第20話 ポーラスター 東京


 大型トレーラー・ポーラスター号は、甲州街道から環七通りに入っていた。環七通りは東京を半円状に走る長大な幹線道路であるが、交差点が陸橋をつかった立体交差であるため、あちこちで崩落が見受けられた。陸橋が崩れて落下していたり、そこに突っ込んだ乗用車が玉突き衝突していたりと酷いありさま。しかもそのすべてが、誰にも処理されずに放置されている。

 といっても、これらの崩落や事故は超地震の直後に起きたことであろうから、放置もあたりまえ。いまは道路の整備より都民の避難が優先されている。が、道路が使えなければ避難も難しい。すなわち東京の交通は、八方ふさがりの閉塞状態であった。


 あちこちで道路の崩落と事故車で塞がれてしまっている環七通り。

 が、それでも走れる地区は多い。事故車や駐車車両が放置されているが、車線が多いため回避も容易だ。

 だが、それでもどうにも通行できず、狭い脇道に入って迂回することも多かった。


「この先にガス・ステーションがあります」

 指令席の倉木が告げる。黒崎が、ガス・ステーションがあったら教えてくれとさっき言っていたからだろう。

「まだまだ燃料はあるんだが、つぎにいつ給油できるか分からないからな」

 それが理由であった。

「ガスの残量を見るんじゃなくて、タンクの空スペースを見るのさ」

 ちょっと自慢げな黒崎である。

 倉木が教えてくれた最初のガソリン・スタンドは大型のスチール屋根が崩落していて、給油が不可能だった。地下のタンクにガソリンはたんまりあるのだろうが、これでは給油できない。

 つぎに見つけたスタンドはセルフ式で、こちらの施設は無事だった。

 黒崎はポーラスターを器用に給油機に横づけすると降車し、給油ノズルを使用した。

「どうだ、退助。すこし降りて外の空気を吸わないか?」

 開けっ放しのドアのそとから黒崎が呼ぶ。すでに神波羅くんではなく、退助呼ばわりである。

 退助は後方のコントロール・ルームにいる倉木を振り返った。彼女はどうするのだろう?という気遣いだったが、黒髪の少女に不機嫌そうに睨み返され、すぐに諦めた。

 まあ、車椅子なのだから、降りるのは大変なのだろう。そう思って、首をすくめるように頭をさげると、ドアを開いてステップを降りた。

 そとの空気は一月の、冷たく澄んだ風。いつもなら新年を迎えた心改まる時期だが、現状はそれどころではない。

 退助は澄み渡る空を見回し、異星人の飛翔機械がいないことを確認してから、ベンチで煙草を吸っている黒崎のところまでいった。

「禁煙じゃないんですか?」

「べつにいいだろ、誰もいないし」

「でも、引火したら」

「地球はいま宇宙人に侵略されてるんだぜ。ガス・ステーションの火事くらい、どってことないだろ」

 うまそうに煙を吐き出すく黒崎の隣に退助は腰かける。

「はい、これ」

 缶コーヒーを渡された。

「あれ、これ、どうしたんですか?」

「店の奥にならべてあった」

「窃盗になりません?」

「いまの俺たちには、国内のすべてのものを強制的に徴用する権限が与えられている。だから、この店のガソリンも、置いてある缶コーヒーも、ただでもらって問題なしだ」

「そうなんですか」

 退助がちょっと驚くと、黒崎はいたずらっぽく笑う。

「だって俺たちの命も、強制的に徴用されているんだぜ。コーヒーくらいでビビることねえよ」

 退助は缶コーヒーをあけて、口をつけた。

 目線の先で、ポーラスターの給油口にノズルが突っ込まれているのが見える。ポーラスターも休憩して、一杯やっているようだ。ホースをつたって大量のガソリンがタンクに流れ込んでいるようで、ノズルはかすかに揺れていた。

「ここで少し休憩して、行く手の偵察をする。後部に無人機が搭載されているんだ。日本が開発した最新鋭のやつさ。それでここから先の道路を見てみたい。操縦、お願いできるか?」

 軽く頼まれた。

「ぼくがですか?」

「ドローンの操縦がすっごく上手いって聞いてるんだけど、ありゃあ嘘か?」

「いえ」退助はうつむく。「すっごくかどうかは分かりませんが、上手いです。普通の人より、はるかに」

「んじゃ、それ飲んだら、たのむわ」


 大型トレーラーの荷物は二機の無人機だった。ドローンと言われたが、これはドローンではない。

「飛行機ですよね」

 黒崎の操作で荷物室の側面と天井が折りたたまれ、中から姿を現した黒光りするずんぐりした機体をみて確認した。

 一機は、角の落ちた菱形翼と二枚ある水平尾翼。単発だが大型のジェットエンジン。戦闘機のミニチュア版。ただしコックピットはないので無人機で間違いない。大きなアンテナも特徴的だ。

 もう一機はナイロンカバーがかかっていて姿は見えないが、少し小さめ。こちらも、カバーのとがり具合から、別デザインの無人機であろうと推測できる。

「自衛隊が新開発した無人機で、ライトニング・ゼロというんだ。一応機密だから撮影はご遠慮ねがいたい」

 なぜかちょっと自慢げな黒崎。

「ぼくはドローンは使えますが、ラジコン飛行機みたいなやつは扱えないんですけれど」

「専門家の話によると、ドローンが扱えれば、こっちは簡単だということだ。逆にこっちが扱えてもドローンは難しいって言ってたぞ」

「ほんとですか、それ」

「こいつは垂直離着陸の機能がある。それ専用のファンとスラスターが装備されていて、動きが独特なんだ。飛行機としては制御しやすく扱いやすい。なぁに、失速にさえ注意していれば、落ちやしないからさ、飛行機なんて」

「……だといいんですけど」

 退助はちいさく嘆息した。


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