第4章

第33話 退助 移動

 外がかすかに明るくなり始めたころ。テレビ画面の中は騒然としていた。

 クボウが日本にも墜落したらしいのだ。直径二十キロの巨体が、函館市の真上に落ちてきて、都市部は壊滅。死者は二十万人とも三十万人とも言われている。

 テレビの前にすわる退助たちには、絶句する以外の選択肢がなかった。都市が丸まる消えた。そこに暮らす何十万人という人間の命とともに。

 起こった惨事の大きさに、なにをどう感じていいのか、周囲のみんなも分からない様子だった。

 最初呆然としていた大人たちが、やがて騒然となり、口々に意見を言い合う。それが怒りの連鎖となり、感情の炎が吹きあがった。

 たくさんの人が死んだというのに、悲しむ大人は一人もいなかった。

 自分たちが置かれた状況に対する鬱憤や不満を、地球に対して侵略および攻撃を仕掛けてきたジャバラという存在への怒りという形で噴出させていた。

 あとになって退助も気づくのだが、このときは彼自身も周囲の大人たちに同調していた。

 ふざけるな、なにしてくれるんだ!と。


 自分たちの住む国土を踏み荒らし、罪もない人類を殺戮し、その生きる権利をうばった異星からの侵略者に対して激しい怒りを感じていた。なんの落ち度もなく平和に暮らす函館の人々を、なんの躊躇もなく都市ごと踏みにじり、破壊と殺戮のカタストロフィーを理由もなく行ったジャバラが、悪ではなくてなんであるというのか。

 退助はもこのときは、そう思っていた。


 だが、やがて気づくのだ。

 人間の生きる権利とか、住んでいる国土とか、罪がないとかあるとかなんて、所詮人間同士で決めたルールの上の話でしかない、と。

 異星の存在、いやそればかりか、人間以外の地球の生命にとって、それらはまったく無関係な取り決めごとであり、一から十までどうでもいい無意味なことであることに。


 だがこのとき、テレビを見ていた退助も、その周囲の大人たちもジャバラに対して激しい怒りを感じていたし、そのときのその感情はこのうえなく退助たちにとって正義である真実であり、宇宙の真理だった。


 テレビの中でコメンテイターたちがジャバラの行為に関して、法律家は法的に、科学者は科学的に、政治家は政治的に、ジャバラへの反撃理由を述べていた。このときの人類は、日本でも、世界各国でも、ジャバラへ反撃すべきという前提のもと、いかなる手段をもってそれをするかを議論していたのだ。

 世界の核保有国は、無償でジャバラへの核攻撃を提案し、非核三原則を謳う日本だけはその空気を読めずに核兵器の使用には慎重になるべきだと意見を述べていた。

 それに対する日本の民放番組の意見は、事態が事態であるし、人間相手に使うわけではないのだからこの件に関しては該当しないとか、急遽国会を開いて意見を取りまとめるべきだとか、いろいろと議論がなされて一向に話は先に進まない様子だった。

 退助たちはテレビのまえでイライラとその様子を見ていたのだが、そのあたりで避難所へ自衛隊が到着した。


 迷彩服に身を包んだ自衛官たちと、青いジャンパーを着た区の職員たち。ラフな服装のバスの運転手たちが声を掛け合って、避難所にいた退助たちを誘導しはじめた。

 床の上にだらしなく座っていたおじいさんや、寝転んでいたおばさんたちが慌てて立ち上がり、自分たちの周囲の荷物をまとめ始める。少し離れた場所で母親が子供二人を叱りつけながらながら、それぞれに移動の準備をさせていた。

 手荷物のない退助はすこし迷ったのち、与えられた毛布を丸めて手に抱えた。それを見ていたうるさいおじいさんが「そんなもん持っていく必要ないよ」とバカにした声をあげたが、退助は無視した。

 この毛布は今まで自分のことを守ってくれた唯一の味方だったし、このあと連れていかれる新しい避難所に人数分の毛布がある保証はないからだ。

 退助たちは自衛官に指示されるまま、きちんと整列して校庭にならぶと、観光バスの列に順番に乗り込んだ。

 退助たちを迎えに来たバスは全部で四台。それぞれが色も形もちがうバスだったが、フロントガラスのところに一号車から四号車までの紙が貼られている。退助が乗ることになるのは三号車。

 空はすでに明るく、すっかり昼の様子。みんながバスの座席に座ると、用意された弁当とお茶が配られた。退助は窓側の席。となりの通路側には、機嫌の悪そうなお婆さんが座ったが、とくに会話はなかった。

 弁当を開いて食べはじめる頃にはバスは出発し、退助は壊滅した函館のことも、ジャバラの侵略のこともすっかり忘れてしまっていた。そして、弁当を食べ終えてからのことは覚えていない。満腹と、暖かい車内の静かな振動の中、心地よい眠りに落ちてしまっていたからだ。


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