第29話 圧搾寄生弾体

「とりあえず、ピシカにはエレキビッツの端末を片方貸す。

 ネーネリアは、アプラスにミユキと騎乗しろ。

 人手が大いに、越したことはない」

「「はい!」」


 すっかり二人とも、やる気になっている。

 ゲームの世界に現れた、ポリゴンの中の自我。

 オルタナと呼んで区別こそつけるも――彼らはすでに、人とほとんど変わらない。

 ピシカが戻ってきてから、ますます……この子達を失わないために、最善を尽くそうと、アスカは強く願うようになっていた。


「行くぞ!」



 熊はこちらが接近すると気づくや、途端に逃走を始めた。

 この世界での使役飛行技術は、基本的にMPの消費と自動回復とを使い分ける、魔力変換によるスタミナ航行制だ。

 そして飛ぶ側の連携にも、ある程度の筋力値が予め必要となる。

 低空を飛んでいるうちなら、ピシカと二人ぐらいは余裕で飛ばし続けられるのだ。

 こういうとき、一次職や二次職で回復職を選んでよかったとつくづく思う。自身やエレキビッツにMP回復を付与しながら、それを飛行に直後そのまま転用できる。

 デバフからも徐々に解放されながら、対象へ急速に接近していく。

 そこへ横から、何かの影が急速に飛来して横切ってくる。


「ピシカ、気をつけろ!」


 アスカは接触されかかるとまずはよけるが、軌道を大きく逸らしていく。


「ここで引き離されるわけには――いい加減、お前も居眠りから目を覚ませッ!?」


 弱体していた災鴉へ、発破をかける。

 機械音の咆哮とともに、右腕が軽くなるや、羽が蠢き、いよいよ内側から小型のスラスターが解放された。


「よし――お前はピシカの援護を!」


 そう言って、それまで扱っていたエレキビッツの残り片方を、彼女の方へ向けて投擲する。

 自律した端末は承諾をあらわすよう、軽やかな電子音で応じた。

 エレキビッツに掴まっている以上、彼女は片腕しか使えない。ミユキたちのアプラスが合流するまで、この様子では彼女があれを引き付けることになるだろうか。


「あれが……本体?」


 伝承の出典通りに、羽の生えたライオンだった。

 それはピシカらに目もくれず、アスカの周囲へ執拗に旋回する。

 片腕にロケット、時々足にドリルとか装着して飛ぶ変身ヒーローが最近はあるとか聞いたが、右腕に備わった災鴉の纒――大がかりな装置が、腕の付け根から、アスカの全身を揺さぶっていく。

 回避を続けていると、上下は掴めても、左右の方位間隔が疎かになっていた。


「集中ッ!」


 接近して正面を覆う影。

 間合いに入ったことを、アスカはすぐに悔いる。

 直後、右腕を盾にしたら、ライオンの咢が喰らいついて――目が合った。

 なにか見定めているような、一瞬、それから逃走する熊とは真逆な方位へ、弾かれた。


「っ、の」


 スラスターを吹かして急制動だが、不時着に間に合わない。地面に衝突しただけで、九割近いHPを刈り取られ、激痛の中自分は、間髪入れずHPの回復術を使用する。

 防御姿勢までは間に合わず、ライオンの頭が迫る。


(羽の生えたライオン――胴体が、変質した?

 あれは……)


「ヒト?」


 マッシブな巨漢から、足の長い青年のような体形の裸身へと変質する。生殖器はないゆえに、その肉体美と滑らかさが棄損されない、完成された異形。

 それが右腕の肘首から、毒蛇と思わしき長物を、アスカへ向けて放ち――それは横から入った、メイスに叩き落される。

 ネーネリアが地に降り立つと、分離した毒蛇は、彼女を敵と見定めたようだ。


 プルソンの本体と見受けられる、獅子頭はなおもアスカへ迫る。


(まだ回復が追い付かない……!)


 おまけに加えて回復と防御バフを自身に行使すれば、MPが一時的に底を尽きる。一度そこを尽きると、ペナルティのように秒間回復が停止してしまう。


「バイタルガッツに賭けるか?

 冗談っ……」


 アスカは地面を横転しながら、一瞬だけ回復したMPの全力でスラスターを吹かし、獅子頭の突進をすんでのところで回避する。

 直後ミユキのグルカナイフが、獅子頭との間に割って入った、獅子頭は回避を必要とせず、アスカへ迫り、その顔面へ追い付いたアプラスの突進と彼女の踵が叩き込まれた。


「行ってください、アスカさん!

 熊はあっちです!」

「助かる、この場はみんなに任せる」

「もちです!」


 ブーメランを終えて、グルカナイフが彼女の手に舞い戻る。



 蛇と対峙するネーネリアは、自身が選択したばかり、二次自由職のスキル効果を解き放つ。


「これが私が選んだ力。

 お前なんか、幻蛇ウロボロスよりこわかない!

 見えているのなら!」


 そのウロボロスや主人であるミユキ、そして無生物を侍らせるアスカからこそ得られた着想と確信であった。『鎖使い』は文字通り、鎖による拘束やシステムモーションによる使役術が可能だ。

 そのまま向かう蛇が飛び掛かってくるのに合わせて出現した彼女の鎖は、蛇の痩身に取りついて、一気にねじ切っていく。


(できてる――私も、アスカさんみたいに!)


 力を得た、確かな実感がある。


「そのまま――ピシカさん、お願いします!」


 現場を離脱し、即座に獅子頭へ向けて駆け、再び鎖を放った。


「あいよ!」


 返事の聞こえたほうを一瞥、初めて彼女の武器を確認する。右手には手甲鉤、左手にはエヌマエル状の棘剣――選んだのはアスカだろうと、なんとなくわかってしまう。

 殺意しか感じない。そしてそういうものを躊躇なく扱う彼女の血走った瞳と好戦的な笑みは、あの主従がどういった間柄なのか、如実に表わしているようだった。

 ミユキに加わり、三方向から少女たちは獅子頭へ突貫していく。

 無謀を承知でも、引けるわけがない。



 プレイヤーを殺すときは、自身の手を使うことに、無意識がこだわっていたと思う。

 これだけはけして、ほかの誰にも――ミユキやピシカにも、譲るわけにいかない。

 彼女たちを使役した責任を、彼女たちが手を汚した責任にしたくなかった。


「奪うなら、自分の手で。

 誰かに押し付けるんじゃない。それはお前自身の責任だ」


 自分に言い聞かせるように。

 そして――、


「見つけた。エーテルカートリッジ、ロード」


 荒野を駆ける、熊の黒い背中が哀れなほど禍々しく紅く光る。その背中へ自分はたった今、無機質で無慈悲な一撃を穿とう。


圧搾寄生弾体ヤドリギ:装填完了】


 右腕を覆う翼状の機構が、複雑怪奇な収縮とシリンダー連動を繰り返す。

 やっとこさ絞り出した、棒状弾体MPの塊が、バレル筒の内側で擦れて熱光を帯びる。

 アスカはそのまま地上へ駆け降りるように、熊の背後についた。


「調教行動、同時展開――いける。

 この一撃で、ひれ伏してやるよ」


 チャンスはこの一回きり、ミユキたちはいまだって、無傷とはいかないだろう、それでもアスカを信じて、こちらを託した、ならば成し遂げない道理はない。

 ついに彼は機装の右腕を正面に構えて、吠えるのだ。


「穿てッ――――!!!!!!!」

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