第9話 夢か真か

-バナックの森 洞窟 ダンジョン 草原フロア-


「やっと着いた。こんな棒で何する気なんだよ・・・」


焼け焦げたボブゴブリンの亡骸の横に落ちていた、平たくなった金属の棒を見つめるクルス。あまり亡骸を見たくはないがついつい目がそちらの方にいってしまう。改めて見ると焼けた緑色の肌の下から肉が覗かせていて、そこから油が滴り落ちている。肌と同じように肉も緑色をしていた。


「気持ち悪い・・・。早く持っていこう」


クルスは急いで棒を持ち上げた。クルスの胸くらいの高さまである棒は想像以上に重く両手でも持ち上げられない。人使いの荒い猫めと思いながら、ズルズルと棒の片方を地面に引きずり始めた。

少し進んだときである。亡骸が急に光り始め、そして消えたのだ。


「消えた!」


驚いたクルスは棒を放り投げて、亡骸のあった所まで近寄る。亡骸と一緒に焼けた草以外残っていなかった。


「これも魔法なのか・・・?ベルに聞いてみるか」


クルスが戻ろうとしたとき、キラリと光るものが焼けた草から見えた。しゃがんで光った先を良く見ると、そこには小さな赤い石のような物が落ちていた。地面から取り上げてじっくりと観察する。その赤い石は宝石のように輝いている。


「宝石なのかな?これも聞いてみよう」


もし宝石だったらどのくらいの価値があるのだろうと、クルスの表情が緩くなる。赤い石を自分のポケットに入れ、その場を後にした。


クルスは重い金属の棒を引きずりながら、やっとのことで鉄の扉まで持ってきた。ベルは遅すぎると言いたげな顔をして、姿勢正しく座っている。


「この棒でどうやって開けるの?」


『そうですね・・・あ。あそこの石を開いた扉の横に置いてください』


ベルが鉄の扉から少し離れたところにある大きな石を見ている。うんざりした表情をしながらクルスはその大きな石に向かった。そしてゴロゴロと転がし、扉の横まで石を持ってくる。


『確認していませんでしたが、ひとりで扉を開けるのは無理ですよね?』


『ああ。反対側から3人で押したよ』


『わかりましたわ。では、その棒を扉の隙間の中に少し入れて、石に当てながら棒の端を持って押してください』


ベルの言うとおりに、クルスは平たくなった金属の棒を縦にして、扉の隙間に差し込んだ。そして棒の反対側を持って、石に当てながら押してみる。すると、棒に押されて扉の隙間が少しずつ広がってきた。それほど力を入れていないクルスは不思議がっている。クルスは知らなかったが、ようするにテコの原理を利用していた。少しすると、人ひとりが通れるくらいに扉が開いた。


「・・・こんな重労働しなくても魔法を使えばよかったんじゃないの?」


『そんな都合のよい魔法なんてありませんわ!』


クルスとベルはダンジョンから抜け出した。


※※※


「実は・・・ベルとクレオスという名前を聞いた事があるんだ」


石の階段を上がっているとき、クルスは今まで考えていた事をベルに告げた。ただの夢だと思って話すのをやめようかとも思った。しかしベルとクレオス、夢と現実両方から2つの名前が出てきたのでは、偶然どころではなかった。


『知り合いに同名の方がいらっしゃるわけではなくて?』


「うん。・・・夢に出てきたんだ」


『夢ですの・・・?』


先頭になって階段を上っていたベルは立ち止まり、振り返っていぶかしげな顔をしてクルスを見つめる。


『夢の中でベルとクレオスという人たちが、何かを倒したんだ。その後、クレオスが何かを見つけて、ベルに触らせた・・・そのあと真っ白くなって・・・そこで目が覚めるというわけ』


『・・・』


「・・・」


(夢の話なんかして呆れられちゃった・・・?)


クルスはベルが何も言ってこない事に対して不安がった。


『・・・クルス。あなたは一体何者ですの?』


『え・・・?』


突然のベルからの問いかけにクルスが戸惑う。


『あなたが夢の話だとおしゃった事は、あたくしがここに現れる直前に起きた出来事ですわ』


「・・・つまり夢の話は本当だったってことか。やっぱり偶然じゃなかったんだ」


少しだけ謎が解けて安心したクルスだったが、そもそもなぜベル達が夢に出てきたのかは全くわからない。


「ところでクレオスという人は誰なの?」


『クレオスはあたくしのていのよいお供・・・大切な仲間ですわ』


クレオスという人はそうとう苦労していたんだなと、少し同情したクルスであった。


「その人はどうしたの?」


『わかりませんの。彼を探さなければいけませんわ。それに・・・あなたの事もじっくり調べなくては!』


(うわ・・・)


なぜかしっぽを真上に尖らせて、力強い発言をしているベルに若干引きぎみの顔をしたクルスは、階段の上の方から何かの音がしているのを耳にする。階段の上に顔を向けるとどうやら誰かの声のようだ。


『あら。人の気配を遠くの方に感じましたが、もう近くまで来たのですの』


そういう事は早く教えてくれと思うクルスであった。

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