーそのものが意志を持っているということになるのか?」

「そう仮説するとしよう。惑星ラクシュミーが生命体で、それこそがジャバラ。だとすると、そこに稚拙とはいえ、惑星サイズの知性があることになる。奴ら、いやジャバラはひとり宇宙を放浪してきた。新しい太陽系にきて、興味をそそられ、最初は土星を目指した。初期のラクシュミーの軌道は、土星に向いていたろう?」

「そうだったか?」

「そうだ。それが急に地球に向いた。なぜだ?」

「おれに訊くな」

「君なら、どうだ? 想像してみろよ」

「土星か。輪っかが綺麗だな」

「あの環は美しいな。あれは一億年くらい前に出来たらしいぞ。そしてあと一億年で消えてしまう」

「寿命が二億年か」

「そう。そしてそれは、宇宙という広大な空間では、短い時間だといえよう。つまり、……土星の環は珍しい」

「ふむ」

「そして、太陽系にはもうひとつ、珍しい惑星がある。水が液体として存在する惑星。──地球だ」

「え、そうなのか?」

「水は摂氏零度で凍結し、百度で沸騰する。地球表面はほとんどが、その零度と百度のあいだの温度なんだ。そのため、全体を水で覆われた、宇宙では極めて珍しく、美しい星だと言える」

「……おい、まさか」

「惑星ラクシュミー、すなわちジャバラが幼稚園児だと仮定しよう。その幼稚園児がたった一人、宇宙を長いあいだ旅してきた。あたらしい太陽系に来て、美しい輪を持つ惑星を見つけた。幼稚園児は興味をそそられて近づく。ところがその途中で、今度は表面を水に覆われた珍しくて美しい星を見つける。興味がそちらに移り、近づいてみる」

「…………」

「すると、どうだ。その水の惑星は、完全な水の惑星ではない。一部分水が剥がれて、下の土が見えている。すなわち、汚れがある」

 孔冥は一息沈黙し、囁くような声でつづけた。

「綺麗にしたいとは、思わないか……?」

「ええっ!?」

「陸地のない、すべてが青い海の惑星。その方が綺麗だと思わないか? だから、ジャバラは陸地を沈めている。だから、日本ではまっさきに富士山を粉砕した。日本列島を手早く完全水没させるためには、飛び出た部分、すなわち高い山は邪魔だったからだ」

 秀吉は、はっと息をのみ、肩をいからせた。思わず両拳を握りしめる。

「そんな、理由か?」

「たとえば、おまえの家の窓に泥の汚れがあったとしよう。汚れているから、雑巾で拭いた。使った雑巾を洗濯した。しかし、その泥汚れの中には、たくさんの雑菌が住んでいたかもしれない。雑巾で拭き取り、それを洗濯したら、その泥汚れについていた雑菌たちは、全滅したろう。つまりこれは、そういう流れの事象ということさ。別に特殊なことではない。宇宙ではきっと、珍しくもない話なんじゃないのか?」

「だからといって、地球ではもの凄い数の被害者が出たんだ。死者も負傷者も天文学的数字だ。家を追われ、避難所生活している方たちも多い。宇宙でよくある話かどうかは知らんが、俺にはとうてい許容できる話ではないぞ!」

「同感だな」孔冥はアルカイック・スマイルを口元に浮かべて、秀吉を見上げる。「まったく同感だよ。僕もこれは、はいそうですかと容認できる話ではない」


 そこで孔冥は言葉を切り、憎々し気に貌を歪めた。

「だから、反撃する! あのジャバラどもに。惑星ラクシュミーにな!!」


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