第19話 退助 避難所
避難所のテレビでは地震のニュースが流れていた。各地の被害が伝えられ、ニュースキャスターはこれを「大地震ではなく超地震と呼ぶべきでしょう」とし、超地震のキーワードを頻繁に使っていた。あたかも、これは大地震をこえるスーパーな超地震だから、政府の対応が遅れても仕方ないという言い訳のためのように。
つぎつぎと流される映像は各地の被害と復旧の様子。映像で見る限り、自衛隊の支援車の前に避難した人たちが列をつくり、炊き出しの配給をうけている様子。それがいつまでもリピートしている。
ここではないどこか遠くの避難所では、食料の配給が受けられるらしい。今も、なのか、これ一回こっきりで二度となかったのかは不明だが。
二日目になり、腹が減り、寒さに震え、空腹にも鈍感になり、退助は毛布にくるまってぼうっと遠くのテレビ映像を眺めていた。
救助を待つ他にやることはないし、下手に動いてエネルギーを消費すれば今夜にでも凍え死んでしまうと心配したためだ。心配しすぎかもしれない。だが、食料はないし、飲料水もない。昼過ぎまで出ていた学校の水道も、いまは蛇口をひねっても無反応になっていた。このまま救助がこなければ、ここにいる人たちは飢えと渇きと寒さで死んでいくかもしれない。
少し前に体育館のすみでひとつの家族が「おじいちゃん、おじいちゃん」と悲鳴をあげ、やがてそれが大きな泣き声に変わった。周囲の人たちが協力しておじいちゃんを運び出し、いまもその家族は低いすすり泣きを続けている。
おじいちゃん、死んじゃったのかな?と退助は思うが、だからといって自分にできることはない。それどころか、やがて自分も死ぬのではないかという心配がむくむくと膨れ上がり、いまそれはリアルな予測の範囲内にある。
じっと耐えるように夜を待つ。夜が待ち遠しいわけではないが、凍え死ぬかも知れないという不安に耐えているより、じっさいに寒さに耐えるほうがまだマシな気がしたからだ。
だが、二日目の夜はなかなか来なかった。七時を過ぎてもあたりは暗くならなかったのである。離れた場所にいた女の人がつぶやくように「今日は夜が遅いね」といっていた。
たしかにこの時期なら、夕方の五時には暗くなるのが普通だ。だのに、今日はずいぶん暗くなるのが遅かった。
夜、退助はがたがた震えながら毛布のなかで丸くなっていた。あまりの寒さに耐えきれず、立ち上がってスクワットをし、身体を温めてから丸くなるを繰り返し、しまいには疲れ果てとうとう眠りについてしまった。しばらくして全身が冷水のように冷え切り、凍死しそうになって目を覚まし、ふたたび震えだす。
本当に凍死するかもしれない。ああ、早く朝よ来てくれ。そう切実に願って丸くなっていると、ちかくの夫婦のささやきが聞こえてきた。
「あなた、いま何時?」
旦那さんが腕時計のライトをつけたらしい。かすかな光がもれる。
「朝の九時だ」
「まだ暗いのね」
「ああ。今日は朝が遅いらしい」
退助はこころの中で舌打ちした。もう九時なのに、まだ朝にならないなんて。
だが、そこではっと気づいた。
おかしくないだろうか? 日によって晴れたり曇ったり、天候にばらつきがあるのは日常的なことだ。
だが、日によって、日の出や日没の時間が変わることなんて、あったろうか?
夏は日が長く、冬は日が短い。だが、日によってそれが変化したりは、しないのではないか?
その答えが、すなわちラクシュミーの接触により地球の自転が狂い、一日の長さがかわってしまったせいだと退助が知るのはもう少しあとである。このときはただ、よりにもよってこんなときにとしか思っていなかった。だがそれは、その朝偶然そうだったわけではない。
地球の自転時間は変わってしまい、日本の国土は歪んでしまい、ナビもカレンダーも、時計すらも狂ってしまった。かつての日常はすでに失われ、もう二度と元に戻ることはないということに、退助はこのときまだ気づいていなかった。
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