第31話 退助 狂った時計


 それが二日目の夜なのか、三日目の朝なのか、退助にはもうよく分からなかった。

 とにくかまだ暗かったが、時刻は朝の九時。スマホのカレンダーは翌日になっているが、その表示は地球の回転と大きくずれている。つまり、時計もカレンダーも全くの役立たずになりさがってしまったということだ。デジタルで時を刻む機械は、地球の自転が変わってしまったことなどお構いなしに、過去のスケジュールを引き摺って、見当ちがいな時間を表示していた。

 一日が突然二十八時間になったといわれても困る。体内時計はそのリズムにまったくついていけていないし、夜が明けもしない暗闇の中でぱちりと目覚めてしまった頭は、まだ暗いからといって眠りにもどることなどできないのだ。

 そしてそれは、どうやら他の避難民も同じであるようだった。

 あちこちで身を起こす人の影が動き、夜の帳の中、体育館の中にはざわめきが立ちのぼりり始める。

 退助は毛布の中で、もういちど父と母と妹に電話をかけてみた。長い呼び出し音のあと、繋がったと思うと流れてくるメッセージはいつもの「おかけになった電話は電波の届かない場所にいるか電源が入っていないためかかりません」。

 父と母と妹のスマホのバッテリーが切れている可能性もあるし、回線が断裂したりアンテナが破壊されていて繋がらないのかもしれない。だが、もしかしたら事故に遭って、どこかの病院に収容されているかもしれないし、万が一のことがあったかもしれない。

 いつもは繋がる留守番電話サービスも現在は停止しているようで、退助は家族と連絡をとることができずにいた。スマホがあるというのに、結局はまったく状況がつかめない。


 誰かがテレビをつけ、地上波にチャンネルを合わせる。衛星放送がないからといって、テレビがまったく見られないわけでもない。地上波の放送は健在だし、こんな真っ暗な時刻だというのに、テレビのニュースは激しい勢いでまくし立てるアナウンサーの興奮で火がついているようだった。

 どうやら、アメリカが異星人への攻撃を開始したらしい。

 つぎつぎと離陸する航空機。攻撃機および爆撃機。空母から発艦するのは、海上戦闘機。いずれも翼の下にめいっぱい、ずんぐりしたミサイルやら爆弾やらをぶら下げている。

 火を吹いて上昇する爆撃機の編隊で、空軍基地の上空は黒く染まっている。

 波を蹴立てて走る巡洋艦と空母。波濤にのまれて潜水してゆく原子力潜水艦。

 米軍の戦力が、異星人への全軍同時攻撃を成し遂げるために、つぎつぎと配置についてゆく。

 テレビのアナウンサーが、「まもなく米軍の総攻撃が始まります、まもなく米軍の総攻撃が始まります」とマシンガンのように繰り返し、つぎつぎと映像が切り替わってゆく。

 ニュースの勢いにすっかり目が覚めた体育館の避難民たちは、テレビ画面に釘付けになる、とうとう誰かが電灯のスイッチを入れてしまった。それを合図に、テレビのボリュームも最大に調整される。

 LIVEとテロップの入った画面。巡洋艦の上から生中継されている映像。その中で、白い煙を吐いてつぎつぎと発射されるミサイルが映し出される。

 ロケット花火のように飛んで行くミサイルは、水平線のちかくに浮揚する黒い円盤へ向けて洋上を走る。

「おおー」

 誰かが感嘆の呻きをあげ、べつの誰かが拍手をした。

 空に浮く異星人の巨大飛翔体、ジッカイにつぎつぎとミサイルが命中する。ぴかっと光る爆光。わっと燃えあがる黒煙。つぎつぎと突き刺さるミサイルが、炎と煙を盛大に飛び散らせて視界を遮る。

「やったぞ」

 若い男性の声が興奮に震えている。サッカーのワールドカップで、日本のゴールが決まったときみたいに盛り上がっている。

 だが、つぎの画面に映し出されたのは、何事もなかったように海の上に浮揚する巨大な黒い塊だった。米軍の放った大量のミサイルは、ジャバラのジッカイに目に見えるようなダメージは与えられていない様子だった。

「当たったの?」

 女性の、拍子抜けしたような声が響く。

「外れたんじゃないのか?」

 男性の不機嫌そうな声。

「きっとバリアだよ!」

 小さい子の得意げな叫びが、場違いに響くが、大人はみんな無視した。

 だが、退助は、「もしかしたら本当にバリアかもしれないな」と口には出さず、心の中で考えていた。


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