第4話 白い猫①
-バナックの森 洞窟 謎の一室-
〈・・・オーブから光が! クッ、眩し過ぎる! 離れるんだ、ベル――〉
〈これは――〉
(・・・)
どうやらまた不思議な夢を見てたらしい。
「まったく、眩しいったらありゃしない・・・」
「・・・え?」
クルスは飛び起きた。身体が動く。片方の目は血が固まってよく見えないが、全身に痛みはない。
全身を見渡すと衣服には血がベッタリと付いているが、出血しているところがどこにも無い。クルスはそっと目から固まった血を剥がした。
「どういうこと・・・」
今起きている事を全く理解出来ていないクルスは呆然としていた。そのとき視界の隅で何かが動いたのに気付く。
ギョッとしたクルスが振り向くと、離れたところに一匹の白い猫が姿勢正しく座っていた。長いしっぽがユラユラと左右に揺れている。
「なんだ猫か・・・」
ホッとしたクルスであったが、疑問が頭をもたげた。白い猫はこちらをジッと見つめている。
(どうしてここに猫が?)
「そんな事より、あの緑色の怪物!」
自分自身の危機的な状況を思い出したクルスは急いで、近くに転がっていたナイフを拾い上げた。そして部屋を一周見回したあと、階段の上を睨み付ける。ここは小部屋だったようで、階段以外に出口はない。
「・・・」
緑色の怪物が襲いかかってくると、思い身構えていたがどういうわけかいつまで経っても下に降りてこない。
それでもクルスは身動きせず階段の上を見上げている。
『邪悪な者はここまで降りて来られませんわ』
(なるほど・・・ ん?)
突然の女性の声に思わず納得してしまったクルスだったが、ビックリしながらキョロキョロと小部屋を見回す。もちろんクルス以外に声をかけてくれる人なんているはずもない。
「まずい・・・。恐怖で頭が変になってきた?」
(猫が声を出して話せるわけないなぁ・・・)
「
クルスがブツブツと独り言を呟いている。 白い猫は同じ姿勢で座ったままだ。
『あの人以外に聞こえるわけありませんわね。それはそうと、どうにかして今の状況を把握しないと』
「・・・今の状況を把握?」
『えっ?』
自分の頭が変になったせいで出てきたと思われる、女性の声が何故か驚いている。
この混乱した状況に戸惑っているクルスに、座っていた白い猫が近づいてきた。
『ちょっと、あなた!』
「ああ。この白猫が喋っているように幻覚を見せてるわけね」
自分の精神状態を確かめるようにクルスは冷静に答えた。
『ちょっと!!』
幻覚のくせにやたらとうるさい。クルスはこれからどうすべきか目を閉じて考える。幻覚を受け入れて廃人になるか。すぐ降りてくるであろう緑色の怪物に立ち向かうか。それとも――。
ペチーーッ!!
クルスの頬にやわらかく、かつ弾力性のある何かが打ち抜かれた。決して痛くはない。しかし、なぜかクルスの精神に大ダメージを負わせた。
肉球だった。
『そこのあなた』
「・・・」
『そうです。あなたですわ』
「え・・・」
『なぜあたくしの声が聞こえているですか?』
「おお・・・」
ようやくクルスは理解した。幻覚を見ているのではない、この白い猫が本当に話しているのだ。
「ど・・・して・・・」
『今なんと? 聞き取れませんでしたわ』
「・・・どうして猫が話せる?」
『質問に質問で返す、無礼ですわね!』
少しだけ白猫の毛が立った。
「・・・どうして話せるかは知らない。それよりなぜ猫が話せる?」
『あの人でもないのに・・・。まあ、いいでしょう。なぜ猫である、あたくしがあなたと話せるのかという事ですわね?』
「その通りだよ」
『それは・・・あたくしが猫ではないからですわっ!』
長いしっぽがピンと真上を貫き、両足はつま先立ちで、顔は斜め上を向いている。きっと会心の決めポーズなのだろう。
「・・・それならなんなの?」
『若くて美しいエルフですわ!』
「エルフだって!?」
『あたくしがいくら美しいからと言っても、そんなに驚く必要ありませんわ』
もちろんクルスが驚いたのは違う事である。どこかの遠い地域に住んでいると知っているだけで、クルスはエルフを見たことがなかった。
『以前呪いをかけられまして。それで猫になってしまっただけですわ』
「・・・呪いなんて本当にあるんだね」
『解くのを失敗したようですが・・・。まあ、いいですわ』
猫なのに一瞬悲しい顔をしたように見えたが、気のせいだろう。
『今度はこちらから質問しますわ。よろしくて?』
クルスは頷いて先を
『それでは。あの人、クレオスという人を見ませんでしたか?』
(クレオスと言ったら、英雄王クレオスしか思い浮かばないけど・・・)
「見てないし、会ったこともないな」
『わかりましたわ。もうひとつ、ここはどこですか?』
「ここはバナックの森にある洞窟の中だよ。」
『バナックの森ですって!? バナックと言えば・・・』
バナックと聞いて白猫が突然ブツブツ独り言を始めた。クルスも最も重要な事を白猫にいくつか聞かないといけない。
「もういい? また質問させてよ」
『・・・偶然転送した? え? 質問ですか。いいですわ』
「上にいる緑色の怪物は、ここには来られないと言ったのは本当?」
『ええ。この空間は聖域になっているのですわ』
「聖域・・・?」
『説明が難しいですわね・・・ 安全で聖なる所と思っていただければ』
「わかったよ。次に、この身体を治したのはあんた?」
『かなり酷い状態でしたので、少々骨が折れましたわ』
「どうやって?」
『もちろん魔法ですわ。・・・そんなに驚かなくてもよろしくて?』
魔法。もちろんクルスも知っている。しかし魔法を扱う魔法使いは限られた人しかなれないと本で読んだことがあった。ましてや猫だ。クルスが驚くのも無理はない。きっと治癒が出来る魔法使いのエルフだったのだろう。
「これが最後。あんたの、言葉尻のわはなんなの?」
『クセなんですの! ほっといていただきたいわ!』
「・・・」
(エルフって全員こんな感じなのかな・・・)
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