第9話 退助 超地震


 超地震が起きたとき、退助は学校にいた。東京は半壊し、その後の異星人の攻撃により首都機能を失い、退助は家族と会えぬまま、東京の避難所から相模原の避難所へ移動してきた。

 彼には両親と小学生の妹がいた。

 家族の安否を確認したいが、携帯電話もネットも繋がらない。唯一動いているのは警察と自衛隊の無線だけだが、音声通話だけで何千万人もいる避難民の安否確認は、警察や自衛隊がその気になったとしても、処理できる情報量ではなかった。


「神波羅くん、家族とは連絡とれたの?」

 ステアリングを握る黒崎が軽い調子で尋ねた来たのは、国道16号線「厚相バイパス」に入り、トレーラーが快調に速度に乗り出したころだった。

「あ、いえ、まだですけれど」

 退助もすこし高い視点でのドライブになれ、気持ちが緩んできた頃合いであった。

 片側二車線のバイパスに他の車は見当たらない。たまに路肩に放置車両が見受けられるのみ。この辺りも避難区域に指定されているのだろう。

「なあ、倉木。お前の方で神波羅くんの家族を探すことできるか?」

 黒崎が後ろに向けて大声をあげる。

「できません」インカムのスピーカーが答えた。「特定の人物に対して便宜を図ることはできかねます」

「神波羅くんでも?」

「はい」

 言下に却下された。

「これから死ぬかもしれない少年に、家族の安否くらい教えてあげてもいいんじゃないのぉ」

 黒崎は歌うように抗議したが、退助はべつの部分が気になった。

「あの、死ぬかも知れないってぼくのことですか?」

「正確には俺たち全員だな」

 退助は黙り、黒崎もしばらく口を開かなかった。

「……すまん。現実だ。だが、嫌だと言っても降ろさねえぞ。この作戦にはお前が必要だかんな」

「何の作戦か、くらいは」退助はつぶやくような声をもらす。「教えてくれても」

「くそったれの異星人どもに、一撃お見舞いする」

「本気ですか?」

 さすがに呆れた声になってしまった。

「俺が考えたわけじゃないから安心しな。このトレーラーで宇宙船に突っ込むとか、そういうんじゃねえんだ。政府の異星生命体特殊対策室ってところが考えた作戦でな。だからきっと、科学的根拠がある」言い切ってうなずき、そのあとで黒崎は付け加えた。「……はずだ」

「あの。で、具体的には……、なにをする、作戦?」

「北をめざす」

 言いながら黒崎はブレーキを踏んだ。ポーラスター号の速度を落としながら、インカムにたずねる。

「つぎの分岐はどっちだ?」

「右へ。16号から甲州街道へ向かいましょう」

 黒崎はだまってクラッチを踏むとギアを変えた。他に車なんかいないのに律儀にウィンカーを出す。

「カーナビが使えないと不便だよな」


 ラクシュミーが地球の軌道に割り込んできたときの衝撃で、すべてのGPSが狂ってしまった。そのためカーナビは使えない。

 そればかりか、異星人に破壊されて使用不能になった道路もある。それ以前に超地震で崩落した高速道路も多い。すべてが使えないわけではないが、道路は一部でも途切れていたら、すべて使えないのに等しい。そこで引き返さねばならないから。


「甲州街道は大丈夫なのか?」

 黒崎がたずね、倉木が感情のない声でこたえる。

「空自の無人機が新宿までは確認してくれています。上は使えませんが、下はなんとかなる、と」

 上ってなんだろう?と退助が考えていと、黒崎が小さく説明する。

「上ってのは、高速道路のことだ。崩れちゃいないんだが、ニトロ・アジャテイターが噴き上げた瓦礫が降り注いで走れたもんじゃないらしい。逆に、高架の下の道は無事だったみたいだ」

「あの、東京にはジャバラが群れているって聞きましたが」

「いまは数が減っているらしい。とくに飛翔体はほぼ引き上げたようだ。ただし、多脚戦車はまだ残っているみたいだな」

 黒崎はミラーで確認すると車線変更した。他に車の姿はないというのに。

「話が途中だったな。行き先の話だった」右の車線に移り、ギアをあげてアクセルを緩める。「めざすのは北海道だ」

「え?」退助は黒崎の横顔を振り返る。「北海道。沈没したって聞きましたけど」

「ああ。ほぼ沈没した。だが、一部まだ海上に出ている部分もあり、そこに鎮座ましましているジャバラに一撃喰らわす。それが俺たちの作戦だ。ただ、俺たちの目的地は青森になる。青森の北部、恐山だ」

「そう、ですか」

 なんか他人事のように思えた。

 ここから青森まで、車で何時間かかるのだろう? ナビは使えないし、道路も通じているか怪しい。そして、その青森すら、いつまで沈まずにもってくれているか分からない。

 なにしろ、すでに北海道はほぼ沈没してしまったというのだから。


 退助はふかくため息をついて行く手に視線をなげた。まっすぐ続く道。他の車の姿はなく、ドライブは快調。空は快晴。雲ひとつなく、青く澄んでいる。なにかの悪い冗談みたいに、綺麗に晴れあがっていた。


 だが、地平線の上には大きな黄色い惑星が浮いていた。

 月と太陽の中間くらいの大きさ。高く昇ると美しい緑色に輝くのだが、低い位置だと鮮やかなレモン色をしている。

 遊星ラクシュミー。ぼくらの空に割り込んできたジャバラの惑星だ。

 地球はいま奴らに蹂躙されている。

 もう、もとに戻ることは決してないのだろう。


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