第18話 フィーリア

-聖樹教会-


「まさかそれほどの年月を・・・」


クルス達の後ろ姿を見送りながら、聖樹教会のフィーリア司教は呟いた。


エルマー司祭から人族の少年が大事な話があるから会いたいという話を聞いた時、それを了承したのは単に珍しいという理由だった。聖樹教会に人族が来る事自体あまりないのだ。少年ならなおの事。


フィーリアが部屋に入ってきた少年、クルスを見て感じたのは、至極しごく普通だということ。一緒に入ってきた白い猫のベルについては、少年によく懐いてる程度にしか思っていなかった。エルマー司祭が部屋から退しりぞくのを了承したのも、危険はないとは判断したからだ。


そう。フィーリアはクルスからあの"言葉"を聞くとは夢にも思っていなかったのだ。"言葉"を聞いたときの驚きと焦り、そして人族が知っているという怒り。フィーリアは年甲斐もなく、クルスに対して語気を強めてしまった。


その"言葉"には題名というものはない。古くから"言葉"とだけ言われ続けている。"言葉"はエルフの中でも限られた者にしか知られていない。誰かに伝える事が出来るのは教主と枢機卿だけである。フィーリアが司教になったとき、"言葉"を教主様から直接、たまわった。


フィーリアが父、モーリスの名前を聞いたのは数十年ぶりだった。そしてクレオスの名前。遠い昔の記憶がよみがえる。戦争で怯えていた幼いフィーリアをそっと慰めてくれたクレオス。同時に柔らかい背中の毛でフィーリアの足を撫でた白い猫。

連合王国が成立した後、初代国王となったクレオスがお忍びでこの街に来たことがあった。クレオスはあの白い猫を探していた。魔王との戦いの最中にいなくなったと聞いた。


フィーリアは直感的に理解した。目の前にいるベルという白い猫はあの時の白い猫だと。普通なら絶対にありえない。しかしそれが真実だと感じたのだ。そしてクルスとベルの望みを叶えてあげたいと心から思ったのだ。その思いと合わせて、宿への紹介状をしたためた。


フィーリアにはただひとつ気になる事があった。なぜ白い猫のベルが"言葉"を知っていたのかということだ。クルスの話でベルが元々エルフだった事は聞いていた。つまり"言葉"を知る立場にいたエルフである、という事になる。

好奇心を抑えられなかったフィーリアは、別れ際にクルスに聞いて貰った。程なくしてベルから聞いたクルスが答えた。


枢護卿すうごけいらしいです」


一瞬フィーリアの思考が停止した。現在の聖樹教会にそのような職位はない。枢護卿とは何百年も前、まだ聖樹せいじゅがあった頃の職位だと何かの書物に書かれていた。


「まさかそれほどの年月を・・・」


※※※


-聖なる宿り木-


って?」


『昔の事ですわ。大したことございませんの。それよりも早く宿にいきましょう』


街を歩くクルスの問いかけにベルは興味なさげに答えた。


"聖なる宿り木"はすぐに見つかった。この宿は周りの建物と比べて少しおとなしめの外観だ。冒険者ギルドで紹介された宿もこんな感じなのだろうか。さほど気にせずクルスは入口の扉を開けた。


宿の中に入ったクルスは驚いている。クルスが今までに泊まった宿とは明らかに格が違っていたのだ。道具屋の息子なだけあって、金銭感覚は人並みに持っている。外観はおとなしめでは無く、つくりだったのだ。

司教から紹介された手前、他に移る事も出来ない。クルスは袋の中身を想像しながら悩む。


(お金どうしよう・・・)


「いらっしゃいませ」


クルスが声の方に視線を向けると中年のエルフが立っていた。おそらくこの宿の主人だろう。風貌はまさに紳士だ。


「人族の方とは珍しいですね。ご宿泊ですか?」


「あ、あの・・・ここを紹介されて・・・」


オドオドしながらもクルスは紹介状を取り出し、紳士エルフに手渡した。紳士エルフが紹介状に目を通してる間にクルスは決心する。


(よし、2泊したら他に移ろう!)


紹介状からクルスに視線を移した紳士エルフは、笑顔でクルスを見る。


「紹介状を拝見させてもらいました。ようこそクルス様。そしてベル様。お部屋はすぐに用意できます。それとも、お昼が近いので先に食堂で昼食を召し上がりますか?」


普通の宿だとこんな会話はない。これは絶対に金持ちエルフの御用達宿なのだとクルスは焦る。


「あの・・・1泊おいくらですか?」


「フィーリア司教様からのご紹介です。お代を頂くようなことは致しません」


クルスは素直に固まった。まさかタダになるとは夢にも思っていなかった。あの司教様が偉いエルフだとは思っていたが、これほどとは。


「お、お昼は外で食べるのでお部屋を・・・」


「かしこまりました。こちらが鍵になります。お部屋は3階です」


鍵を受け取ったクルスは紳士エルフにお礼を言い、近くにあった階段へ向かって行く。クルスの横を歩くベルが顔を上げる。


『ここで食べると無料でなくて?』


「タダ宿のうえに、タダ飯じゃ悪いかなと思って・・・」


食事くらいで、と呆れるベルであった。

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