第28話 退助 救援


 体育館での、二日目の夕方。

 二日目であるのに、いつまで経っても日が暮れない。

 テレビのニュースでは、あちこちに墜落したクボウから、約二十機の、さらにちいさい宇宙船が発進したことを報道していた。この小型の宇宙船は、クボウと同じ八角形。ただし直径は二キロとずいぶん小さい。とはいえ、それでもちょっとした街より大きいサイズなのだが。

 この直径二キロの宇宙船も、クボウと同じように電磁波で互いに交信しており、その信号から『ジッカイ』という名称であることが分かった。

 このころになると、ニュースのアナウンサーも、ワイドショーのコメンテイターもあまり驚かなくなってて、さらに小さい宇宙船が出たからどうしたという雰囲気が流れている。

 しかもこのジッカイは、クボウのように墜落せず、きちんと空に浮いたまま静止しているという。

 テレビを見ている退助たちも、このジッカイの動向は気になったのだが、このニュースが流れてちょっとしたタイミングで、救援物資が届き、それどころではなくなってしまった。


 四台の自衛隊のトラックが校庭に入ってきて、テントを広げ、迷彩服に身を包んだ自衛隊員の人たちが、食料と医薬品を運び込んでくれる。さらには、校庭で炊き出しを準備してくれて、退助たちは久しぶりに温かい食事、カレーライスと豚汁で腹を満たすことが出来た。

 温かい食事。それがどれほど素晴しいか。飢えて冷え切った身体に、湯気のたつ食事を掻きこみながら、退助は腹の底からしみわたる幸せというものを実感した。

 また、区の職員の人も来てくれ、追加の毛布とラジオ、緊急時の通信機を置いて行ってくれた。また、携帯電話用の緊急充電器も。

 今現在東京都からは避難命令が出ており、明日中には移動のためのバスが到着するという。今日のところはこの避難所にいる人数の確認に来たらしい。

 いま都内の避難民は、神奈川、埼玉、栃木に仮設されている避難所への移動が決められているらしい。なんでも、特別対策室にいるという凄い科学者が、津波の襲来を予想しているらしい。

「津波だって? 地震は何日も前だったじゃないか?」

 誰かが訊ねた。

「それなんですが」皆の前に立つ青いジャンパーの職員が声を張り上げる。「惑星ラクシュミーの潮汐力により、激しく引っ張られた海面が一度アメリカ西海岸まで到達しまして、その寄り戻しが来ると予言されました。そして、事実その現象が航空自衛隊の哨戒機により確認されています」

「だけど、ここは随分海から遠いぞ」

 男の人の声が不機嫌に響く。

「地球的大規模の津波です。シミュレーションでは、首都圏は一時水没します。ここも危険です。あと、もうすぐ衛星放送が視聴できなくなります。ただし地上波はまだ視聴できますので……」

「なんで衛星放送が見られなくなるんだ!」

 誰かが怒ったような声を張り上げる。つぎつぎと要求を突き付けられているようで、それが気に入らなかったのだろう。

「地球の自転が変わりました」区の職員が辛抱強く声を張る。「いま地球は一日が二十八時間です」

 それがどうした! そんな声が聞こえてきそうな雰囲気を察し、職員がさらに声を張り上げる。

「空に打ち上げられている静止衛星がつぎつぎと位置をずらしていきます。通信衛星も気象衛星も観測衛星も、すべて使えなくなります。衛星放送も、天気予報も、ナビも、つぎの夜明けには機能しなくなります。また、本日の日没は、みなさんの時計で夜の十一時ころになります。明日の日の出は、午後一時くらいだと思います」

 そこにいた全員が黙った。

 説明されたことの意味がすぐには理解できなかった。いや、すぐに理解どころか、長い時間をかけても理解するのは難しかっただろう。

「あの……、これからどうなるの?」

 女性の声がたずねる。

 だが、だれも答えなかった。これからどうなるかなんてこと、だれにも分からないのだから。

「衛星は、ふたたび打ち上げればなんとかなります。軌道修正できるものはすると思います。津波も、一度きりで、今回のものを回避できれば、復興の目途もたつはずです」

 職員の人が必死に訴えかける。

「とにかくいまは避難して、命を守りましょう。その上で、生き抜く方策を探るべきです」

 でも、地球の自転はもどらないな。退助はそう思った。そして、空に割り込んできたラクシュミーも消えない。そして、あちこちに展開しているジャバラはどうなるのか。

 これから自分が、いや日本がどうなるのか、まったく先が見えない。

 退助はひりつくような絶望と、ふつふつと湧き上がる不安に身を震わせた。

 さっき食べた温かい食事が、この絶望を贖うための代価で、この職員がそれを前払いしたかのように錯覚してしまう。希望を与えておいて、そののち絶望させる。

 この職員は、なんと残酷な仕打ちを自分たちにあたえるのか……。

 退助は怨念の瞳で区の職員を睨みつけながら、身体にまとった毛布の端をきつく握りしめた。

 いったいこれ以上、自分はどこまで苦しめられれば許してもらえるのだろうか……。


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