2 夏休みおもちゃ病院

 星町高専二年。荒町アキ。ショートヘア。

 二年生ながら高専ロボット部の職人と呼ばれている。


 星町工業二年、田谷たやタカシ。金髪。金属加工の上手と呼ばれる。


 星町第三高校被服科二年、松山ノドカ。茶髪の縦ロール。刺繍部副部長である。


「あのう、田谷さん、松山さん」


 荒町が、おどおどと二人に声をかける。


「そろそろ休憩などいかがですか? 暑いですし」

「そうだなあ」


 かがんだままコンテナの中をチェックしていた田谷が立ち上がる。


「どうよ、松山さん」

「あー? あーしも今アイス買い行こー、て言おうとしてたんだー」


 見かけがバラバラな三人。今日が初対面だが、なごやかだった。


「この行事も、続くねえ」


 高専前の売店にあるベンチで、ソーダアイスをかじりながら田谷。

 高専。工業高校。高校被服科。

 三校から有志が集まり夏休みに何をしているのかというと、おもちゃの病院である。今日の担当はこの三名。

 人形、ぬいぐるみ、乾電池式の車、飛行機、ロボット。修理済みのものを引き渡したあとで、本日の預かり分を確認していた。


「ボロボロになるまで遊んで、まだまだ大事にしてここに持ってきてくれるの、なんか、あーし嬉しいわ」


 チョコレートアイス片手の松山は、欠けた人形に樹脂を塗るのも、ぬいぐるみを縫い直すのも慣れたもの。


「そうですねえ」


 荒町が抹茶アイスをスプーンですくいながらしみじみする。


「へこんだところも、中の部品の欠けたとこも星町工さんに作っていただいて。勉強になります。

 被服科さんも、お人形のお洋服の再現とか、すばらしくて」

「荒町ちゃん、なんでずっと敬語なのよ。あーしだけ早々にタメ口なんすけど」

「え、でも」


 荒町は、実はちょっと親しくなるのに時間がかかる。


「まあまあ、これから共同作業は続くんだから。

 あとでへんな模型屋、紹介してくれるんでしょ?」


 田谷が穏やかに割って入り、


「はい。ここの先輩が、このあたりで最近奥さんといっしょにはじめて」

「え、あーしも見てみたい! へんな、って、なに?」

「昔スナックだったところをそのまま使ってて、なんだか場所もつくりも奥まってるし、夜っぽくてへんなんですよ。日が差さなくてそこはいいらしいんですけど」

「じゃあ、あとの楽しみが決まったところで修理内容の仕分け、続き入りますか」


 コンテナを、それぞれの学校の得意分野ごとに振り分けて持ち帰り、次回までに修理をして元の持ち主へ届けるのである。


「あれ?」


 走る子供たちがいた。

 男の子三人。どちらも三年生くらいだろうか。


「おもちゃ病院の、お兄ちゃんとお姉ちゃん?」

「どうしたの?」

「助けて!」


 えっ。と、答えるまでもなく、高校生たちは見た。


「……おもちゃ?」


 片腕の取れかかったクマ。

 異音が止まらないロボット。

 髪をめちゃくちゃに切られた人形。

 それらが宙を飛んでこちらへ向かってくるのだ!


「え! なんかお人形の顔とか、こわくなってるんですけど!」


 松山も慌てて、子供たちをかばいながら走り出す。


「あれ、あーしたちが直したやつらじゃね?」

「そう。でも、変な笑いかたするヤツが現れて、おもちゃになんか光を浴びせたら、ああなったの!」


 なんか光を。

 なんか、って、なんだ?


「とにかく安全なところに……」


 荒町がのんびりした口調ながら、頭のなかを働かせはじめた。


「そうだ、こっち……あっ?」


 方向を変えて向かった2メートルほど先に、見えない壁があって、左腕が触れた。


「熱……」

「荒町ちゃん、大丈夫?」


 左肘に、軽い火傷ができている。


「みんな、気をつけて」


 おもちゃたちと見えない壁に包囲されているようだ。


「どこかへ追い詰めようとしてるのかもな……」

「やだなー。あーし、逃げるので精一杯で、なんにもいい考え浮かばないよー」

「大丈夫ですかー?」


 すると向こうの角から曲がってきた、同じくおもちゃたちに追われている一団と合流した。


「なんとか」


 答えながら荒町は、ロボットを抱えている青い髪に紫のキャップの子供を見て、見かけない子だなあとそれだけを思った。


「どうしておもちゃが、あんなになってるのかな? あれ、私たちが直したのも混ざってるのよ! それに、見えない壁もあるみたい。これ、どうなってるのかしら?」

「たちの悪いやつが来たんですよ」


 サルがいた、カモシカがいた、くらいの落ちつきようでその青い髪の男の子は話す。


「その子は大丈夫だったのね?」

「その子?

 あ、このロボットは、無事でした」

「よかった。せっかく直したおもちゃまでがあんなになるなんて……」

「見えない壁か」


 田谷もまた落ちついていた。


「上と下は、ノーガード、て認識でいいか?」

「ご明察。これ、あくまで囲い込みなんですよ。

 あと、おもちゃたちの可動域、見たところ……地上から上ですね」

 まあ、こまかいことはいいや。上と下……」


 高専周辺の町内に詳しい荒町が、周囲を見回す。

 今、空き店舗だらけの商店街を抜けたところだ。


「さっきぶつかった壁の間隔がまだ同じとして……

 次の角は左にしか曲がれないから……

 みんな。私のあとをついてきてくれますか?」

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