第26話 退助 避難所のテレビ
退助が体育館に避難して二日目。その日の展開は早かった。早朝からテンクウが世界の海上に浮揚しているニュースが流れ、そこから二十基ものクボウが飛び立った。
このクボウの直径、なんと二十キロ。一基が都市のサイズほどもある。報道番組に出演しているコメンテイターたちが自分の推測を述べていた。
「超巨大なテンクウはジャバラたちの箱舟であり、彼らはあれで外宇宙を渡ってきた。そこから飛び立ったクボウは、いわばジャバラたちの移動式の都市なのではないか?」
「とすると、彼らはこの地球に移住してきたってことでしょ。でも、すでに地球は人類で溢れているじゃない。彼らには丁寧に退去のお願いをすべきだわ」
「だか、もし戦争になったら。彼らがわれわれを排除して、地球を自分たちのものにしようとするかも知れないわけだし」
「とにかく友好の意志を伝えるべきです。話はそれからです。うまく行けば、この地震の被害に対して救いの手を差し伸べてくれるかもしれない」
「でも、今回の地震は、ラクシュミーが起こしたものなんでしょ。だとすると、そもそも地震の原因はジャバラにあるんじゃないの? 彼らには責任をとる義務があるはずだわ」
「だから、そのためにも兎に角、友好の意思伝達です。むこうか地球より遥かに進んだ科学技術をもっている。戦争になったら勝ち目はありませんよ」
「地球より遥かに進んだ科学技術をもっているのだから、そんな進歩した人たちが侵略なんかするはずがない。きっとわれわれの想像を絶する高い知性をもっているにちがいないから、そこは安心していいと思いますよ」
日が高くなり、あたりが明るくなると、だんだんと眠気が襲ってきた。退助は気づかぬうちに眠ってしまい、つぎに目覚めたときテレビのニュースは全然ちがう映像を映していた。
なんというのだろう。信じがたい光景。そんな言葉が脳裏に浮かぶ、めちゃくちゃな映像が繰り返し流されていた。
おそらく誰かがスマートフォンのカメラで撮影した映像だろう。
映されているのは、曇った空。日本ではない。アメリカだろうか。英語でまくしたてる声が響いている。
いま、空を覆うような黒い波が迫ってきている。地上から見上げるような高さの黒い壁が、もの凄い速度で近づいて来ているのだ。退助にはそれがなんだか、映像で見ていてもまったく分からなかった。
波はあっという間に迫ってきて、目前に立ち上がる黒い壁となる。そこまで近づいて、初めてそれがきらきらと黒光りするガラスみたいな壁だと分かる。その壁がずーんと下に落ち、遥か遠くの木々が跳ね飛ばされる。津波に吹き飛ばされる木っ端のように巻き上げられる森。そこには建物や自動車、プールのついた庭がまじっていた。
住宅街がねこそぎ、襲ってきたガラスの壁のつなみによって、地面から引きはがされ、空に巻きあがる。
カメラがぶれ、悲鳴がひびく。女の人が早口の英語でなにかをまくしたてている。
巻き上げられ、盛り上がった地面と、家と車と土の壁があっというまに迫ってくる。カメラの画像がくるりとまわり、撮影者が走り出したのがわかった。
なりふり構わず逃げ出す撮影者は、カメラを手にして走っているのだろう。激しく揺れる映像には何か映っているのか分からない。が、すぐに、ざっという音ともに、土がかぶってきて、それっきりカメラは沈黙した。無音の真っ暗な映像に切り替わる。
「ただいま見ていただいたのが、米国で動画サイトにてライブ中継された映像です。映っているのはアメリカのロング・アイランド島に墜落したクボウであり、他にもアメリカ東海岸では、ニューロンドン、レイクウッド、アトランティック・シティー等、複数の都市へのクボウの墜落が報告されています。直径二十キロにおよぶ巨大な異星の宇宙船の墜落による被害は甚大で、その規模はいまだ確認されていません。ジャクソン大統領は被害にあった国民に哀悼の意を表するとともに、異星人に対して強い抗議を伝えることを宣言しています」
退助は状況が分からなくて、そばにいたおじいさんにたずねた。
「あの、ジャバラの宇宙船が墜落したんですか?」
「ああ。そうみたいだな。しかも三機もだ。いま大事な時なんだから、ちゃんとテレビを見ていろよ。知らないじゃすまされないぞ」
「すみません」
退助はちょっと頭を下げて画面に目を戻した。
どうやら、アメリカで、クボウがつぎつぎと都市の上に落ちてきて、もの凄い被害が出ているらしい。
いまテレビで流れているのは、そのアメリカのニュース映像で、救急車がライトを点滅させて止まり、通りを大勢の人が警官に誘導されながら避難している。
かと思ったら、映像は切り替わり、都市に墜落したクボウの空撮映像。
都市のいっかくに黒い壁が出来ている。まるで万里の長城。
一直線につづく黒い壁が都市を切断し、その断面では土が盛り上がり、建物が倒壊し、火が上がっている場所もある。
壁は高く、空撮映像からその上端をみることはできない。直径二十キロのクボウは、われわれの感覚からするとあまりに巨大で、その姿を一望することは難しい。正八角形である巨大な宇宙船は、都市に墜落してくると、まるで黒い壁である。その一部しか見ることが出来ない。
映像を撮影していると思われるヘリコプターが壁にそって上昇するが、上までいけず諦めてもどる。
直径が二十キロなら、厚さが千メートルとか二千メートルとかあっても不思議ではない。それはヘリコプターなら行けない高度でもないが、危険を考慮して離れたらしい。
こういうときこそ、ドローンだなと退助は思う。そして、自分があそこに行ければ多少でも役に立つかもしれないのに、とも思った。
昼過ぎになってもニュースは続いていた。
地震のニュースはほとんど流されず、異星人の宇宙船墜落のニュースばかりである。
どうやら墜落した宇宙船クボウはアメリカだけではなく、オーストラリアのメルボルンやアイルランド、ニュージランドなどあちこちにも墜落しているらしいというニュースがつぎつぎと入ってきている。
「これだけ墜落しているんじゃあ、宇宙人の宇宙船も大したことねえなぁ」隣でおじいさんが痰の絡んだ声を張り上げていた。「無茶してでっかいもの作るから、こうなるんだよ」
退助は同調するようにちょっとうなずく。が、心の中では本当にそうだろうか?という疑問がうずまいていた。墜落したのではなく、着陸したのではないか?
彼は身体にまとった毛布を掻き合わせて、立ち上がる。気温はあがったが、まだまだ寒いので毛布をマントかわりにしてビニール袋に入れた自分の靴をもち、外の明かりの方へ向かった。
靴を履き、外に出て、空を見上げる。
まさかとは思うが、ここに異星人の宇宙船が墜落してこないとも限らない。退助は体育館の周囲を少し歩き、ジャバラの宇宙船、クボウが落ちてきていないかを確認する。
空を見上げ、少し歩いたのち、バカバカしくなった。
たとえクボウが落ちてくるのを発見できたとして、自分には何もできない。相手は直径二十キロ。落ちてくるのを見てから逃げ出しても、助かりようがない。そのときはもう、自分の上に落ちてこないことを祈って、その場にとどまるしかないのだ。ここにいて、自分が死なないようにと祈るしか、いまの退助にはできないのだ。
あきらめて、ふたたび体育館の中にもどった。
さっきのおじいさんの隣は嫌なので、他に空いている場所を探すが、見つからない。見つかったとしても、そこにはもっと酷い隣人がいるかもしれない。退助はあきらめて、さっきのおじいさんの隣に戻った。
テレビでは今度は、宇宙人に抗議デモする外国のひとたちの行列が映っていた。
いろいろな肌の人、いろいろな年代の人が、『宇宙人は帰れ』とか『ジャバラは侵略者』とか、たぶんそんな内容の言葉が書かれたプラカードをもって、歩いている映像。
退助は、あの人たちは羨ましいなぁと思った。
あそこでプラカードを持って声を上げているということは、地震で家を失ったり家族と離れ離れになったわけではないのだろう。
退助はちいさく嘆息し、毛布にくるまって横になった。おじいさんはとくに何も言ってこなかった。
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