第18話 孔冥と秀吉 超地震直後


 東京の震度は九を超えたらしい。観測機器が限界を超えたのと、あちこちでネットワークが裁断されたため、正確な情報が流れてこない。秀吉は地震がきた瞬間は深宇宙研究所にいたのだが、あまりの揺れの激しさに床に倒れ込み、振幅がおさまるまで床にへばりついていることしかできなかった。

「三石さん、無事ですか」

 揺れがおさまると同時に孔冥は被害の確認を開始する。座ったままデスクにへばりついていた孔冥は、すでに活動再開している。ただしその位置は、激しい揺れを受けてデスクごと、かなりの距離を移動していたが。

 立ち上がった秀吉も、負けじと研究室内の被害を確認する。

 資料ラックの引き出しはすべてが開き、外れて落ちたものもある。床に固定された棚はほとんど無事だが、そこに収まっていた機器は半分近くが落下して破損している。秀吉がそれらを戻そうとすると、孔冥が「あとにしよう」と提案してくる。まあ、それしかないだろう。納得し、秀吉は省庁との連絡を取り始めた。

 孔冥は冷静に、いま動いている機器を駆使して地震の情報を集めている。

「規模が大きすぎて、データが採取できないな。ちょっとSNSを覗いてみたが、どうやら今の大地震は世界規模で起きたらしい。オーストラリアと中国でも大地震の報告があがっている」

「惑星ラクシュミーの攻撃なのか」

「いや、潮汐力による影響だろう。地球が左右に引き延ばされたんだ。とにかく地上がこれじゃあ、異星人の様子は分からんな。僕としたことが迂闊だった。地震は予想してなかった」

 恨めし気に、床に倒れた飲料水のダンボールを見つめている。破裂したダンボールもあるが、中のペットボトルは無事で、水が床に流れている様子はない。

「あとであれは俺がもどしておくよ。機器は重いので、警備の人間に頼もう」

「ああ」

 うわの空でうなずく孔冥。ずうっと画面を見つめていたが、どうやらそこから情報を拾い上げていたようだ。

「被害は東京が特にひどいらしい。あとは関西、中国地方、九州。四国もだな。東北北海道では揺れは小さかったようだ。秀吉、アメリカ西海岸に津波の危険がある。ラクシュミーによって盛り上がった海面は東に移動しているはずだ。すぐに連絡してくれ。あと……九州四国でナビゲーションが狂ったという書き込みが多い」

「ネットワークがやられたか?」

「いや」孔冥は諦めたように肩をすくめた。「人工衛星が壊れたか、動いたか。……もしくは、国土の方が歪んだか」

 これに関しては、孔冥の予想は当たっていた。それがわかるのは何日もあとだが、日本列島は関東を中心に折れ曲がり、その形状を変化させていた。西日本はその形を変えずに、大きく南へずれてしまっていたのだ。

「昴から映像が来た」孔冥が画面をにらんでいる。

 昴とはすなわち昴望遠鏡のことであり、国立ハワイ天文台をさす。地球が潮汐力でラクシュミーに大きく横に引き延ばされたが、赤道に近いハワイ天文台では揺れは小さく、被害は僅少だった。そのハワイ天文台が、ラクシュミーとそこから飛散した破片のひとつをいまも追っていた。

 いま日本が、いや世界が大地震の被害でひっくり返っているときに、この天才科学者はラクシュミーの破片の行方を追っていたのだ。

「七つのうち、四つは見失ったらしい。いま昴が追っているのは北太平洋に落ちてくるひとつだ。見てみろ、秀吉。あきらかに減速している。ロケットやジェットによる反動推進ではない。力場、おそらくは重力場を駆使した制動だ。それにしても大きいな。直径約二百キロメートル。これくらい大きいと地球の衛星軌道上からも肉眼で観察できる。国際宇宙ステーション『きぼう』からの画像も問い合わせてみよう。しかし、直径二百キロだと、大きさは台風と変わらない。こんな巨大な宇宙船をつくる技術が異星生命体にあるのか……。ま、それはいいとして、やつらなんのためにこんなもので降りて来たんだ。その理由が知りたい」

 その理由に関しては、結局最後まで分からなかった。おそらくこうであろうという予測を孔冥が出しただけである。

 ただそれは、秀吉も唖然とする、想像の埒外の理由であった。

「北太平洋に一基着水する。もう一基は南太平洋へ軌道を変えた。ほかの五基も、地球上に展開しているのだろう。肉眼でも見えるぞ。なにしろ、空を覆う雲より大きい宇宙船だ。とんだ黒船来航だな」

 孔冥の皮肉は、痛烈を通り越し不謹慎と言えた。

 秀吉はちいさく舌打ちした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る