第8話 ベル

-バナックの森 洞窟 ダンジョン 草原フロア-


(あたくしの名前を聞いただけで、どうして驚いているのかしら?)


ベルが自分の名前を告げると、少年は非常に驚いている様子だった。それほど珍しい名前とも思えない。知り合いに同じ名前の方がいるのかもしれない。


(それより、クレオスを探さなければ・・・)


今ベルにとって重要な事は、一刻も早く自分が置かれている今の状況を理解し、自身の無事をクレオスに知らせる事だった。それともうひとつ。


(この少年は一体何者なのでしょう?)


状況を整理するために、ベルはこれまでの事を思い返した。


※※※


の後にの地下で見つけた呪解じゅかいのオーブにトラップが仕掛けられているとは、ベルとクレオスは夢にも思っていなかった。実際はオーブに魔法の重ね掛けをしており、そしてオーブ本体に魔方陣が描かれていたのだ。本来はありえない。


ベルがオーブに触れた瞬間、光が放たれゲートが発動する。それがトラップだと気付いた時にはすでにベルが消えた後だった。しかも転送先が他のゲートではなく、何もない真っ暗な空間だったのだ。


『なんとかしないと・・・』


クレオスの姿はなく、ベルだけが転送されたようだ。見たこともない空間にベルは戸惑っていたが、どうにか抜け出そうと考えていた。

ベルは新たなゲートを発動すれば戻れるかもしれないと思い付く。残り少ない魔力を用いて、ゲートのオーブを生成しようとベルが詠唱しようとした瞬間、どこからともなく現れた光がベルを包んだ。


気がつくと、どこかの一室のゲートの上に立っていた。そして目の前には少年が倒れている。顔が土気色をしており、全身血まみれになっていた。


『これはまずいですわ!』


周囲を確認する暇もなく、ベルは急いで少年に治療魔法を施した。目を閉じて詠唱を始めると白く丸いオーラが現れ、そして緑色に変わった。ベルが詠唱を止め目を開き、緑色のオーラを少年に放つ。オーラに包まれた少年の傷はみるみると塞がっていき、顔色も良くなった。治療がどうにか間に合ったことがわかり、ベルがホッとしていると少年が目を覚ました。


起き上がった少年は自分の傷が癒えた事と、ベルがいるのを不思議がっていたが、突然落ちていたナイフを拾い上げ、階段の上の出口を睨み付けた。

ベルが意識を出口へと向けると、近くに魔物の気配があり、少年はどうやらそれに怯えているようだった。ベルは意思の疎通は出来ないと知りながら少年に声をかけた。突然の猫の鳴き声に少年は驚いた顔をしている。猫であるベルの言葉を理解出来るのはクレオスだけなのだ。


『あの人以外に聞こえるわけありませんわね。それはそうと、どうにかして今の状況を把握しないと』


ベルは自分自身がどのような状況に置かれているのか全くわからない。まずはここが何処なのかを知る必要があった。


「・・・今の状況を把握?」


『――!』


不意に少年が口にした言葉に、ベルは驚愕した。


(あたくしの言葉を繰り返した?)


(まさか偶然・・・いえ、違うわ)


クレオスと同様に少年はベルの言葉が理解出来ていた。感情には出してはいないが、ベルはとても喜んでいた。クレオスと出会う前、話せる者が1人いたがに亡くなっている。

それと大切な事がひとつ。ベルの言葉を理解する者はを持っていた。もしかしてこの少年にも何かの力が宿っているのかもしれない。ただし、少年のはベルにとっては褒められたものではなかった。


少年が言うにはここはバナックの森だと言う。ベルはバナックと聞いて多少驚きはしたが、暗闇の空間をはさんで、からバナックの森まで転送されたのだと理解した。なんらかの思惑があって転送されたのかもしれないし、偶然暗闇の空間から戻されたのかもしれない・・・。

バナックの森といえば、彼らの秘密の拠点があったところだ。彼らとの戦いが始まったとき、ベル達が偶然発見して秘密の拠点を陥落させることに成功したのである。


ゲートが使えないとわかって、ここに留まるという少年を無視してベルは出口に向かった。感じる気配で大体の脅威がわかる。ベルの後を少年は追ってきた。案の定、ゴブリンだった。正確にはボブゴブリンだがベルにとっては大して変わらない。


少年との会話でベルは気になる事があった。少年は幼馴染と宝物を探しに来たと言っていた。彼らとの戦いは終局を迎えていると言える。しかし、外に自由で遊べる状況ではないはずだ。そしてバナックにはダンジョンなど無いはずなのだ。


(いずれにしろ、ここから出てみればわかることですわ)


※※※


ベルと少年は、少年が言う鉄の扉までやってきた。扉は人の手が入る程しか空いていなかった。少年に頼み事をしようとした時、ベルはふと少年の名前を聞きそびれていた事を思い出した。


『あたくしとしたことが迂闊でした。あなたの名前を聞いておりません』


「クルスだよ」


『申し訳ありませんが、クルス。先ほどのゴブリンのところまで戻って、金属の棒を持ってきていただけます?』


「え!どうして?」


クルスは驚いた顔をする。


『このままでは頑丈そうな扉が開きませんの。棒を拝借しましょう』

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