第13話 ポーラスター 甲州街道
大型トレーラー、ポーラスターは快調に甲州街道を飛ばしていた。
高い視点と大きな窓。視界は良好。道はすいており、道路の状態も良かった。信号機は普通に動いており、たまに交差点全ての信号が赤の点滅という場所もあったが、とくに問題もなくポーラスターは進んだ。
東京からは五日前に避難勧告が出ているので、走っている車はない。惑星ラクシュミーが地球の連星軌道に割り込んできたときの超地震で東京は大きな被害が出ていた。
建物の壁は崩落し、使えなくなった道路も多く、被害を受けた鉄道は復旧まで時間がかかった。にもかかわらず、追い打ちをかけるように異星生命体であるジャバラが侵攻してきた。最初は海上に展開していたジャバラであるが、突然都市部への攻撃を開始し、東京はほぼ壊滅状態。そうなる前に地震による被害で都市部に人が少なく、人的被害は少なかったともいえる。
ただし、首都高速道路はほぼ使用不能になっているという話だった。
本来、通行止めの情報などはナビに表示されるものだが、いまは東京の情報インフラは機能を停止している。インターネット回線も携帯電話回線も使えない。さらにラクシュミーの影響でGPSも狂ってしまっていた。正確にはGPSが狂ったのではなく、地球の自転が狂ったのだが。
「困ったものだな。時間も場所も分からねえ」
ステアリングをにぎる黒崎がつぶやく。
大型トレーラーは、現在首都高新宿線の高架下を走行中。この首都高の高架が屋根の役割をして、下を走る甲州街道を守ってくれたらしい。
路上にはたまに事故車が放置され、それをよけるために減速を余儀なくされるが、総じてドライブは快調であった。
退助は膝のうえに広げた地図帳を確認する。現在位置は明大前駅の付近。ナビが使えないので、地図を見るのが退助の仕事。後方のコントロール・ルームで倉木が画面を見ているが、この先の道路が現在どうなっているかを知ることはできない。
運転席の時計は夜中の二時を表示していた。が、周囲の明るさは午前中のそれ。太陽は高い場所にあり、それに襲い掛かるように緑色のラクシュミーが空へのぼっている。
太陽とラクシュミーはいっしょに動く。だが、毎日少しずつラクシュミーは太陽に近づいていて、あと何日かでふたつの天体が重なる蝕が起きる。そのことはテレビにニュースでも流れていたのだが、ジャバラの攻撃が深刻化してテレビ放送はストップ。各局はラジオ放送に切り替えている。それも二十四時間つづいているわけではない。お昼頃、太陽が真上に来た辺りで、二、三時間の放送が流れる程度だ。
そもそもが政府も各省庁も機能していないので、発表されるニュースもない。ラジオ局のスタッフも避難優先な中での放送であるから仕方ない。
「あと二時間くらいでラジオが始まるかもしれないな」
黒崎がつぶやき、ダッシュボードのカーラジオをいじる。いくつかのチャンネルを調べるが、聞こえてくるのは空電音ばかり。黒崎は舌打ちしてスイッチを切った。
あと二時間。
「深夜の四時まで待ちますか?」
退助が言うと、黒崎は苦笑した。
「あ、時計の時間で言ってる? 俺は太陽の位置で考えてたんだけど」
「どっちもあまり当てになりませんね」
退助の答えが気に入ったのか、黒崎は前を見ながら嬉しそうな表情をしていた。ギアを変える動作も、心なしか楽しそうだ。だが、急に表情をこわばらせ、ブレーキを踏んだ。大型トレーラーが前にのめり、タイヤが悲鳴をあげる。退助は身体をダッシュボードに打ち付けそうになったが、シートベルトに救われる。
「なんですか」
驚いたが、黒崎は後ろの倉木を確認し、鋭く警告する。
「ジャバラだ。倉木、電磁波を切れ」
命じつつ、自分も素早くエンジンを切る。
「いたんですか?」
退助は窓の外へ視線を向けた。
みなが押し黙り、怯えたように窓の外の空を探る。
「いた」
ちいさく黒崎が叫び、空の一点を指さす。
ふーんという風の音が響き、首都高の高架の向こうの空をとぶジャバラの飛翔体が見える。銀色の細長い胴体に、緑色の透き通った二枚翅をもつ攻撃機。
「セイレイだな」
黒崎が低く言う。大声を出したら見つかるような気がする。退助も小声でたずねた。
「こちらに気づくでしょうか?」
「わからん。ただの哨戒だと思うが、ジャバラの考えることは俺たちには理解できない」
とにかく見つかったら、どうにもならない。超音速で飛翔するセイレイの武装は、その火力、地球のイージス艦を遥かに凌駕するものだ。見つからないことを祈って、ここで待つしかない。
「ここからは対空レーダーは使用できませんね」倉木が無感情に告げてきた。「衛星通信も受信だけに限定します」
「だが、目視だけというのは危険だぞ。出会いがしら多脚戦車にぶち当たる確率もゼロじゃない」
「あたしが音を聞いています。無駄話は控えてください」
退助と黒崎が後部コントロール・シートを振り返ると、倉木があたまにおっきなヘッドフォンを被っていた。潜水艦のソナー技師みたいだった。
「了解」
ふんと鼻をならして黒崎は前を向く。
「セイレイ、行ったみたいです。進みましょう」
スピーカーから倉木の声が響いた。不安とか恐怖とかをまったく感じていない声音だった。
「じゃ、いくか」
黒崎はエンジンをかけると、流れるような動作でギアを入れ、サイドブレーキを外す。
ポーラスターはふたたび走り出した。
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