第32話 孔冥と秀吉 金属


「で、本当にバリアなのか?」

 米軍が公開した資料映像を見つめる孔冥に、秀吉は我慢しきれず詰め寄った。

「顔が近い」

 天才科学者は、不機嫌そうに秀吉の顔を手で押しのける。

「いや、気になるだろう? バリアなのか? 異星人の宇宙船の周囲にはバリアが存在するのか?」

「僕に聞かれても困る」天才科学者は下唇を突き出す。「この映像だけで、なにが分かるっていうんだ」

 といいつつマウスを操作して、画面の映像に処理を施す孔冥。

「デジタルカメラの映像は、人間の目に見えない帯域の光が映り込むことがある。で、いま赤外線の見えを良くして……」

 静止画が何度か色彩と明度を変え、そのたびにジッカイの表面になにやらマダラな模様が描き出されてゆく。

「なんだそれは?」

 秀吉の問いに孔冥は答える。

「赤外線でジッカイの表面温度を見ている。あちこちで、まるで水面に広がる波紋のように高温の場所が蠢いている」

「ふむ、なるほど」秀吉は大きくうなずき、とぼけて質問した。「それはつまり、……どういう意味だ?」

「世話の焼けるやつだなぁ。温度が上がっているという事は、ミサイルが命中しているのだ。ただし、その熱はたちまちのうちに拡散されている。それはつまり、ジャバラのジッカイを作っている材料は極めて強固で熱伝導も優秀だということだ。少なくとも人類のミサイルでは傷ひとつつかないほどにな」

「つまり未知の元素ということか」

「未知の元素なんてものはこの世にはない。原子は宇宙の構成要素であり、われわれは原子番号一番の水素から百十八番のオガネソンまできっちり発見している。もっとも、それ以降のウンウンエンニウムとかなんとかいう元素から先は未発見らしいがね。つまり、宇宙に我々の知らない元素など、まず無い。ジャバラの宇宙船の材料は、あれはおそらく、鉄だな」

「鉄!?」さすがに秀吉も驚く。「それは、例えば炭素合金とか、なんか特別な、そんなようなものか?」

「完全結晶化した鉄ではないかと、理研の志村は予測している」

「完全結晶化した鉄とは、つまり普通の鉄とどう違うんだ?」

「つまり、鉄を構成する原子が、ひとつの歪みもなく完璧に原子配列されているということだ。碁盤の目の様に、原子ひとつの欠落も歪みもなく、完璧に並んだ完全無欠の原子配列を持つ『鉄』だ。我々が知る鉄は、原子配列は一様にみえて、あちこちに原子レベルでの歪みがある。それに比べ、完全無欠な原子配列をもつ完全結晶化した鉄は、強度も熱伝導も桁違いに優秀だ。つまり、同じ炭素で出来ていても、石炭とダイヤモンドくらいちがう物だといえば分かりやすいかな」

「じゃあ、あのジャバラの宇宙船は、分子構造は優秀だが、ただの鉄でできているということか?」

「おそらくは。ただし、ひと言つけ加えておくと、鉄は素材としては優秀だ」

「だが、鉄だろう」

「そうだな」

「では、たとえば高い温度、つまり鉄の融点まで加熱できれば、破壊できるということか」

「そうなるな。熱伝導が優秀で、船体が巨大なため、けっこう難しいだろうが」

「核兵器なら?」

「ふうむ」

 孔冥はイスの背もたれに身をあずけると、腕組みした。すこし考えたのち、うなずく。

「戦略核兵器なら可能かもしれない」

 秀吉は、顔を上げた孔冥としばらく視線を絡める。

「米軍は、核兵器を使うと思うか?」

「使うね」孔冥の返答は早い。「ジャバラに対して、こちらが核兵器をもっているということを伝えたがるだろうからな」

「ジャバラは、核兵器というものを知っているだろうか?」

「なんで知らないと思うのか、そっちの理由を聞きたいよ」

 孔冥は苦笑する。

「いや、だって、核兵器は天才科学者のアインシュタインが考え出したもので、彼がいなかったら生まれなかったのだろう? だったら、そんな凄いものをわれわれ地球人が持っているとは、奴らは想像しないかも知れない」

「よく誤解されるが、アインシュタインは核兵器開発にはいっさい関わっていないぞ。そして、核反応自体、自然界では珍しくもなんともない現象だ。われわれはいまだ核融合反応を起こせずにいるが、太陽は五十億年前から核融合を起こして燃え続けている。核兵器なんて、絶対にジャバラも持っているさ。相手は重力を作り出せるんだぞ」

「では、もし、米軍が核兵器を使ったら……」

「まず間違いなく」

 孔冥は不満足げに下唇を突き出す。

「反撃がくるな」


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