第3話 洞窟②

-バナックの森 洞窟 隠し通路-


洞窟の壁が崩れて空いた穴に三人は頭をかがみみながら入っていく。少し進んだところで、広くなっているところに出てきた。

そこは四角い石を積んで出来た部屋のような作りになっており、所々石の壁が崩れて土や砂利がこぼれている。そして部屋の奥には今にも朽ち果てて壊れそうな木の扉が閉まっていた。



「誰かここにいたのかな?」


「いたとしても大昔の事だろう」


クルスの問いかけにジムが答える。

本来なら頑丈に出来た扉で、簡単には開けられなかったのだろう。しかし、クルスが扉を押してみると呆気なく開いてしまった。

扉を開けた先には石の階段があり、下の方へと続いていた。そして不思議なことに、たいまつの必要がなくなるほど階段の空間が明るくなっているのだ。


「クルス君、このまま降りて進むの? 誰かに知らせた方がよくない?」


「な、何を言ってるんだ、メラニー。誰かに教えたら宝物取られちゃうじゃないか!」


クルスも本当は不安になっていたが、誰よりも先に宝物を見つけたい気持ちが勝る。クルスは自分に言い聞かせる。


(自分たちが最初に見つけた秘密の通路なんだ。絶対に見つけてやる!)


「仕方がないよ、メラニー。行こう」


「しょうがないわね。危なくなったら帰るからね!」


ジムも不安そうな顔をしているが、諦めたようにメラニーをさとし、二人から否定されてムスッとした顔のメラニーが妥協する。

念のためたいまつは火を着けたままにして、クルス達は足元に気を付けながら、少しずつ石の階段を降りていった。


2、3分ほど時間をかけて降りて行くと、先ほどの部屋と同じような石を積み重ねた廊下があり、ここも明るくなっている。奥まで進むと、今度は錆び付いた鉄製の扉が姿をあらわした。


「重そうだから皆で押してみよう」


クルスの合図で力いっぱい扉を押してみる。錆びた蝶番が不気味な音を鳴らしながら、少しずつ開き始めた。

なんとか子供1人が通れるくらいに扉を開く事が出来た。


「行くよ」


意を決してクルス達は一斉に中に入ってみる。そして三人は目の前の光景に絶句した。


そこは広大な空間が広がっていて、左右や反対側の壁が見えない。そして太陽が照らしているかのように明るかった。ましてや地面には草が生えており、木も生えていて、まるで草原のようだ。向こうには池が見える。


「すごい・・・」


メラニーが感嘆の声を上げる。


「あはは。こりゃ秘密の楽園だな」


「これが宝物・・・?」


ジムが笑っているのに対して、クルスは納得してない顔をしていた。具体的に宝物とは何だとは知られていない。ある人はすごい武器、きっと伝説の武器だと言っていたし、ある人は金貨よりもっとすごい、白金貨が袋いっぱいにあるんだと言っていた。伝説の武器はもちろん見たことない。金貨すら見たことないけど、白金貨なんて想像もつかない。実は宝物は草原・・・?


(たしかに洞窟の奥に草原があるのは凄い。凄いけど・・・)


「奥に行ってみようよ!」


先ほどまで不安な顔をしていたメラニーが、今は満面の笑みをしながら前へ歩いていく。その後ろを嬉しそうな顔のジムと、むつかしい顔をしたクルスが付いていくのであった。


しかし、クルス達は気付かないでいた。動物や鳥、そして虫の鳴き声が全く聞こえてこなかった事を。クルス達は勘違いしていた。ここが楽園とは程遠いところだという事を。


「あの池で水をもう」


ジムの言葉に誰も反対することなく、クルス達は池の方に足を向ける。全員革袋の水が残り少なくなってきたからだ。向かう途中、綺麗な赤い花が咲いており、嬉しそうな顔でメラニーが手に取っていた。


池の近くまで来て、クルスがジムに火を着けたままのたいまつを手渡す。


「飲める水かどうか見てくる」


クルスがひとり池に近寄り、じっくりと水面みなもを見つめる。池の水は透き通ったように透明だ。


(見た目は大丈夫そうだ。魚は見えないけど、まあいいか)


クルスが腰を下ろして池の水を飲んでみようとした時である。三人から少し離れた草むらが、突然ガサガサと音を立てた。三人ともギョッとした顔で草むらの方を凝視する。


草むらから緑色の肌をした、人のような何かが出てきた。人のようなとは言ったものの、顔は人のそれとは大きく異なっており、目は赤く耳は尖っていた。背丈はクルスたちと同じくらいの高さで、上半身は裸で腰布を巻いている。そして手には殴られたら、一溜ひとたまりもないような太くて長い金属の棒が握られている。


その奇妙な緑色の怪物は突然大声を上げて、クルス達に向かって来た。


「走れ! 逃げろ!」


クルスがとっさに大声を上げる。その声に反応してジムとメラニーは走り出す。クルスも走り出した。

斜め後ろから変な奇声を上げながら、緑色の怪物がクルス達を追いかけてくる。


「怪物に追い付かれる!急ぐんだ!」


三人は扉を目指して必死に走る。


最初にジムが鉄の扉にたどり着き、扉の中に入る。次にメラニーが着いた。少し遅れてクルスが扉に近付いた瞬間、後ろから嫌な気配をクルスは感じとった。振り返ったクルスが見たのは、止まっている緑色の怪物があの金属の棒を力いっぱい自分めがけて投げ飛ばした姿だった。


グルングルンと高速回転しながら向かってくる金属の棒を見たクルスは、扉の中には入ろうとせずに横に飛び出した。飛び出したと同時に金属の棒が鉄の扉にぶつかり、甲高かんだかい音をとどろかせた。もしクルスが扉に入ろうとしたら、木の棒か鉄の扉に押し潰されていただろう。

クルスが振り返って鉄の扉の方を見ると、ぶつかった衝撃で鉄の扉が閉じてしまうという最悪の場面が目に飛び込んできた。そして、緑色の怪物に視線を移すと、少し離れたところで仁王立ちをしてこちらを凝視している。


「今扉をあける!」


ジムの声が鉄の扉の向こうから聞こえてきた。


「駄目だ、間に合わない! 早く助けを呼んでくれ!」


クルスが緑色の怪物への視線を外さずに大声で叫ぶ。


「クソッ! 絶対に怪物につかまるなよ!」


「大丈夫だ!」


扉の向こうにいるジムとメラニーの気配が消えた。クルスは緑色の怪物が対峙たいじしながら考えていた。顔から汗が流れ出す。


(落ちている金属の棒は重そうで持てそうにない)


(腰のナイフを使うしか・・・)


(宝物なんて探すんじゃなかった・・・)


クルスは泣きそうな顔になりながらも腰のナイフを手に持った。緑色の怪物がゆっくりとクルスに近付いてくる。


「無理だ」


クルスに戦闘経験があるわけもなく、ナイフの使い方も知らない。きびすを返したクルスはナイフを手にしたまま、壁づたいに走り出した。それを見た緑色の怪物もクルスめがけて走り出す。


どのくらい走ったのだろうか。クルスの足がそろそろ限界に近付いている。クルスが振り向くと、緑色の怪物はクルスより少し走るのが遅かったのか、少しだけ距離が離れていた。


(でもこのままじゃ追い付かれる・・・)


息がかなり上がってきている。


(もうダメか)


クルスが諦めかけたその時、前方の壁に穴が空いているのが見えた。このまま真っ直ぐ走っても、もう追い付かれるだけだとクルスは穴を目指して最後の力を絞り出す。


大人くらいの背丈の大きさの穴にクルスは夢中で飛び込んだ。その瞬間、身体が宙に浮いた。そこは下に降りる階段だったのだ。階段だと気づかないまま、クルスはゴロゴロと転げ落ちた。


転げ落ちた先でクルスは血まみれになり、うつ伏せの状態で倒れていた。足を動かそうにも足の感覚がない。指の感覚もない。身体を起こせる力もない。片方の目も見えない。


(逃げるぞ・・・)


なんとか顔だけを起こしたクルスは、まだ逃げようと前方を見ようとする。しかし、ひたいから流れ出た血で濁ったもう片方の目は鮮明に見せてくれなかった。自分のうめき声だけが耳に伝わる。


ぼんやりと血のせいで赤い、丸いものが見える。クルスは無意識にそれを触ろうと腕を伸ばそうとした。しかし動かない。反対の腕は何とか動いてくれて、少しずつ丸いものに近付ける。

丸いものまで腕が伸び、感覚のない手が被さったと同時にクルスの意識がなくなった。


その時である。丸いものが光を放ち始めた。次の瞬間には光がクルスを覆い――。


すべてが真っ白になった。





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