第19話 魔性のベッド

-聖なる宿り木-


『・・・なさい』


「・・・」


遠くの方から声が聞こえる。


『・・きなさい』


「ん・・・?」


『起きなさい!』


ベチーーッ!!


柔らかさと弾力性を持ち合わせる、ベル自慢の肉球が寝惚けたクルスの頬に渾身の一撃を与えた。


『いつまで寝ているのですか、クルス。今日は朝からギルドに行くのでしょう?』


「もう痛いなぁ。やっぱりこのベッドは寝心地が良すぎだよ・・・」


少し赤くなった頬を撫でながらクルスはベッドを出る。いつもの事だが猫に叩かれても痛みは無いに等しい。しかし精神的なダメージは大きいような気がする。


昨日の意気込みを覆い包むふかふかのベッド。ベッドの上に横になる分には気付かなかった。寝ようとベッドの中に入ってはじめて素晴らしいベッドだと知ったのだ。クルスは魔性のベッドだと恐怖した。


※※※


昨日昼飯を外で食べて、すぐに宿に戻ったクルスはベッドに座り、冒険者ギルドから手渡された冊子を読み始めた。要約するとこうである。


冒険者の仕事は主に4つに分けられる。回収、調査、警護、そして討伐。回収は近場の森に生えている薬草の採集から、攻略不可能なダンジョンで入手できる品々の入手。調査は近隣の畑を荒らす害獣の調査から、未発見のダンジョンや遺跡の調査など。警護の対象は商人から貴族まで。討伐はもちろん数多あまたいる魔物の討伐である。


冒険者には階級が設けられている。下位の順に、鉄級、銅級、銀級、金級、そして白金級の5階級だ。鉄級は新人。銅級は一人前。銀級はベテラン。金級は一流。最後の白金級は超一流との事。

そして階級ごとに受けられる依頼が制限されている。下級冒険者が達成不可能な依頼を受けるのを防ぐ目的と、上級者冒険が下級冒険者の仕事を奪わないようにする為らしい。


最後に新米冒険者は戦闘の経験や、技術の有無に関係なく鉄級を与えられる。そしてどの階級も依頼の達成度などの実績によって、昇級するかをギルドが判断するらしい。


他には薬草の詳細な絵や魔物の弱点が記された絵など、なかなか読みごたえがある冊子である。


読み終わったクルスはふと自分自身の事を考えた。戦闘などしたことがない。自慢出来るような技術も知識もない。つまり冒険者の最初の仕事は薬草の採集ということになる。たしか薬草を採るにはコツが必要らしいから、慣れるまで四苦八苦しそうだ。そして薬草の買取価格が高いはずがない。お金はまだ若干の余裕があるが、これから冒険者の装備を揃える事になる。となると・・・。


「ずっとその日暮らしじゃないか!!」


明るくない未来が頭に浮かび上がり、クルスはベッドに倒れ込んだ。


『何事ですの?!』


椅子で昼寝をしていたベルが、クルスの声に驚いて目を覚ました。クルスが暗い将来の事をベルに話すと、ベルが鼻で笑った。


『強くなればよいだけの事。というのは全く期待しておりませんの。薬草採りでも王都には行けましょう』


元々可愛げのない猫だと思っていたが、なんて薄情な猫だと心から思うクルスだった。ただベルの魔法の威力は魅力的であるため、ここは下手に出る。


「ねぇ、ベルさん。冒険者の仕事手伝ってくれない?」


『・・・あなた次第ですわ』


味気ない返事を最後に、昼寝に戻ったベル。天井を見つめながらクルスは考える。


(たしかに自分次第だなぁ・・・よし!)


現実に直面したが、それでも英雄になる夢を捨てたわけじゃない。やれるところまでやってみようとクルスは改めて決心した。


「頑張るぞ!!」


『五月蝿いですわ!』


※※※


-冒険者ギルド-


「昨日の夕飯は最高だけど、今日の朝飯もなかなかだった」


『少しは緊張感を持ちなさい』


冒険者ギルドの前で、飯の事を思い出してるクルスにベルが呆れながら注意した。ギルドの中に入ると、大勢の冒険者で混雑していた。特に横手の壁の、依頼が張られてある看板に冒険者達が集まっている。いつもこんな感じなのかと、クルスは興味深そうに見ていた。


「クルス君」


クルスが振り返ると、昨日受付をしていたセーラが近付いてきた。今は受付担当ではないらしい。


「おはよう、クルス君。新人講習はもう少し後だから、あそこに座って待っててくれる?」


セーラが見ている方には、休憩所がありテーブルと椅子が並べてあった。何人か座っている。


「おはようございます、セーラさん。わかりました。むこうで待ってます」


「時間になったら、呼びに行くわ」


セーラと別れたクルスは言われたとおりに、休憩所に向かった。休憩所にはクルスと同じ歳くらいの少年少女が座っていた。おそらくクルスと同じように新人講習を受けるのだろう。

他の人にあまり興味のないクルスは空いている2人掛けの椅子に座り、依頼を選んでいる冒険者達を眺めた。隣にはもちろんベルが座っている。


「あ、あの・・・」


「ん?」


クルスが声の方を見ると、ひとりの少女がこちらを見ていた。


「隣の白い猫、綺麗ですね。撫でてもいいですか?」


「それは・・・ベル・・・猫次第かなぁ・・・」


クルスは"小娘などに、触らせるわけございませんわ!"の発言が出ると確信していた。

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