第8話 孔冥と秀吉 重力波

 惑星ラクシュミーが軌道変更したという知らせを受け、秀吉が孔冥に電話したのは夜中の二時だった。孔冥は二度目のコールで電話に出て、秀吉の報告に「それならすでに知っている」と返答した。

「いま、深宇宙研究所にいる。これから来るか?」

 秀吉は一も二もなく駆けつけた。タクシーを呼ぶ時間がもったいないので自分の車を使った。今回は手土産はさすがになかった。

「ここにずっといたのか?」

 秀吉の問いに孔冥は「帰らないことも多いな」とだけ。

「ラクシュミーが軌道を変更した。地球への衝突の可能性が高いらしい」

『衝突はないだろう』

 PC画面の中から加賀が、秀吉の問いに答えた。リモート・ラインで繋がっているらしい。接続先は三鷹キャンパスのようだ。

「言い切れるか?」

『広い宇宙だ。衝突させるのは難しい。が、かなりのニアミスになる。下手すれば、連星になるぞ』

「レンセイ?」

「連なる星と書く、連星だ」孔冥が補足する。「地球は現在月との連星状態にある。ここにラクシュミーが加われば、三連星になるかもしれない」

「なにが目的だ?」

「目的とは、だれの?」

「それは……」秀吉は口ごもる。「ラクシュミーの」

『惑星に意志があるのなら、なにかの目的もあるだろうが、ぼくとしては、どうやって惑星の軌道を変えたのかって方が気になる』

 加賀の疑問はいかにも天文学者らしい。

「ロケット噴射でもしたのか?」

 秀吉の問いは愚かだったようだ。

 孔冥が嘆息する。

「惑星が動くほどの推力があるロケットは、あの惑星の表面には見当たらない」

「んじゃあ、どうやって」

『軌道変更の時点で発振された電磁波の類は、地上では観測されていない。赤外線もエックス線もガンマ線も記録されなかった。となれば、ひとつしかないな』

 秀吉は答えをもとめて孔冥の横顔を見つめる。

 若き天才科学者は、あきらめたように口を開いた。

「重力波だろう」

『いま、ハワイ観測所の方で、ラクシュミーが軌道変更した瞬間の周囲の重力レンズ効果を測定してもらっている。これが確認できれば、あの惑星が重力波を発生させて……』

「──宇宙船かもしれないな」

 孔冥のつぶやきに、加賀も黙った。

「あれは惑星ではなく、われわれより遥かに進歩した科学を持つ異星人の宇宙船かも知れない」

「だとすると、どうなる?」

 秀吉は自分の声がかすれていることに気づいたが、唾をのみこんでも喉の渇きはおさまらなかった。

「わからん」孔冥は瞑目する。

 が、やがてぱちりと目蓋をひらいて、ひたと秀吉のことを見上げる。

「特別チームを編成してくれ。対異星人の対策班だ。メンバーにする科学者のリストは僕が作る。君がやらなくても、こっちは勝手に動くぞ。有能な科学者を集めて、異星人の正体を暴く。やつらの目的、生態、行動。すべて調べてやる。その上で、対処を考える」

「わかった」

 秀吉はその場で踵を返した。

 時間が惜しい。もうこの瞬間から動き出すつもりだった。

 考えてみればずいぶん無駄な時間を過ごしたことになる。最初に孔冥が連絡してきた時に、動き出してしかるべきだったのだ。

「あとで連絡する」

 それだけ告げて、秀吉は深宇宙研究所をあとにした。


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