第11話 村の将来

-ナムル村 村長の家-


「――というわけです、村長。」


「・・・」


クルスの説明を聞いて、村長のソルトをはじめ、途中で話に加わったルークや全員が驚いた表情を浮かべていた。少しの時間、沈黙だけがその場を支配する。

それを破るようにソルトが話し始めた。


「あの洞窟にあったのがダンジョンだというのはかなりの驚きではあるが、納得はできる。私は若い頃は冒険者だったものでね。当時ダンジョンにはよく入っていたのだよ。明るい草原のような広い空間というのは、草原フロアと冒険者は呼んでいる。それに怪物がゴブリンだったというのも、ダンジョンなら魔物が出現するから理解できる」


ソルトは話を続ける。


「しかし気になる点もある。クルス君が話したゲートという魔方陣。君がどうして魔方陣の事を知っているのかは置いておこう。私は知り合いに魔法使いがいるから、魔方陣の事は知っている。しかしゲートは数百年前に技術が絶たれたという話だったはずだ。もうひとつ。その猫が魔法を使って君を治療し、ゴブリンを焼き殺したというのは本当なのかな。いや、疑っているわけではないのだよ。だがエルフが呪いを受けて猫になったと言うのはさすがに信じがたい。なぜなら呪いという魔法はないし、呪術という言葉があるが、あれは迷信だ」


クルスが説明している時に、自分を魔法で助けたのはあの猫だと部屋の隅の方に指をさした。隅に白い猫がしゃがんで目をつむっているのを全員が見た。クルスがそのまま説明の続きを始めたので、猫を外に出すこともなく、そのままになっている。


「ベル・・・猫の名前ですが、ベルの話を信じてくれとは思っていません。もし誰かから自分が聞いても信じないでしょうから・・・」


クルスが言うとソルトが頷いた。


「猫の件は保留にしよう。さて。未発見のダンジョンが村の近くに発見されたということは、それだけ村に危険があるということだ。実はダンジョンというのは未だに謎の存在なのだよ。そして危険に満ちている。領主様に一刻も早く報告して、調査と防護の人員を派遣してもらいたいのだが、証拠がなく説明だけでは派遣にも時間がかかってしまう・・・」


ソルトが難しい顔をしながら説明する。ソルトが危惧しているのは、ダンジョンにダンジョン以外のモノ、つまり人やエルフなどが入ると、ダンジョンの魔物が増加するという話があるのだ。それを放置すると、増加した魔物がダンジョンの外へと出てきて周囲に被害を及ぼす。クルス達がダンジョンに入ったのだから、魔物は増加することになるのだろう。


冒険者ギルドはダンジョンが近くにある都市に設置されている。それはダンジョン内の魔物を間引いてもらうという役割を担っているのだ。もちろん宝箱目当ての冒険者がメインになる。

ちなみにダンジョンの近くに村はない。というのも冒険者ギルドがあると、冒険者が大勢やってくる。すると宿泊施設内や武器屋や料理屋など数多くの店や商人が増える。そして彼らの家族もいるし、関係する人達もいる。人々が増えると犯罪も多くなり、それに対応する衛兵の数も増える。そして増えた人口の数と同じように、建てられる住居が増え、彼らが生活に必要な仕事などの店も増える・・・。つまり人口増加のため都市化するのだ。

以前、ある村の近くにダンジョンが発見されたとき、半年も経たないうちにその村は都市になったという記録もある。


ナムル村にとっては、ダンジョンは将来的にはその恩恵は計り知れないものになるだろう。しかしその恩恵を受ける前にダンジョンの魔物に襲われて全滅したのでは話にならない。せめて冒険者ギルドが出来て冒険者が来るまでは、防護が可能な存在が必要になる。

やり手で厳しい領主のことだ。仮に誰かが来て、ダンジョンの存在を報告したとしても、証拠がないとまともに動いてくれないだろう。忙しい本人が来ることはまずないだろうと、ソルトは考えていた。


クルス達は村長の説明を固唾を飲んで聞いていた。ダンジョンで大騒ぎにはなると思ってはいたが、それ以上の事が起こるとは。


(領主様がダンジョンに来れば解決しそうだけど、色々事情があるのだろう。危険だと言うし、早くするには証拠かぁ・・・)


ソルトの説明を聞いてクルスもどうすればよいか考えていた。そのときふとポケットの中に入れっぱなしにしていた物を思い出す。


(赤い玉の事をベルに聞き忘れていたな。ダンジョンから持ち帰ってきたのはこれだけだし・・・聞いてみるか)


「村長・・・実はダンジョンでこれを拾ったのです」


クルスはポケットから赤い玉を取り出し、村長達の前に差し出した。


「これは!見せてもらってもいいかね?」


クルスは赤い玉を真剣に見ている村長に手渡す。


「この色と大きさは・・・ゴブリンではないな。クルス君、どこで見つけたのかね?」


「消えたゴブリンのところです・・・あれ・・・ひとつ間違えていました。ゴブリンではなくてボブゴブリンです」


説明を間違えていたクルスはすまなそうな顔をしている。ソルトはクルスの顔を見て微笑んだ。


「この地域には魔物は出ない。クルス君はゴブリンとボブゴブリンの違いもよくわかっていないのだろう?気にすることはない。そしてこれは赤結晶と呼ばれている。ダンジョンで魔物を倒すとまれにこういう結晶を落とす場合があるのだよ。ダンジョン以外の魔物ではみられない現象でダンジョン特有なのだ。つまり、ダンジョンがあるという証拠になる!」


ソルトの証拠があるという言葉に、その場にいる全員が安堵の表情を浮かべた。


「この場はこれで解散としよう。私は明日、領主様へ報告に行ってくる。後日君たちから再度、話を聞くかもしれないがその時は頼む。ガーランド君は残ってくれ。相談したいことがある」


ソルトが解散を宣言すると皆立ち上がり、村長の家を後にする。クルスはやっと解放された事で、自分が落ち着いてきたのを実感した。


「ふう。これでやっと家に帰れる・・・」


『わたくしもあなたの家に付いていきますわ』


思いもしない随伴者に、残念ながらクルスの落ち着きはなくなってしまったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る